筋肉話その2 【勇騎視点】

          *



「……ねぇ? 貴方がこの辺りで有名な、とても強くて傍迷惑なチンピラ悪魔のサタン、かしら?」



 狭く薄暗い、ゴミが散乱しているまさにカツアゲにうってつけのようなその裏路地で、絶賛カツアゲ中のオレは突如背後から投げかけられたそんなセリフに作業を中断しゆっくりと顔を傾ける。


 そこに立っていたのは二人の悪魔。


 一人はそのセリフを放ったと思われる整った顔立ちのめちゃくちゃ可愛い女。

 綺麗に手入れされたピンク色の長い髪は左で束ねていて、そんでよくわかんねぇが多分高級な素材を使ってんだろう、真紅に染まったお高そうなドレスを着て宝石なんかで飾られた姿はまさにザ・育ちのいいお嬢様って感じだった。


 もう一人はうって変わって育ちの悪そうなダサい緑のジャンパーを羽織り、黒髪のもさもさ天然パーマにヤル気無さそうなタレ目の冴えねぇオッサン。


 そんな始めて遭遇するタイプの異色コンビに当然オレは訝しげな視線を送りながらも……とりあえずド定番のセリフを吐いてやることにする。


「……なんだ、テメェらは?」


 だが二人共全く顔色を変えず、怯むことなくオレに向けて自己紹介を始めやがった。


「はじめまして、私はクィンハート。今は亡きあの『最強魔王』のたった一人の愛娘よ。そしてこの後ろの天パの人はそんな父の古い友人で……」


「フェゴだ。よろしくな」


 まぁ、聞いといてなんだがコイツらの名前なんて最初はなからどうでもよかった。

 だって今後二度と会わねぇ奴らの名前なんて、覚えても仕方ねぇだろ?


「……ふん。まぁ魔王の娘だろうが天パだろうが何だっていいけどよ? 見ての通りオレは今絶賛カツアゲの真っ最中で忙しいんだよ。だから痛い目見たくなかったら、あり金全部置いてとっとと消えろや」


 こっちの殺意が確実に伝わるようにかなり鋭く睨みつけてやる。だが全く伝わってないのかはたまた鈍感なのか、女は表情を一ミリたりとも動かす事なくそのまま話を続けやがる。


「……とりあえず私の話を聞いて欲しいのだけれど、その感じでは聞いてもらえなさそうね……」


「へっ、だったらどうだってんだよ?」



「……ふぅ、一度から、聞いてもらう事にするわ」



 その挑発めいた一言で当然、オレの中の理性は木っ端微塵だ。

 もはや女だろうがなんだろうが確実にぶん殴ってやろうと瞬時に体が反応し、反射的に女に向かって走り出していた。



「テメェの今のセリフで、オレの怒りは有頂天だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」



         〜〜


「……なぁ、お姫ちゃん。その辺にしとかないとおハゲ君、死んじゃいそうだけど?」


「ふぅ、そうね。この辺りでやめときましょうか」


 ……気がつけばオレは、身体中をタイキックされたかのような激しい痛みに侵されながら、ゴミ箱に頭から突っ込んだ状態だった。

 きっとその姿は犬神家の一族のあの名シーンにそっくりだっただろうよ。


 だがそんな絶賛犬神家のオレをクスリとも笑う事なく、犯人であるはずのその女はまるで何事もなかったかのように本題に入り始めやがる。


「ねぇ、サタン。貴方はこの世界が腐ってると思ったことはないかしら?」


「…………はぁ?」


「貴方も分かっているんでしょう? この世界は種族や生まれた環境、能力、見た目や性格などによって様々な差別や迫害を受けてしまう……腐った世界なのだと。望んでそう生まれた訳ではないのに、親ガチャによって勝手にスタートラインが決まっていて、弱者はどこまでいっても弱者でしかなく、強者によって虐げられるだけの……不平等な世界」


