敗北 【勇蘭視点】
「……っはぁ、はぁ、はぁ、やっと着いた……」
全速力で走って来た為、動悸、息切れ、気つけが激しく一度立ち止まって僕は呼吸を整える。
……そして、同じく全速力で走って来たはずなのに息一つ切らしていないミハルちゃんと共にようやく城の門前まで到着していた。
「お父様、大丈夫ですか? やっぱり私がおぶった方が良かったのでは……」
「……い、いや、ミハルちゃん、何の罰ゲームなんだいそれは?」
この子、本当に何者なんだろう?
普段から訓練してる僕の全速力について来て、なのに息一つ切らしていないなんて……。
いや、今はそれよりも早く家で何が起こったのかを確認しに行かなくちゃ。
おじいちゃんは強いから心配ないとは思うけど、でももし母さんや千年に一度ちゃんが悪い奴ら捕まって人質にでもされていたら大変だ。
「はぁ、はぁ……ふぅ、よし。とりあえずミハルちゃんは一旦ここで待っててくれる? 僕が中を確認してくるから」
「いいえお父様、私もついていきます。お父様にもしもの事があったら大変ですから」
「え、いやいやいや、だから僕は普段から訓練してるから大丈夫なんだってば。それよりもミハルちゃんは女の子なんだし、もしも中で戦闘とかが起こっていたら無事じゃ済まないかも知れないんだよ? 本当はあの食堂で待ってて欲しかったのにミハルちゃんがどうしてもって聞かないから、仕方なくここまでは連れて来たけど……。でもここから先は本当に何があるか分からないから」
「で、でもーー」
彼女が更に反論を続けようとしたまさにその時。
(ドガァァンッ!)
まるで木材が激しく壊されたかのような大きな破壊音が響き渡り彼女の言葉をかき消した。
聞こえてきた方向へと瞬時に視線を向けると、閉ざされていた城門が中心から木っ端微塵になっていて、その破片と共に中から家の警備兵が投げ飛ばされて出てきたのだった。
僕は驚きながらもすぐさま駆け寄り、警備兵の安否を確認する。
「だ、大丈夫ですか? 一体何が……」
「ゆ、勇蘭様。お、お逃げください……」
すると中から緑色の髪をオールバックにして、赤色のパーカーを羽織った上半身裸の、とても大きくとても太った男がヌルッと姿を現した。
その表情はとても虚ろで、右手には何故か美味しそうな棒状のスナック菓子を持っていてバリバリと豪快な音をさせながら食べている。
また反対側の手には大きめのビニール袋を大量に持っていて、その中には色とりどりのお菓子が山のように入っていた。
あー、うん。まぁそりゃ太るよね。
……じゃなくて、この魔力、この人もしかして……
魔族っ!?
僕は目の前の大男から、悪魔族特有の黒い魔力を感じ取り驚愕する。
な、なんで魔族が地上に……っ?
確か
ならもしかして、こいつはその時の残党……?
いや、目の前に本人がいるんだ、せっかくだしちょっと確認してみよう。
とりあえず僕はこの謎の不審者の正体を確かめるべく質問を投げかけてみる事にした。
「あ、あのー、貴方は一体何者なんですか? 僕の家で一体何を……」
「バリッ、くっちゃくっちゃ、食いてぇ……」
「いや、だから……」
「バリッ、くっちゃくっちゃ、食いてぇ……」
「貴方は一体……」
「バリッ、くっちゃくっちゃ、食いてぇ……」
……だ、駄目だっ、会話が成立しないっ!
でも、こんな所で時間を無駄にする訳には……て、ひぃぃっ!?
「く、食わせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
こちらを目掛けて突如走りだして来た大男。
太った体に似合わず凄まじい速度で突撃して来て、一歩足を踏み込むたびにその振動で地面が激しく揺れ動く。
その表情はイヤらしい満面の笑みに満ち溢れていて、唾液を撒き散らしながら差し迫って来た。
その恐ろしい光景に、僕の背筋は一瞬にして凍りつく。
……くっ、やるしかないっ!
初めての実戦でかなり不安だけど、そんな事言ってる場合じゃない。
僕は咄嗟にミハルちゃんを自身の背後に下げて瞬時に駆け出し、そのまま相手の懐に入り込んでぷるんぷるんのお腹目掛けて勢いよく抜刀する。
刀はお腹を見事切り裂き、大男はその衝撃で後方へとぶっ飛びながらゴロゴロと激しく転がって倒れこんだ。
その巨体をピクピクと痙攣させながらも、いつのまにか腕の中には先ほどのあのお菓子の入った大量の袋達が収まっておりしっかりと守られる形となっていた。
え、守るのそっちっ?
