状況整理 【勇騎視点】

「……さて、とりあえずここまでの状況は大体理解できたかの? 勇騎よ」


「あ、はい。何とか……」


 俺は相槌を打ちながらもその際にチラッと、勇蘭の方へと視線を移す。

 どうやらずっと俺を気にしているみたいで彼の視線を物凄く感じるのだけど、俺と視線が合うとなぜかワザとらしく逸らされてしまい……先ほどからこのやり取りがずっと続いている状態だった。


 ……はぁ、なぁ勇介。

 あんたは一体自分の息子に何をしたんだ? あんたに似てるってだけなのに、なんか物凄く気まずい空気がひしひしと漂って来るんだけど?



 ……あの後。

 俺達はとりあえず状況を再確認するべく大広間を後にし別の部屋へと移動し、そして畳の上で輪になって座り込み互いに情報交換をしていた。

 そこで俺はこの世界の事や勇介の事、星蘭さんやお爺さん……もとい星士郎さん達が知ってる範囲での事を色々と教えてもらっていた訳だけど……


「……えーと、つまり今一番の問題としてはドゥルがその『神聖ヴァルキュリア帝国』っていう天使達だけで作られたこの世界で一番大きな大国に住む超VIPお嬢様で、彼女がこの休暇中に悪魔達に連れ去られたなんて事がバレたりしたら星士郎さん達の首が飛ぶだけでは済まない……と」


 どうやら国家間にまつわる超大問題に発展しかねない状況に陥っているようだった。


「……って、ん? ちょっと待って下さい。そもそもドゥルがそんな超VIPお嬢様なら日本に来る時に凄い護衛とかSPとか普通つけてるはずじゃないんですか? 俺がこっちに来た時にはそんな人達全然見ませんでしたけど?」


「いやそれがの〜、勿論最初は屈強な天使兵さん達が扉の前に数人付いていたんじゃが……そやつらなぜか一瞬にして消されてしもうての?」


「屈強な天使兵が一瞬で? ……って、あ! それってもしかして……」


「……うむ。今思えばあのマモとかいう奴のあの黒い穴に吸い込まれたとみて、まず間違いないじゃろうな」


「そう、ですね……いや、でもそれなら何で彼等は最初からドゥルを連れ去らなかったんでしょうか? レヴィのベルトとマモの穴があればそもそも天使兵なんか消す必要も無い訳ですし、筋肉んが星士郎さんと戦う意味も無いですよね?」


 俺は横目で筋肉んの方をチラ見する。

 筋肉んは目覚めた時に知ってる事を喋って貰う為、今は亀甲縛りの状態で部屋の隅に転がしてある。


 すると俺のそんな疑問に対して星蘭さんが一つの見解を提示してくれた。


「あの、勇騎さん。これはもしかしたら何ですけど、彼らはのではないでしょうか?」


「……試す?」


「はい。これはあくまで可能性の話なのですけど、彼らはドゥルさんを危機的状況に追い込む事によってわざと召喚術を行使させ、その際にを確認したかったのではないでしょうか? 超大国を敵に回す以上、ドゥルさんがそのリスクに見合うだけの存在なのかを確認する為に……」


 ……確かに、それなら筋肉んがあえて一対一で戦ったのにも納得がいく。こちらへ危機感を煽りつつもドゥルに召喚術を使う隙も与えられるという事か。


「……するとつまり、彼らの思惑通りドゥルは召喚術を使わされてしまった。けどが登場してしまったから、だからレヴィは成功したのかどうかを確認する為にずっとその様子を伺っていたという事か……」


「はい。勇介さんはこの世界では有名人ですから多分彼女達も顔くらいは知っていたのでしょう。だからもしかしたら勇騎さんが偽ってるのではないかと思い疑っていたのかもしれませんね」