 ……はっ、何を言いだすかと思えばこの女、そんな当たり前の事かよ。

 そんなサルでもわかる一般常識を聞かされる為に俺はボコられたってか? 本当、この世界は腐ってやがるぜ。


「ふん、んな事はテメェに言われなくてもオレが一番痛いほど知ってんだよ。まさにこの見た目のせいでオレはこうして孤独になっちまったんだからな。バカにされて、笑われて、見下されて、裏切られて……こんななりになってからはそんな陰湿なイジメみたいなもんをずっと受けてきてんだよ。だからオレはこうやって復讐してやってるのさっ! 呑気で楽しそうにしてる奴らに、幸せそうに生きてる奴らに、この理不尽な世界にっ。オレのように迫害される奴の苦しみを、悲しみを、絶望を分からせてやる為によぉっ!」


 オレはゴミ箱にはまりながらも全身でその怒りを露わにする。それによってゴミ箱は激しく転がり倒れてしまったが、オレはようやくそこから抜け出す事には成功した。


 ゴミでデコられたオレはそのまま女を睨みつけてやる。だが、それに怯むことなく女は続けた。


「……そうね。でもその理不尽な現実を知っている貴方だからこそ、ぜひ私を手伝って欲しいのよ」


「はぁ? ……手伝う、だと?」


「えぇ。私はこの腐った世界を正す為に、弱者が強者によって脅かされない世界を作る為に……私の父であるしようと考えているの」


「……っ!? 魔王を復活させて、この世界に反逆……だと?」


「えぇ、そうよ。私は魔王の娘として、魔王の娘らしくこの世界を全て征服をしてあげるのよ。私がこの世界の新しい神となって、世界をより良いものにして見せるの。そしてそれを叶える為にも私には強大な戦力が、仲間が必要であり……だからこそ貴方のその世界を呪うほどの強大な思いが、力が必要なの。だから……」


 女はそのクールな表情を崩す事なく、俺の目の前にその手を差し伸べる。



「私と一緒に行きましょう、サタン。私と共に進む限り、貴方が私を裏切らない限り……私は決して、貴方を裏切ったりなんてしないわ」



「……っ!」


 ……そん時のオレは、きっと信じられないものでも見たような、驚愕の眼差しを向けていたに違いねぇ。

 事実、目の前の女の言葉を、差し伸べられたその手を、信じられなかった。信じたくても、信じられる訳がなかった。

 こんなオレを、こんな最悪なクズでハゲな悪魔を……誘ってくれる奴なんてもうどこにもいる筈が無ぇと、そう思っていたからだ。


 また裏切られる事が……怖かったからだ。


「……う、んなもん……信じられる訳ねぇだろ……」


「あら、どうしてかしら?」


「……オレは、こんななりでこんな頭なんだぜ? このSNSの時代によぉ、オレみたいな奴を仲間したらテメェも笑われるんじゃねぇのかよ? バカにされて、ネタにされて……そんなんで世界征服なんて、やれる訳ねぇだろうがよ? そしたらいくら綺麗事並べたってテメェもいつかオレを……」


 クソガキみたいにいじけた態度で返答するそんなオレに、だけど女はバカにする事なく普通に接してくる。


「貴方、体は強そうなのに以外と心の方は弱いのね。……ふぅ、ねぇサタン? フェゴを見てみなさい。あんなにもモサモサの天然パーマで、今にもアフロになりそうな人が既に私の仲間にいるのよ? なら今更ビジュアル重視も何もあったものではないと、そう思わないかしら?」


 急に話を振られた天パは素早く反論する。


「え? いやいやお姫ちゃん、有名なバイオリニストにだってアフロはいるんだぜ? つまりこれからは天パの時代が来る可能性が微レ存……」


 だが女は無視してオレに話を続ける。


「それに貴方だってそうなる前は、きっとお友達とかもいたのでしょう? ならそのお友達を、貴方はどうやって選んで来たのかしら? もしかして貴方は今までずっと、その人の中身を見ずに外見だけで全てを判断して、それで付き合う友人や仲間を選んで来たのかしら?」


「……はぁ? んな訳、あるかよ……」


「ふふ、そうでしょうね。……だとしたら、貴方と私はと言う事になるわね?」


「あ? 何が同じなんだよ?」


 ……すると、女は自信に満ち溢れた表情でこう答えたのだった。



「私も、外見だけで友人や仲間にしたい人を選んだりなんてしないと言う事よ」



 そん時のクィンハートの言葉が、微笑みが……オレの中に深く根付いていた心の闇を粉々にぶち壊してくれやがったのを……オレは今でも鮮明に覚えている。



          ☆



「……そん時、オレは誰かから求められる事が、誰かから認めてもらえる事が……こんなにも、こんなにも嬉しいもんなんだと初めて知った。理由がどうであれこんな自分を必要として貰える事が、自分が独りじゃないって事がこんなにも幸せなもんなんだって……オレは初めて知ったんだ」


 筋肉んは本当に幸せそうに……そのクィンハートという子との出会いを、心情を語る。……だが次の瞬間には、自分の中の強い決意を表すようにその表情を引き締めた。


「だからオレは、こんなオレに手を差し伸べてくれたあの子の為に、クィンハートの為に一生この身を捧げる事を誓ったのさ。……だから、だからこそオレはなんとしてでもそこの召喚士を連れて帰らなくちゃならねぇ……っ」


 言いながら、鋭い視線でドゥルを見据える。


「千年に一度レベルの強い力を持った召喚士なら、きっと魔王を復活させる事ができる。そうすればきっと、あの子のも叶うはずだからよ。だから……だから、こんな所でオレは立ち止まる訳にはいかねぇんだよっ!」


 側に落ちていたシャベルを力強く握りしめながら、筋肉んは立ち上がる。




「だからよ、先生……もうオレの、オレ達の邪魔をするんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」




 そう叫びながら筋肉んは自分を奮い立たせ、最早そのコンプレックスを隠す事などせずそのまま俺目掛けて突撃してくる。


 ……大切なものを全部失って、辛くて、苦しくて、悲しくて、塞ぎ込み孤独になってしまった筋肉ん。

 自分の人生を呪い、全てを諦めた彼のそれまでの生き方は……やっぱり俺と少し似ている気がした。


 蘭子と、勇蘭を、人生で一番大切なものを失い、生きる意味を失い……だからこそ俺もそんな自分の人生を呪い、全てを諦めて自殺を図ったのだから。



 ……ならもしも、もしも俺が彼の立場ならどうしていただろうか?



 彼は自分を救ってくれたと言うそのクィンハートって子の為に、彼の人生にとってきっと一番大切であろうその子の為に、召喚士であるドゥルを狙ってここに攻め込んで来た。


 ならもしも俺が彼の立場だったとしたなら……ならきっと俺も確実に同じ道を辿っていただろう。

 目の前にある救いの手に、必死にすがっていたに違いない。

 だとしたら、そんな俺にこのまま筋肉んの邪魔をする資格なんて……果たしてあるのだろうか?


 ……いやでも、魔王を復活させて世界征服なんて普通に考えたら止めなければいけない事だし……


 …………


 ……ん、


 いや、待てよ?

 確かにドゥルの力で、勇介をとはいえこの世界に召喚する事は出来ている。

 けど実際、勇介の体自体の召喚には失敗している訳で……いや、そもそも事なんて、本当に出来るのか?


 ……だけど、もしも筋肉んの言うように本当に死者を復活させる事が出来るのだとしたら?


 大切な人と、本当にもう一度出会えるのだとしたら……



 俺も、俺ももう一度会いたい。


 蘭子と勇蘭に……っ。



 本当にそれが出来るのなら、本当にそれが叶うのなら……俺だって取り戻したいっ。



 彼女達と紡ぐはずだった幸せな時間を。


 失ってしまった、俺達の未来を……っ。



 だったら、俺はーー

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