約束 【勇騎視点】
「もう寝てろや、先生よぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
俺との距離を詰め、その間合いに入ったと同時にシャベルを大きく振り下ろす筋肉ん。
一方、俺の方はと言うと……白い刀は筋肉んのヘルメットと共に壁に突き刺さっており、もう一本の刀は投げ飛ばされた時の勢いで手から離れてしまい今は遠くに転がっている。
つまり今の俺は完全に
だからこそ今、筋肉んはこれで確実に俺をぶちのめせると踏んでいるはずだ。もう俺には何も手は残されていないと、この攻撃が完全決着の最後の一撃だと……そう過信しながら。
だが、自分が優位に立っている時や勝利を確信した瞬間……まさにそういう時にこそ油断が生まれる。最大の隙が生まれる。
だからこそ俺は、
この、
次の瞬間ーー
筋肉んは
俺と……そしてもう一人、ドゥルを除いたこの場の誰もがその予想だにしなかったであろう状況に驚愕し目を見張る中、筋肉んは激しい衝撃音と共に勢いよく壁に激突し倒れ込んだ。
そのままピクリともせず完全に沈黙し、倒れたままの筋肉んの状態を確認してからようやく俺は安堵する。
「……は、はぁ、やっと終わった……」
俺は完全に脱力してその場に座り込み、この切り札を見事成功させてくれたもう一人の功労者であるドゥルの方へと視線を向ける。
どうやら彼女も同じ思いだったらしく俺の方を見つめていて自然と視線が重なり合い、そしてどちらかともなく微笑みながらこの成功を祝福する。
だが、ようやく訪れた休息の時間……とはいかないようで、そんな憩いの時間をぶち壊すように今までずっと沈黙を貫いてきた敵のお姉さんが、突如としてその口を開いた。
「……ふふッ、なるほどねぇ。先生は最初からずぅっと……
どうやら彼女は俺の用意していた最後の切り札に気づいたようで、まるで手こずっていたパズルが解けた時のように、嬉しそうに微笑みながらその答え合わせを始める。
「……あ、そっか。きっとあの時に仕込んだんでしょう? 白い刀を抜いた後に召喚士ちゃんに耳打ちしていたあの時に。……多分、「もしも自分が完全に武器を失って、更にサタンの攻撃によって絶体絶命の状況に陥ったその時に、
……はは、ご明察。
彼女のその種明かしに俺は思わず苦笑いをし、お爺さんも星蘭さんも驚きの表情で俺の方を見ていた。
まぁ、星蘭さん達が驚くのも無理はない。
この作戦、正直成功するかどうかは実際の所かなり際どい賭けだったからだ。
まず、そもそも論として俺が両手に何も持っていない絶対絶滅の状況で襲われるといった場面を、相手に気付かれずに自然と生み出す事が大前提で、次にドゥルが俺の手元という離れた場所に魔法陣を展開出来る事も必須条件だったが……これも成功するかは不明瞭だった。
また、もし無事に展開出来たとしても彼女がその召喚タイミングを少しでも見誤れば、俺は確実にシャベルの餌食になっていただろう。
予行演習なしの本番一発勝負、だからこそ一番最後の切り札として残しておいたのだけれど……。
見事正解を言い当てたお姉さんは上機嫌のまま、その場を動く事無く会話を続ける。
「ふふ、先生ってばあの状況でよくそんな作戦思いついたわね。さすがは先生って所かしら? だからそんなとっても頑張った先生には、ご褒美に膝枕で頭撫で撫でして褒めてあげたい所なんだけどぉ……でも、やっぱりまだお預けかしらね?」
「……え、お預け?」
「……む、ちょっとセンセー? 何しょぼんとしてるのよ」
ドゥルに睨まれながらも頭撫で撫でを逃したショックを隠せない俺に、お姉さんはその理由を述べてくれる。
「だって先生、私が戦闘要員じゃないだろうって踏んで最初から完全に油断してたでしょう? でもまぁ、それは正解なの。……でもね、だとしたら私は
「……え? 何をしにって…………」
……っ!?
「しまっーー」
彼女の台詞を理解した頃には時既に遅く、お姉さんは早くも行動を起こしていた。
そのイヤらしい体と同様に腕にも巻きつけられていた無数の黒いベルト。そのベルトが突如目にも留まらぬ速さで伸びていき、一瞬にしてドゥルとの距離を詰める。
「キャッ!?」
ベルトはドゥルの体に巻き付き、次の瞬間にはまさに飛ぶ勢いで縮んでいき、一瞬のうちにお姉さんの元までドゥルを運んでしまった。
……くそっ、やられたっ!
