約束 II 【勇騎視点】

「……お……くだ……」



 ……ん、んん、なんだ?


 とても心地良い状態であるのに、それを何故か無理矢理邪魔されてるような、そんな感覚に俺は襲われた。


「……きて……い……おき……下さい……」


 ……っもう、何なんだよ? 人がせっかく気持ちよく寝てるのに……。



 …………ん、寝てる?

 あぁ、そうか。俺は今、冷たいテーブルに頭を突っ伏して寝ているのか……。


 徐々に意識が覚醒していくと共に、俺を揺さぶりながら呼びかけてくるその声が鮮明に聞こえ始める。



「あのぅ、勇騎さーん、起きて下さーい。勇蘭さんを追いかけるんでしょー?」



 ……ん、うぅん、勇蘭……?


「……あぁ、勇蘭ね、うん。……ちゃんと追いかけるから……あと五分、あと五分だけだから…………ん? んんっ? て、そうだっ、勇蘭っ!!」


 俺は全力でテーブルから跳ね起きる。


「そうだよ、勇蘭を追いかけるんだったっ! くそ、フェゴと飲んでその後普通に寝てしまったのか……って、愛鏡ちゃん今何時っ!?」


「あ、おはようございます勇騎さん。えっと今は……朝の四時ですね」


「え、……朝の、四時?」


「はい、朝の四時です」


「…………はぁ〜、びっくりした」


 俺はまた昼まで寝過ごしてしまったのではないかと一瞬焦ったが、まだ始発にすら普通に間に合いそうな時間である事にとりあえず安堵する。


「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんですけど、昨日の感じから早く勇蘭さんを追いかけたいのかと思いまして……」


 そう言いながら手際よく店のおしぼりを手渡してくれる愛鏡ちゃん。俺はそれで顔を拭きながら周囲を確認してみる。


 どうやら愛鏡ちゃんが片付けてくれたのか、テーブルの上はすでに何も無く綺麗さっぱりになっていて……ついでにフェゴの姿も綺麗さっぱり消えていた。


「なぁ、愛鏡ちゃん。フェゴって……」


「いえ、私が目を覚ました時にはもうどこにも……」


「……そっか」


 まぁ、昨日の感じならもう俺達の邪魔をしてくる事は無さそうだけど……。いや、それよりも今は勇蘭だ。

 俺達に黙って先に向かった以上何か秘策があるんだろうけど、フェゴの話だと筋肉んよりも強い敵のお姫様クラスの奴がもう一人いると言う事らしいし……このまま勇蘭にお任せという訳にはいかない。


「よしっ、それじゃ早速俺は駅に向かって見るよ。色々とありがとう愛鏡ちゃん、本当に助かったよ」


「いえ、いいんですよお礼なんて……私がお手伝いしたかっただけなんですから。……あ、でも勇騎さん、お城のほうには一度戻らなくても良いんですか? 確か軍の方々と一緒に向かうって聞きましたけど……」


「え? あぁ……そういえばそうだった。ん〜、まぁでも一刻も早く勇蘭を追いかけなくちゃ心配だし、もうこのまま先に行く事にするよ」


「……そう、ですか」


 愛鏡ちゃんは少し考えるような仕草を取るも、直ぐにその顔を上げて満面の笑みで俺に告げる。



「それでは行きましょうか、勇騎さんっ」



          *



「……なぁ、愛鏡ちゃん。もう一度確認なんだけど、本当に着いて来るのかい? 一応かなり危険な任務になりそうなんだけど……」


 俺と愛鏡ちゃんはまだ薄暗い街の中を駅に向かって歩いていく。


「はい。偶然にも今日から有給休暇を取っていたのを思い出しましたので、せっかくですから勇騎さんとこのまま魔界観光旅行でも楽しもうかと思いまして」


「いや、俺は別に魔界に観光に行く訳じゃないんだけど……」


 ……まぁでも、多分一人で行こうとしてる俺の事を心配してくれてるんだろう。正直とてもありがたい。

 なぜなら実は俺は、一人マクドですら苦手な男なのだから。



「……ん? 勇騎さん、あれって……」


 ふと、何かに気付いたように愛鏡ちゃんは見え始めた駅の方向へと指を指す。

 言われるままその先へ視線を移すと……


 駅の入り口にとてもよく見知った女性が、きっと急いで来たのだろう、激しく息を切らしながらそこに立っていた。


「……せ、星蘭さんっ!? どうしてここに?」


「はぁ、はぁ……間に合って……良かったです」


 浴衣姿のまま、髪も乱れたままでどうやら走って来た様子で……。


「星蘭さん、一体どうしたんですか? 一国のお姫様がこんな朝早くから一人で走って来るなんて危ないじゃないですか」


 俺のその台詞は勿論彼女を心配してのものだった訳だが、それを聞いた途端……星蘭さんは今にも泣きそうな表情になりながら俺に詰め寄ってきた。


「ど、どうしたのかって……だって朝、目が覚めたら勇騎さんも勇蘭もいなくなってて、城中どこを探しても全然いなくって……っ。勇騎さんはお優しい方なので、もしかしたらあの子にそそのかされて黙って一緒に行く事にしたんじゃないかとか、凄く心配になってっ。……なのに、それなのに、どうしたもこうしたもないですっ! 今回の事でわたくしが、わたくしがどれだけ心配していると思ってるんですかっ!? 勇蘭だけじゃありません、貴方の事だってっ。貴方の事だってとっても心配で……だから、だからこうして慌てて追いかけて来たんじゃないですかっっ!!」


 星蘭さんが強くその感情を露わにする。

 彼女のそんな初めて見せる表情に、俺は驚いて何も言葉が出てこない。


「……貴方を、貴方を危険な任務におもむかせるんですよ? 命の保証が無いような、そんな場所に。後付けで理由が出来てしまったとは言え、本来はただ巻き込まれてしまっただけの貴方を行かせる形となってしまって……。なのに、なのにわたくしは何にも出来ないまま、ただ、ただ帰りを待っているだけしか出来ないのですよ? だったら、だったらせめて……お見送りくらいさせてくれたっていいじゃないですか。わたくしにもドゥルさんのように、何か約束させてくれたって……いいじゃないですか」


「……星蘭さん」



 ……あぁ、そうか。


 彼女がこんなにも必死になるのは、分かってた事じゃないか。

 例えそっくりなだけの全くの別人だしても……それでも俺が星蘭さんを助けたいと思ったのと同じ様に、星蘭さんもまた俺を……自分の愛した人と同じ姿をした俺の身を案じてくれていたとしても、それは何も不思議な事じゃないのだから。


 彼女もまた、の人なのだから……。


「……すみません、星蘭さん。本当は黙って行くつもりなんてなかったんですけど少し色々あって……。勇蘭とミハルちゃん、ついでに筋肉んがどうやら黙って先に行ってしまったみたいなんです。だから俺、一刻も早く追いかけようと思って、それで……」


「むぅぅ……」


 頬を膨らませるようにまだ怒っている彼女は少し子供っぽくて……そこはまるで蘭子のようで、とても可愛かった。が、口には出さず俺は素直に謝る。


「……すみません。俺だけでもやっぱり一度、夜のうちに城に戻るべきでした」


「本当ですっ。わたくしが目を覚ましてから、ホントにどれだけ心配したと思っているんですか?」


「……はい、すみませんでした」


「もう、次黙って出て行ったりしたら……今度は絶対に許しませんからね?」


「はい、すみませんでした。します、もう絶対に黙って出て行かないです」


 まるで浮気がバレたお父さんのようにひたすら謝り続ける俺。

 そんな俺達のやり取りが面白かったのか、今まで黙って見ていただけの愛鏡ちゃんがクスッと笑いながらもようやく助け船を出してくれる。


「まぁまぁ、星蘭様。勇騎さんももう反省しているみたいですし、この辺で許してあげて下さいませ」


 愛鏡ちゃんの介入によりようやく怒りを鎮めてくれたのか、星蘭さんの表情はゆっくりとだが穏やかなものになる。


「……ふぅ、分かりました。ですが本当の本当にですよ、勇騎さん。もう二度とわたくしに黙って出て行かないでくださいね?」


「イエス・ユア・マジェスティ!」


「もう、本当に……っふふ」


 星蘭さんに笑顔が戻り俺はようやくホッと胸をなで下ろす。

 けどそんな笑った表情もずっと、ずっと蘭子が俺に見せてくれていたものに本当にそっくりで……そのせいか物凄く胸が締め付けられるような感じがして、少し苦しかった。


         *


「……さてと、それじゃあ星蘭さん。勇蘭の事も心配なんでそろそろ行こうと思います」


 始発の時間を確認しながらそう切り出すと、星蘭さんは少し悲しげな表情で心配そうに口を開く。



「……あの、勇騎さん。わたくしと……わたくしとして下さい。……くれぐれも無茶のないように。それから必ず、必ず勇蘭やミハルさん達と、みんな無事に……ここに帰って来て下さいね」



「……星蘭さん」



「わたくしは……わたくしはもうこれ以上、大切な人達を……失いたくないです」



 それは、星蘭さんの心からの願い。

 失った側だからこその、悲痛な願い。


 だからこそ俺は……彼女に自信を持って伝えなければならない。

 例え、のだとしても。



「……します星蘭さん。必ず勇蘭と、みんなと一緒にここに帰って来ます。だから安心して待ってて下さい」



 力強く告げた俺のその約束の言葉に、安心したように星蘭さんは満面の笑みで返してくれた。



「……はいっ」



 そこですかさず愛鏡ちゃんが場を和ませる為にフォローを入れてくれる。


「星蘭様、安心して下さい。勇騎さんが無茶しないように私がしっかりと見張っておきますから」


「ふふ、お願いしますね、愛鏡さん。……それでは勇騎さん、本当にどうかお気を付けて……」



「……はいっ、それじゃあ行ってきますっ」



 こうして……俺と愛鏡ちゃんは星蘭さんに見送られながら始発列車に乗り込んだのだった。

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