「……はは、まぁでもまさかこの刀に勇介の魂が入ってしまっていたとは、彼女達も夢にも思わなかったみたいですけどね」


 勇介の入った白い刀は今、鞘に戻した状態で俺の側に置いてある。


「そうじゃのぉ。勝手に飛び始めた時はワシらもびっくりしたぞい」


「……ですが、多分レヴィさんもその時に気づいたのでしょう。勇介さんの魂がちゃんとこの世界に召喚されていた事に……」


 多分、星蘭さんの言う通りだろう。だからこそ彼女はキリのいい所を見計らって動き出した。

 つまり彼女達にとって今回の戦いは、最初からその為だけの茶番劇に過ぎなかったって訳か。


 魂の召喚……それが魔王の復活に必要な要素だから。


「……ふぅ、とりあえずじゃ。魔王の復活とやらも勿論阻止せねばならんのじゃが、まずは帝国側にバレる前になんとしてでもドゥルちゃんを取り戻さねばならぬという事じゃ」


「星士郎さん、その言い方だと魔王復活の阻止がついでみたいに聞こえるんですけど……」


「細かい事はよい。それよりもこのなるべく早急に解決せねばならん事態に対して、とてもが一つあるんじゃよ……」


「……重大な問題、ですか? あ、もしかしてこう、サクっと助けに行けるだけの強い奴がこの城にはいない、とかですか?」


「勿論それもあるが、それよりももっと深刻な事じゃ」


「……もっと深刻な事?」


 さっぱり妖精が頭の上を飛び交い始めた俺に、星蘭さんが補足をしてくれる。


「すみません勇騎さん。お父様の説明不足だったのですけど、わたくし達が住む地上世界とは別に魔界があるという事は先ほどお伝えしましたよね?」


「あ、はい。悪魔達が元々住んでた世界ですよね? で、世界樹ユグドラシルの根を通って行く事が出来て、ドゥルもきっとそこにある魔王城に連れて行かれたと……」


「はい。実は問題と言うのは……その魔王城の明確な場所が、わたくし達には分からないという事なんです」


 ん? 魔王城の場所が…………て、え?


「え? いや、あの、だから魔界にあるんじゃ……」


「そうなんですけど……ですが実のところ魔界に行って無事に帰ってこられた者は色んな冒険者達の中でも、勇介さんだけなんです。ですのでわたくし達では魔界がどのくらいの広さなのか、魔界の何処にその魔王城があるのか、皆目見当がつかないのです」


「え、えぇぇ……」


 そ、それじゃドゥルを助けに行くのにかなり時間がかかってしまうんじゃ? もしかしてゲームみたいになんか村やダンジョンとかで情報を集めて、イベントをこなしながら進まないといけないとか?


 ……いやいやダメだろうそんなの、そんなのんびりしてる時間は多分ない。こうしてる間にも彼女達は着々と復活の準備を整えているかも知れないというのに……。


「そんな……じゃあどうすれば……」



「「…………」」



 早くも行き詰まり俺達が絶望する中……突如、とても聞き覚えのある男の声が聞こえて来た。



「……へっ、おいおい。テメェらが魔王城を目指すだなんてよぉ、全く……冗談は善子さんだぜ?」



 亀甲縛りの状態のまま、禿げ散らかした頭で物凄くドヤ顔を決める筋肉んの姿が……そこにはあった。


「……き、筋肉ん。いや、そんな亀甲縛りでドヤ顔されても……」


「テメェらがやったんだろうがよっ!?」


「いや、一応捕虜だし……」


「だからって亀甲縛りはねぇだろうがよっ!? ……はぁ、たくっ、まあいいぜ。それよりも、なぁ先生……魔界に行こうだなんてどんな判断だ? 命をドブに捨てるつもりか? オレに勝てたからって調子に乗っちまうのもわかるんだけどよぉ、魔界にはオレクラスの魔族なんかわんさかいるんだぜ? せっかく助かった命なんだ、悪い事は言わねぇからやめといた方がいいぜ?」


 とても勝ち誇った表情で筋肉んは語り続ける。


「へへっ、まぁでもその前に魔王城の場所が分からないってんだからお笑いだぜっ。……まぁオレは当然知っているが、ぜってぇテメェらには教えてやんねぇからよ? くっくっくっ……」


「……」


 まぁそうだろうなと思いつつ、俺はダメ元で聞いてみる事にする。


「なぁ、筋肉ん……」


「教えねぇ」


「そこを何とか……」


「絶対に教えねぇ」


「プリン買って来てやるから……」


「えっ!? ……あ、いやいや、絶っ対に喋らねぇっ! 例え拷問されたとしても絶対に喋らねぇからなっ!」


「……はぁ、そっか。なら仕方ないな……」


 俺は筋肉んに、とても悲しそうに眼差しを向ける。その視線に筋肉んは一瞬怯んだが、それでもその固い意志は曲げないと鋭い眼光で睨み返して来る。


 まるで反抗期の子供のような態度の筋肉んに……俺は心を鬼にしてこの質問を繰り出す事にした。



「……なぁ、筋肉ん。お前にとってそのは、……だよな?」



 俺から突如投げ掛けられたその質問に、筋肉んを含めその場の全員が怪訝そうに俺を見つめる。

 訳も分からず、だけど俺の異様な空気感を感じとったのか筋肉んは威圧的に返答する。


「……だとしたら、何だよ……」


 だけど俺はその筋肉んの返答には返さず、次は星士郎さんの方に話しかける。



「星士郎さんすみません、ちょっととかって、持ってきて貰えますか?」



「「……っ!?」」



 そんな俺からの突然のお願いに、だけど星蘭さんや星士郎さんは即座にその意図を理解し息を呑む。

 当然だろう。先の戦いでこれでもかと言うほどに筋肉んのコンプレックスを聞かされたのにも関わらず、俺はその残された彼の宝物を……今まさに脅迫の材料として使おうとしているのだから。


