飲み会その1 【勇騎視点】

「っはぁ、はぁ、愛鏡ちゃん。そっちの方はどうだった?」



 辺りはそろそろ日が沈み始めており、街が徐々に暗闇に染まっていく。

 そんな中を俺は白い軍服の襟元を開けて息を整えながら、合流した愛鏡ちゃんに確認をとる。


「いえ、やっぱりそれらしい人はどこにもいないですね」


「……はぁ、はぁ、くそ。絶対にこの街のどこかにいると思うんだけど……」



 俺の予測が正しければ、きっと……。



          *



 ……愛鏡ちゃんに起こされたあの後。


 とりあえず事態を確認する為に俺は昨日の晩に星士郎さんが用意してくれた白の軍服に着替え、白い刀と星士郎さんから貰った普通の刀を二本ともベルトに突き刺して準備を整える。

 昨日の晩に小細工を施した白い刀をさすりながら、果たしてこんな小細工が通用するのだろうかと一抹の不安を感じつつも……愛鏡ちゃんと共に調査に乗り出した。



 俺達はまず最初に星蘭さんの部屋へ向かった、のだが……


「あ、ゆうきさ〜ん、ちょうど良かったですぅ。ジュース無くなっちゃったんで、持って来て欲しいんですけどぉ……」


 はだけた浴衣で敷きっぱなしの布団の上に寝転がり、お菓子をばりばりと食べながらゲームに興じるといった……昨日のとても凛々しい姿が微塵も感じられない程の、怠け者状態へと変わり果ててしまっていた。


 そんなにわかに信じられないような光景に俺は目を疑い、そして何度も呼びかけてみたが彼女からはひたすらにジュースの要求が返ってくるだけだった。


 次に俺達は星士郎さんの部屋へと向かったがこちらもやはりといった様子で……浴衣のままだらけながら、動画サイトの映像を眺めていた。


 そして一番の問題が……と言う事だった。

 それも勇蘭だけではなく、ミハルちゃんや筋肉んの姿までもがどこにも見当たらなかったのである。


 昨日の感じからして、勇蘭が黙って出て行くという事態を全く想定していなかった訳じゃない。

 だけど彼がそのリスクも考えずに強攻策にでるようなタイプにはとても見えなかったし、今回の件を解決できるほどの策なんてものも持ち合わせてないだろうと、俺は勝手に思い込んでしまっていた。


 ……でも、違った。

 多分、彼は持っていたんだ。今回の事件を無事解決できるかもしれないほどの……成功率の高い秘策を。


 だとしたら星蘭さん達のこの変な状況も勇蘭の仕業かと一瞬考えたが、ただ城を抜け出す為だけなら何もみんなをこんな怠け者に変える必要なんて全く無い。なぜならみんなが寝静まってる間に城を出発すればいいだけの事なのだから。


 それから俺と愛鏡ちゃんは城内を一つ一つ確認していったが結局誰一人として部屋から出て来るものはおらず、また何の情報も手がかりも持ち合わせてはいなかった。



「……はぁ、マジか。一体どうなってるんだ? まさか城内の全ての人が星蘭さん達と同じような怠け者状態なんて……」


 まさにニート達の住まう城と化してしまった建物を前に愕然とうなだれる俺。けどそんな俺に対して愛鏡ちゃんが無意識なのか、トドメの一撃を放ってくれる。


「あ、勇騎さん。ちなみになんですけど街の方たちもほとんど同じような怠け者状態でしたよ?」


「……oh。……ん、待てよ? って事は、もしかして仮に勇蘭達が先にユグドラシルに向かっていると想定して、それを追いかける為には俺もこれから電車に乗らなきゃ行けない訳なんだけど……」


「はい。多分、早朝には普段通り運行していたみたいなんですけど……今はもう車掌さんや駅員さんはおろか、乗客さんも人っ子ひとりいませんでした」



「ば、万策尽きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 ……終わった、何もかも。

 これでは勇蘭達を追いかける事が出来ないどころの話ではない。何にもできない全くのお手上げ状態だ。


「……あ、ちなみにだけど愛鏡ちゃん。俺、まだ朝から何も食べてないんだけどさ。いやまぁもう余裕で昼過ぎなんだけど、店にお弁当やパンとかって……」


「あ、はい。そうですね……まず早朝から開けてるようなお店以外はそもそも開いてすらいませんし、その開いてるお店も私が確認した時にはもう既にどの店舗も何も残っていませんでしたね。多分ですけど皆さん、朝の時点で全て持って行ってしまったのではないでしょうか?」


「……ちなみにお菓子とかも?」


「お菓子もですね」


 ……あ、もうダメだ。

 俺はその場に腰を下ろし、まるで激闘を終えたボクサーのように真っ白に燃え尽きた。



「……あっ、でも私が持って来たお弁当でしたらいますよ?」



 愛鏡ちゃんのその言葉に、俺は耳を疑う。


「…………え、今なんて?」


「ひとつだけお弁当残ってますよ。ほら、ここに……」


 彼女から差し出された弁当を、俺はそっと受け取る。

 彼女の体温によってなのか、弁当からとても心地よい温もりを感じ、俺は真っ白の状態から徐々に自分自身の色を取り戻していき……渡された弁当を大事そうに抱え込みながら感極まって泣き崩れた。


「……うぅ、ありがてぇ、ありがてぇ……っ!」


 感謝っ……! 圧倒的、感謝っ……!