筋肉んを倒した事によって気が抜けてしまい、
俺は完全に油断してしまっていたのだ。
「くそっ、ドゥルっ!」
「ちょ、ちょっと何なのよこれぇ……っ!?」
ドゥルは必死に体を揺らし抵抗するも、巻き付いたベルトは全く緩みそうになくしっかりと彼女を捕縛している。
更にその状況に追い打ちをかけるように、彼女達の後ろからまるでブラックホールのような『黒い穴』が突如出現し、中から一人の男性が現れた。
橙色に染まった外ハネの髪をビシッと決めて、白のスーツを羽織った少しホスト風のイケメン。
「……あら、随分遅かったわねマモ。一体どこで遊んでたのかしら?」
「悪いねレヴィ、でもオレも別にただ遊んでいた訳じゃないさ。お役目通り時間稼ぎで雑魚をお掃除してたんだけど、この部屋に向かって来る謎の二人組がいたからさ。レヴィや落ち武者……じゃなかった、サタンの邪魔にならないようにと思ってずっと足止めしていたのさ」
「あらそう? まぁでもこうしてベストタイミングで来てくれた訳だし……許してあげる」
……く、まだ仲間がいたのか。
どうする? 彼女達の目的がドゥルである以上まず間違いなく彼女達はこのまま逃げるつもりだろうし、あの黒い穴がワープみたいなものだとすれば最早絶望的だ。
とりあえず何とか逃がさないように会話を繋げてこの状況を引き延ばし、その間に何か策を練らないと……っ。
「ま、待ってくれっ! そう急いで帰らなくてもいいんじゃないか? ほら、お前達の仲間の筋肉んはあっちで倒れたままなんだし、さすがにあの重そうな体をその穴に放り込むのも大変だろ? だからさ、筋肉んが起きるまでちょっとゆっくりしていったらどうだ? そ、それにドゥル達が食べてたみたいに俺達も高級握り寿司でも頼んで貰うとかどうかな? お前達も流石に高級なお寿司とか食べた事ないんじゃないのか? ならせっかくの機会だしみんなで一緒にお寿司パーティーなんてどうかなっ? なっ!?」
……かなり苦しい呼び止めだと自分でも思う。
けどいくら彼女達が悪魔でもさすがに仲間を放置して帰ったりはしないだろうし、魚アレルギーでもない限り高級寿司が嫌いなんて事もきっと無いはず……っ。
だけどそんな俺の提案は、レヴィによってあっさりと切り捨てられた。
「……ふふ、そうねぇ。確かに日本のお寿司は美味しいって聞くし興味あるんだけどぉ、それは魔王様復活のお祝いにでもとっておく事にするわ。あ、あと先生の言った通りサタンはとても重たそうだからこのまま置いていく事にするわね。だから後は煮るなり焼くなり先生の好きにしていいわよ? あ、でも流石に可哀想だから髪の毛だけは置いといてあげてね?」
いや、さすがに彼の髪の毛に手を出すほど俺は鬼じゃない。
……くそ、やっぱりだめか。
今、俺の側にあるのは筋肉んのシャベルだけ。ダメ元でこれで殴りにかかってみるか? いや、この距離じゃ届く前に逃げられるに決まっている。
なら、さっきの要領でこちら側に魔法陣を展開させてドゥル自身を召喚させれば……っ。
「あ、ひとつ言い忘れてたけど私のこの『束縛ベルト』……内側に魔術封じの紋が刻まれてるからこの子に召喚術を行使させようと思っても無駄よ?」
「……くっ」
最初から対策バッチリって事か。
だとしたら俺に残された策は……
俺が今、出来る事は……
…………
……
「……ドゥル」
「……セ、センセー……」
不安そうに、悲しそうに、今にも泣き出しそうな瞳で俺を見つめる彼女に対して……俺は自信に満ち溢れた表情を必死に作りながら、優しく告げる。
「大丈夫だよドゥル、心配するな。俺が絶対に君を助けに行くから。そいつらに何かされる前に、必ず君を助けに行く。……だから、だからちょっとの間だけ我慢して、待っててくれないか?」
「……センセー……」
そう、今の俺に出来る事なんて……これくらいしかない。少しでも彼女の不安を減らしてあげる、そんな事くらいしか……。
そんな俺の心情を察してくれたのか、ドゥルは何とかその不安や恐怖心を押し殺しながら、必死に痩せ我慢をしながらも懸命に笑顔を作り俺に応えてくれた。
「……もう、しょうがないんだから。……分かった。待ってるから。ずっとずっと、待ってるから。だから……だから絶対に助けに来てよね、センセー。……約束よ?」
「あぁ、約束だ。……大丈夫、絶対すぐに迎えに行くから」
気休めを言ってあげる事しか出来ない今の自分が、弱い自分が……物凄く嫌になり、俺は強く手を握りしめる。
「……ふふ、じゃあね先生。もし次に会う事があったら、その時はちゃ〜んと頭撫で撫でしてあげるから。だから楽しみにしててね」
手を振りながらそんな捨て台詞だけを残して彼女達は穴の中へとその姿を消し、次の瞬間にはもう穴自体が綺麗さっぱりと消え失せてしまった。
★
静寂が支配する中、取り残された俺はその圧倒的敗北感に打ちのめされて立ち上がる事が出来ずにいた。
星蘭さんやお爺さんもその空気を読んでか、そんな俺をただじっと見守ってくれている。
だが、そんな静寂をぶち壊すように、まるでふて腐れた俺を叱咤するかのように……ひどく慌てた様子で勢いよく
「……っ、はぁ、はぁ、母さん、おじいちゃんっ! あとついでに千年に一度ちゃんも、大丈夫っ!?」
よほど急いで来たのだろう。激しく息を切らしながらも心配そうに部屋の中を確認する黒い制服姿の少年。
その後ろには彼とは正反対に息切れ一つなく余裕の表情を見せる金髪のハイカラ美少女。
「……っ、勇蘭っ、無事だったのですねっ!」
「お、おぉ勇蘭っ、無事じゃったかっ!」
その少年の無事を確認できた事による安堵感からか、星蘭さんやお爺さんも一旦この重苦しい空気を振り払うように少年に応えた。
……しかし、少年の身を心底案ずる星蘭さんやお爺さんのその台詞は、彼の耳には届いていなかった。
なぜなら彼のその瞳はもう既に、
そして俺もまた、彼がこの部屋に入って来た瞬間に……彼が
大きく成長したその彼の顔立ちがとても、とても星蘭さんの面影を残していたからだ。
俺も少年も互いにその視線を外さず、彼は信じられないものでも見た時のような表情で、この目の前の現実が本当の事なのかと確かめるように呟いた。
「……と、父さん……?」
「……勇蘭……」
まるでそこだけ時が止まってしまったかのように、俺と勇蘭はしばらくの間互いの姿を見つめ続けていたのだった。
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