 ただ先ほどの場に居なかった勇蘭と金髪ちゃんだけは、不思議そうにこの成り行きを見守っている。


 そして……当の本人である筋肉んも、脅しとも取れるその発言に恐怖するように、酷く青ざめた表情で俺を睨みつけてくる。


「……て、テメェ、ま、まじで言ってんのか?」


 俺は必死に冷静さを装い、淡々と答えて見せる。

 ドゥルの為に、そして俺自身の為に……。


「マジだよ」


 すると筋肉んは当然その怒りを爆発させ、必死に俺に罵声を浴びせ始めた。


「……ふ、ふざけんなぁっ! て、テメェそれでも人間かよっ!? オレが……オレがどんな目にあって来たか、どんな思いで生きてきたか、さっきテメェにも教えてやっただろうがよっ! そんな、そんなオレの残されたわずかな希望を、大切な宝物を、テメェは全部奪うって言うのかっ!? ……て、テメェの、テメェの血は何色だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「赤だよ」


 訪れる静寂。

 筋肉んは俺の非情な返しに絶望し、声を押し殺しながら悔し涙を流し始める。


「……くっ、う、うぅぅぅ…………」


 部屋全体に非常に気まずい空気が流れる中、俺は自分自身にこの行為を納得させる為に……静かに語り始める。


「……確かに筋肉んの言う通りだ。俺は今、人として最低な事をしている、それは分かってるんだ。でもさ、それでも、絶対に……絶対に譲れないものがさ? 俺にもあるんだよ筋肉ん」


「…………」


 筋肉んの嗚咽は既に止まっていて、でも顔は地面を向いたままその表情は伺えない。それでも俺は筋肉んに自分の思いを語り続ける。


「俺もさ、筋肉ん? 俺もそうだったんだ。世界には辛い事、苦しい事、悲しい事、沢山……本当に沢山あってさ? だから俺も自分の人生に絶望して、ずっと引きこもってたんだ。引きこもってボーっとテレビを見て、何もしないで、何も考えないで、ただただそんな苦しみから、悲しみから逃げ出したくて……」


 星蘭さんや星士郎さん、そして勇蘭も……何か感じるものがあるのか神妙な面持ちで、でも静かに俺の話を聞いてくれている。


「……でもさ? もしかしたら、もしかしたらここで俺にも見つけられるかも知れないんだ。筋肉んと同じようにもう一度、もう一度頑張って前を向いて歩いていけるような、そんな大切なものが。そんなかけがえのないものが……。だからさ、俺も……俺も君と同じで絶対に譲れない、これだけは絶対に譲れないんだよ。それが例え、君の大切なものを奪う事になったとしても、それでも……絶対に譲れないんだ」


 俺の頭の中に浮かぶ、笑顔の蘭子。



 ……そう、彼女の為なら、俺は……。



「……先生、あんた……」


 筋肉んはようやく顔を上げ、悲しそうな表情のまま、でもちゃんと俺と視線を合わせてくれる。


「だから選んでくれ、筋肉ん。俺にそのチャンスをくれるのか、くれないのかを……」


「…………」



 …………


 ……


 ……長い沈黙の後、どこか吹っ切れたような穏やかな表情でようやく、筋肉んが頷いてくれる。


「……はぁ、ズルいやつだぜ全くよぉ。そんな顔されて、もしこれで断ったらオレが悪者みてぇじゃねぇかよ?」


「はは、そうだな。……いや、でも今日やってた事は普通に悪者側だからな筋肉ん?」


「……へへ、違いねぇ……はぁ、わかったよ。オレが連れてってやるよ先生……」


 筋肉んのその了承の返事を聞き、俺はようやく一息つきながら安堵する。それに合わせて周囲の空気感も一気に穏やかなものへと変わっていく。


 実際問題、これで筋肉んに喋らないと言われてしまっていたら……きっと俺はこの手を汚していただろうから。


「……なぁ、筋肉ん」


「あ?」



「……ありがとな」



 短く、でも最大級の感謝を込めて……俺に譲ってくれた筋肉んへお礼を告げる。

 すると少し照れ臭そうに、でもとても穏やかな表情で、



「……おぅ」



 そう、返してくれたのだった。

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