 そのまま俺は、愛鏡ちゃんの慈愛の眼差しに見守られながら……勢いよく弁当を食べ始めた。


         〜〜


「……ふぅ、ごちそうさま。こんなに美味い弁当は初めて食べたよ。ありがとう愛鏡ちゃん」


「ふふ、お粗末様でした。そう言って貰えると私も頑張ってお仕事した甲斐がありましたね」


 本当に、世界は誰かの仕事で出来ているとはよく言ったものだ。

 今日こうして愛鏡ちゃんだけでもちゃんと仕事をしてくれていなかったら、俺はもう既に詰んでいただろう。


 さて、お腹も満たされた事だしそろそろ話を本題に戻すとしようか。


「……ちなみに、愛鏡ちゃん。俺、弁当食べながらちょっと考えてたんだけどさ……」


「はい。お茶です」


「あ、ありがとう。でさ、考えたんだけどこういう状況って、バトル漫画とかだと大抵なんかだったりしてさ。で、そいつを倒せばみんな元に戻るって言うのが定番なんだけど……」


 ちなみに俺は昨日の夜、既にもうと対峙してる訳であり、この予測はほぼ間違いなく当たりだという確信があった。


「……ふむ、そうですね。ならまずはその犯人さんを探し出さなくちゃいけませんね」


 そう言いながら愛鏡ちゃんは軽くお尻を払いながら立ち上がると、城のみんなとは全然違うとてもやる気に満ち溢れた表情を見せてくれてた。


「愛鏡ちゃん、もしかして手伝ってくれるのか?」


「はい。勿論ですっ」


 こうして、俺は強力な助っ人と共に犯人探しに乗り出す事になったのだった。



          ★



「……はぁ。とは言ったものの、ここまで探しても見つからないとは。さすがにそろそろ俺の豆腐メンタルが粉々になりそうなんだけど……」


 俺達は手分けしてRPGの勇者よろしくと言わんばかりに、個人宅や店のバックヤードなどにも侵入してくまなく捜索したものの……物の見事に惨敗だったのである。


「……ごめん愛鏡ちゃん。実は俺の予測なんて予言でもなんでもなかったんだ。……もしかしたら実は最初から敵はこの街から離れた所にいて、そこからでも能力が使えるとか……そんなのかも知れない」


 仮にもしそうであれば、まさに万策尽きたって事になる。

 勇蘭を追うにしても徒歩で追いつける筈もなく、ましてや自分で電車を動かせる筈もなく……。

 くそ、こんな事なら電車を運転するゲームとかで少しでも運転技術を高めておくべきだった。


 どこもかしこも電気すら付いておらず、辺りの暗さも相まって俺の心は既にお通夜モード全開だった。でも愛鏡ちゃんはそんな俺の手を優しく引いてくれながら街の詮索を続けてくれている。


「まぁまぁ、勇騎さん。こんな時こそ諦めずに一つずつ可能性を当たっていくのが勝利の鉄則ですよ? ……って、あ、勇騎さんっ。ほらあれっ!」


「……え? ん、んんっ!? ……あっ、あれはっ!」


 愛鏡ちゃんが指差すその先…… 居酒屋のような店舗のその小窓から、この周囲の暗さに紛れ込むように微かにだけど光が漏れていた。

 俺達はすぐさま入り口まで駆け寄り、慎重に中の様子を伺いながらゆっくりと中に入ってみる。


 するとその店内には、ローソクの灯りを頼りにたった一人でビールの大瓶数本と、大量のポテトを入り口近くのテーブル席に準備する男の姿があった。


 緑色のジャンパーを羽織った天パでタレ目のその男は、俺達の姿を確認するととても嬉しそうに手招きをしてくる。


「……お? まさかまだがいたとは、これは驚きだな。さ、二人ともそんなとこに突っ立ってないで、こっちで一緒に飲もうじゃないか……」


 俺と愛鏡ちゃんは周囲を警戒しながらも、とりあえず言われた通り男の前の座席へと座る。


「おいおい、そんなに警戒しなくても……ここにはオレしかいないから安心しなって」


 そう言いながら男はグラスにビールを注ぎながら俺と愛鏡ちゃんの前に用意してくれる。


 ……うーん、とりあえずここで戦闘するつもりは無さそうだけど……まぁまずは相手の出方を探ってみるしかないか。

 でも、その前に……


「……あの、俺はカシスウーロンがいいんだけど……」


「ん? おっと悪いな先生、出してあげたいのは山々なんだがこの店、店員が誰も来てなくてさ? オレじゃどこに直してるかとかもよく分からないし、だから今日はこいつで我慢してくれないか?」


「いや、店員が来てないのはあんたのせいだよな?」


「まあまあ、そういう野暮な事は一旦なしって事でさ? とりあえず最初は自己紹介からいっときますか。俺はフェゴ、まぁ気軽に呼び捨てで呼んでくれて構わない」


「……俺は霧島勇騎。多分、あんたのお仲間から色々聞いてるんだろう?」


「あぁ、お察しの通り。オレはレヴィちゃん達の仲間で、先生の事もレヴィちゃんからちゃんと聞いてるよ? いやぁそれにしてもレヴィちゃん……先生の事凄く気に入ってたみたいだったけど、何々? どうやって口説いたのよ?」


 ……ん? レヴィが俺を?


「……いや、特に何か言った訳でもないような……」


「またまた〜謙遜しちゃってからに。それでそっちの可愛いけも耳ちゃんは?」


「あ、はい。私は八神愛鏡って言います。この街の食堂でウェイトレスとして働いています」


「おぉ、いいねウェイトレス。その和風の衣装も凄く似合ってるよ、けも耳ちゃん」


「ふふ、ありがとうございます」


 …………


 ……なんか、普通のちょっと馴れ馴れしいおじさんって感じだけど、この人本当に悪魔なのか?



「……さて、それじゃまずは乾杯といきますか。んじゃまぁ、これからもずぅぅっと、怠惰な暮らしが出来ますようにって事で……乾杯っ!」



 フェゴの謎の乾杯の音頭に合わせて、俺達はグラスを鳴らし合った。

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