……ま、まぁいいけど別に。とりあえず一撃入れただけだしあの脂肪だからまだ死んではいないと思うけど……。
僕は倒れた大男に慎重に近寄り、その傷口を確認しようとお腹を見てみる。
「……っ!?」
だけど、そのぷるんぷるんのお腹には僕が切ったはずの切り傷が
「……む、無傷っ!?」
そ、そんな……確かに手応えはあったはずなのに。
その証拠にまだ僕の手には初めて人の肉を斬った、なんとも言えない嫌な感触が残っている。にも関わらず大男のお腹には傷どころかシミ一つ無い。
すると突然大男がまるで何事も無かったかのようにむくりと起き上がった。
「っ!?」
僕は動揺しながらも咄嗟に大男から距離を取る。
そのまま様子を伺っていると、大男はまた袋から新たなお菓子を取り出して再び食べ始めた。
本当に味を楽しんでいるのか分からないように次から次へと食べ進め、長い咀嚼のあと大きな音を立てて飲み込んだ。
「……ニチャア」
どうやら満足したのかとても気持ち悪い笑みを浮かべ、大事そうにお菓子の袋を地面に置き、そしてこちらへ振り向くと同時に僕目掛けて再び突進を仕掛けて来た。
未だ動揺しつつも瞬時に気持ちを切り替え、再び大男目掛けて僕は全力で走り出す。
タイミングよく大男の突進をギリギリの所で躱しながら通り過ぎざまに横腹を抜刀。そしてそのまま横を走り抜け距離を取った後、すぐさま大男の方へと振り返り自身が切った箇所を遠目に確認してみる。
無傷。
……くそっ。なら、次は……っ!
大男が完全にこちらを振り向く前に僕は再度走り出し、身を
流石に僕はこの状況に少し焦りを感じながらも、攻撃の手を緩める事なく大男が認識出来ないぐらいの全速力で何度も何度もそのぷるんぷるんボディ目掛けて連続で斬撃を浴びせる。
何度も何度も何度も何度も。
それでも……切った箇所は瞬時に塞がっていく。
……はぁ、はぁ、はぁ、これは……まずい。
どういう原理か全く分からないけど、こんな瞬時に回復されたんじゃこちらの攻撃は全然効かない事になってくる。
例えばもし効かないのが物理攻撃だけだったとしても、でも今の僕にはこの刀でしか攻撃の手段が無い。
いや、でももし本当にそんな瞬時に回復できるなんていう強力な能力なんだとしたら、何かしらのデメリットがあってもいいはずじゃないか?
……例えば、回復できる回数にちゃんと制限があるんだとしたら、だったらこのまま切り続ければいつか能力が切れるかも知れない。
でも、もしもそんな制限や縛りなんてものが無かったとしたら……。
僕は攻撃を続行しながらも、大男の瞬間回復に対して何か打開策がないかと必死に思考を巡らせる。
だけど、
その行動によって注意力が散漫になってしまい、結果
「……お父様っ、危ないっ!」
「っえ? ぁぐ……っ!?」
気付いた頃には時既に遅し。
僕は大男の大きな右手に首を掴まれてしまい、そのまま勢いよく持ち上げられる。
身長差から全く地面に足が届かず、僕は宙ぶらりんの状態で完全に捕獲されてしまった。
し、失敗した……っ。
考える事に集中し過ぎて、予想以上の早さで自分のスタミナが減っている事に全然気付かなかった。
スタミナの減少によって攻撃速度が敵に認識できるスピードまで落ちてしまい、だから次第に大男の目にも僕の姿が捉えられるようになってしまったんだ。
しかも敵に掴まれた瞬間に、思わず刀を落としてしまったのもまずかった。人生最大の汚点と言うのはきっとこういう事なんだろう。
……くっ、……や、ヤバいっ。こ、こいつ、握力が……半端ない……っ。
何とか大男の手から逃れようと両手を使い必死に足搔いてみせるも、全く振りほどける気配がない。
まるで僕の首と大男の手が瞬間接着剤で固定されたみたいにガッチリと指が食い込んでいた。
……くそ、離……れ……ろぉ……。
全くビクともしない大男の手は、更に力を込めて締め上げてくる。
どんどん脳に血液が溜まっていくような圧迫感と、酸素が肺に届かない苦しみに耐えながら、必死に大男に何度も何度も蹴りを入れてやる。
だけど当たる箇所がぷるんぷるんと揺れるだけでまるで効いてる気配はない。
……ヤ、バい……どう、すれ、ば……
徐々に意識が朦朧とし始めて
目の前が
世界が
全てが、真っ白に塗り潰されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます