一夜の終わり 【勇騎視点】

「……さて、まぁ何はともあれじゃ。これで何とか無事に魔王城までの道案内を確保できた訳じゃが……次は誰がドゥルちゃんを助けに向かうかを決めねばならんの」


 俺と筋肉んが無事に和解した直後。

 星士郎さんが話を仕切り直し始めたまさにその時、それまでずっと黙ったままだった勇蘭が待ってましたと言わんばかりにその手を挙げた。


「おじいちゃん、僕が行くよっ」


 だがその勇蘭の挙手に、星蘭さんと星士郎さんは即座に反応してさも当然のように反対の声を上げる。


「ダメですよ、勇蘭」

「ダメに決まっておろう、勇蘭」


 あまりにも即答する二人に少し気押されながらも、勇蘭も負けじと反論の声を上げた。


「な、何でなのさっ!? 僕だってもう軍学校を首席で卒業した一人前の軍人だよ? なら……っ!」


 当然そう来るだろうと予測していたのか、そんな勇蘭の反発を優しく諭すように星蘭さんは続ける。


「……勇蘭、貴方も先ほどからの話を聞いていたでしょう? 魔界から帰ってきた冒険者はほぼ皆無……つまりこの任務はそれだけ危険だと言う事です。下手をすれば命に関わるような、そう言ったレベルの事態なのですよ? だとしてそんな所へ新米の軍人など行かせた所で、無駄死にするだけに決まっているでしょう?」


「そ、そんなのやってみなくちゃ分からないじゃないかっ! 僕は普通の新米の子達とは違って、ずっと遊ばずにひたすら鍛錬を重ねてきたんだっ。なら次はもう実戦で経験を積むしかないじゃないかっ」


「そうですね。ですが、だからといっていきなり難易度の高い任務に行く必要は無いでしょう? どれだけ鍛錬を重ねたと言っても貴方は他の子達と同様まだ新米、圧倒的に経験が足りてないのです。なら最初は低い難易度の任務からこなしていき、様々な状況下で経験を積んでから難しい任務に就く……それが至極当然の流れというものではないですか?」


「……う、そ、それは……でも……」


 痛い所を突かれてしまい、勇蘭は言葉を詰まらせる。その隙を星蘭さんは見逃さない。


「……ねぇ勇蘭? 貴方が焦る気持ちも分かります。貴方の父はとても偉大で、偉大すぎて……だから貴方がずっとそのプレッシャーを感じていた事も知っています。でも貴方はずっとそれを隠していたようでしたし、その反骨精神から鍛錬も頑張れるのだとしたらそれは良い事だと思い、だからわたくしも敢えて何も言いませんでした」


「…………」


「ですが今回ばかりは話が別です。自分の身の丈に合わない事をすれば必ずボロが出るというもの。勇介さんを超えたいという心がけは勿論とても良いですが、ですが貴方は勇介さんではないのです。ですから貴方は貴方のペースで、貴方が出来る事から一歩ずつやって行けばいいのですよ? そうすればきっといつか、貴方の努力が報われる日が来るはずですから、ね?」


「……で、でも、それでも僕は……」


 弱々しくも、必死に反論の言葉を探る勇蘭。


 ……きっと、勇蘭も本当は星蘭さんの言ってる事が正しいという事を頭では分かっているんだろう。

 だけど自分の中の焦りや不安からくる感情が、それを認めたくない。早く成果を上げて、結果を出して……自分の今までの努力が間違ってなかったんだという事を、早く証明したいから。


 彼にとって勇介の存在というのは、きっとそれほどまでに大きなコンプレックスとなっていたんだろう。

 有名人の子供にありがちな、幼い頃から付き纏う周囲の期待、重圧、好奇の眼差し。またそれを羨み嫉妬する者達から向けられる悪意、誹謗中傷。

 ……そんな様々なものに耐えて、必死に耐えて、彼はここまで頑張って来たんだろう。

 星蘭さんの言う通り反骨精神で……そんな奴らを黙らせる為に、周囲に自分の存在を認めさせる為に。


 ……あぁ、だからさっきからずっと勇蘭は俺を見ていたんだ。そんなコンプレックスの塊である勇介の面影を、俺に重ねてしまっていたから……。

 だとしたら今の勇蘭は絶対に引きそうにないだろう。目の前の勇蘭は見たところ十五、六歳くらいで、一般的に一番親に反発する時期の年齢でもある。


 でも、それでも、俺達は絶対に彼を連れて行く訳にはいかない。

 何故なら命を賭けるなんて事は、本来俺達大人がするべき仕事なのだからだ。



「……ま、まぁとりあえずじゃっ。やはり魔界はさすがに危険過ぎる以上、今回は勇騎と……そうじゃな、後はワシの直属の精鋭で部隊を組んで、それで向かってもらう事としよう。なぁに、勇蘭には勇蘭で実はちゃんと他に難しい任務も用意してたんじゃよ。だから今回はそっちを頼みたいと思っとたんじゃよ。の、勇蘭? じじぃからの一生のお願いじゃから、今回だけは、の?」


 当然、星士郎さんも同じ意見のようで、この話を強引に終わらせにかかる。


「…………」


 だがやはり納得出来ないのか、悔しそうな表情のまま勇蘭は何も答えない。


 すると流石に痺れを切らした星士郎さんは、これでとどめだとでも言わんばかりに決定打を持ち出して来た。



 ……そう、この場の誰もが実はの事を。



「……のぉ、勇蘭? そう言えば最初からずっと気になっておったんじゃが、そのお主の後ろの……その子は一体誰なんじゃ?」


「え? ……あっ!?」


「あぁっ、まさかお主、ワシ達に黙っていつのまにか彼女を作っていたとそういう事かっ? もぉー、恥ずかしがらずに言ってくれれば良いものを……んん? でもそうしたら今日告白されてまんざらでもなかった萌愛ちゃんの事は……も、もしやお主……」


「……あ、いや違うんだよ、この子は……」


 不意に後ろの金髪美少女ちゃんの事を指摘され、多分何も言い訳を考えていなかったんだろう……急に慌てふためき始める勇蘭。

 だが、勇蘭が何か言うよりも先にその金髪美少女ちゃんの方から元気よくその答えを告げてくれた。



「あ、はいっ。私はで、名前はミハルって言います。よろしくお願いします、お爺様」



「あ、あぁ、な〜んじゃ、勇蘭の娘じゃったか。まったく、萌愛ちゃんと二股かけようとしてるのかと思って一瞬ヒヤッとしたぞい。全く……それならそうと早く言ってくれれば……」


 …………


 ……



 ……んっ!?


 一瞬にして場が凍りつき、全員が耳を疑った。


 ん、あれ? なんか聞き間違えたかな? 

 いや、きっとそうだよな、うん。だってどう見ても彼女は今の勇蘭と同じくらいの年齢っぽいし。

 仮に彼女が言う事が本当だとしたら勇蘭は生まれてすぐに子供を作ったなんて事になってしまうじゃないか。あははは、いくらなんでも流石に早すぎる。


 俺は聞き間違えである事を証明する為に、かなり強引に訂正を試みる。


「……あ、あぁ、そうだ妹だ! きっと間違えて俺達は妹を娘って聞き間違えてしまったんだよきっとそうだ。勇蘭の生き別れた妹に違いない。あはは、ごめんごめん。えっと、ミハルちゃんだっけ? ごめん俺達ちょっと聞き間違えちゃったみたいでさ。もう一回聞いていいかい? ミハルちゃんは勇蘭の……」



「はいっ、娘ですっ」



 やっぱり聞き間違いじゃないっっ!!?


 すると星蘭さんが先程までの凛々しい表情とは打って変わって、酷く動揺しながらも慌てて勇蘭に聞き返す。


「ゆ、勇蘭っ、こ、ここ、これは一体どういう事なんですかっ!? はっ! ま、まさか貴方……そ、その子にを強要して、無理矢理言わせてるのではっ!?」


「えぇっ!? ちょ、ち、違うよっ! 僕が言わせてるんじゃないからっ! 誤解だよ、誤解っ。まず僕にそんな性癖は無いからっ!?」


「お、おぉ、すまんのぉ勇介……ワシは、ワシはどうやら教育方針を間違えてしもうたみたいじゃ……」


 白い刀を摩りながら、泣き崩れる星士郎さん。


「……なぁ先生よぉ、そういやそろそろこの亀甲縛り解いて欲しいんだけどよぉ……」


「え? あぁ、ごめん筋肉ん、忘れてた」


「勇蘭っ、母さんは……母さんは……貴方をそんな子に育てた覚えはありませんよっ! よりによって、よりによってそんな父娘ぷ、プレイだなんて……っ、う、うぅ……」


「……? お父様、父娘プレイって何ですか?」


「えっ!? あ、いやミハルちゃん、父娘プレイって言うのはね? じゃなくてっ!? いやだからちょっと待ってっ! ちゃんと説明するからっ! だから、だからみんなちゃんと僕の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」



 慌てふためく勇蘭の心からの叫びと共に、俺の異世界での最初の夜はけていったのだった。



          ★



「……お……くだ……」


 ……んん、なんだ?


 とても心地良い空間にいるのに、それを何故か無理矢理邪魔されてるようなそんな感覚に俺は襲われていた。


「……きて……い……おき……下さい……」


 ……っもう、何なんだよ? 人がせっかく気持ちよく寝てるのに……。


 ……


 ん、寝てる?

 あぁ、そうか。俺は今、あったかい布団で寝ているのか。


 徐々に意識が覚醒していくと共に、俺を揺さぶりながら呼びかけてくるその声が鮮明に聞こえ始める。



「あのぅ、起きて下さーい。もうお昼ですよー?」



 ……なんだ、まだお昼じゃないか……。


「……んん、あと五分、あと五分だけだから…………ん? んんっ? え、お昼っ!?」


 俺は全力で布団から跳ね起きる。


 それもそのはず。

 あの後、何とか勇蘭とミハルちゃんの誤解も解け、結論としては今日の朝から俺と軍の精鋭部隊と、あと案内役で筋肉んも一緒にいざ魔界へと向かう予定となっていたからだ。

 それなのに、時計を確認するとその針は十二時半を指している。


 つまり完全に寝坊だった。


「ま、まじかっ。ちょ、え? 何で誰も起こしてくれなかったんだよ? もしかして俺一人置いてけぼりなんじゃ……いや、さすがにそれはないか…………ん? て言うかその前にえっと……君は?」


 今更気づいたが、何故か俺の目の前には可愛らしいけも耳の付いた和風ウェイトレスさんが座っていて……どうやら彼女が俺を起こしてくれていたらしい。


 けど……なんだろう、この感じ。

 何故かとても懐かしい感じがする。


 俺がこの状況に少しデジャヴを感じていると、当の彼女がニッコリと0円スマイルで自己紹介を始めてくれた。


「あ、私、八神やがみ愛鏡あいきょうって言います。この街の食堂でウェイトレスをしていまして、ここの調理師さんがお休みの際にはお弁当を届けてたりもしてるんですよ?」


 ……ふむ、つまり宅配サービスも行ってる食堂のウェイトレスさんが、たまたま一人寝ていた俺を偶然にも起こしてくれたという事か。


 さて、とりあえずまずはこの状況を確認しないと。


「……えーと、八神さん。ちょっと聞きたいんだけどさ?」


「あ、愛鏡でいいですよ?」


「え、あ、そう? じゃあ俺も下の名前で、勇騎って呼んでくれていいよ」


「ふふ、ではお言葉に甘えて勇騎さんって呼ばせて頂きますね。それで……勇騎さん、私に聞きたい事ってなんでしょうか?」


「あ、あぁ。じゃあえっと愛鏡ちゃん。とりあえず……俺以外の他のみんなが今どこにいるかとかって知らないかな?」


「……他の皆さん、ですか?」


「そう」


「他の皆さんでしたら……」


 だが俺は、次に彼女が発する言葉によってこの現状がとてもまずい事になっているのだという事に……気づかされるのだった。



になってらっしゃるようですよ?」

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