覚醒 【勇蘭視点】

 白。



 見渡す限りどこまでも永遠に続いているかのような、完全な白の世界。



 そんな世界で……たった独り、地べたに座っているのは幼い頃の僕だ。


 でもなぜかその周囲を取り囲むように古いブラウン管のテレビが数台置かれていて……それを認識した瞬間、画面の中の砂嵐が突如一斉に切り替わり、とある映像を映し出した。



 一つは、僕がまだ大人達にチヤホヤされていた頃の映像。

 みんながまだ僕の事をとして扱っていた頃の……メディアに囲まれた光景。



「……はい。こちらがあの伝説の勇者、勇介様のご子息の勇蘭君です」


「将来の夢はやっぱりお父さんみたいに、世界を守る勇者になる事かな?」


「いやぁ、既に勇者としての風格が漂ってますねぇ。今から将来が楽しみです」


 …………



 一つは、独り寂しそうに歩いている少し大きくなった頃の映像。

 そんな僕を遠巻きに見ながら陰口を叩く同年代の子供達や大人達の姿が映し出されている。



「……勇蘭くん、剣術の大会でまた予選敗退だってー」


「あの子、肝心な所でいつもミスるんだよなー」


「ま、所詮親が天才でも子供には関係ないって事なんだろ? 結局ただの凡人って感じじゃん」


 …………



 一つは、僕がイジメられていた頃の映像。

 四、五人のクラスメイトに囲まれながら、蹴りを入れられる光景。

 十歳くらいの頃でまだ幼さが残るものの、中々良い蹴りを放ってくるクソガキ達。



「……な、言ったろ? こいつのとーちゃんはすげぇ強かったらしいけどさ、こいつは全然弱いだろ?」


「親がスゴイからってさ、いい気になってんじゃねーよ」


「ホントホント。いいよなぁ親がスゴイってだけで先生達から甘く採点されるんだからさー」


 …………



 一つは、僕が一人で鍛錬に励んでいる映像。

 毎日毎日放課後は山を走り、木刀を振るい、体を鍛え基礎体力をつけて、帰ってから夜遅くまで勉強する。

 その頃にはもう飽きたのか直接的なイジメはなくなっていたけど、誰からも喋りかけられず、僕はずっと独りで過ごすようになっていた。


 …………


 ……


 ……それでも、それでも僕はずっと必死に頑張ってきた。


 父さんを超える偉業を成し遂げて、僕を勝手に持ち上げただけの奴らや、勝手に失望してバカにしてきた連中を見返してやる為に……っ。


 僕に嫉妬してイジメてきた奴らや、僕を無視してきた連中を見返してやる為に……っ。


 その為に、ただその為だけに……僕は今日までずっと頑張って来た……っ。



「その為だけに……ずっとずっと、頑張って来たんだっっ!!」



 テレビの画面が全てブラックアウトし、その暗闇の中に今の僕の姿が映し出される。



「……なのに、それなのに、ここで終わり? こんな所で終わり? 何も成し遂げられないまま、誰にも必要とされないまま……? だったら……だったらさ、僕の今日までの人生には一体どんな意味があったって言うのさ?」

「辛かった事も、悲しかった事も、悔しかった事も……ずっと、ずっと独りで頑張ってきた事もっ! 全部全部、一体何の意味があったって言うのさっ!?」


 …………


 ……


「……そんなの、嫌だ」

「意味わかんないよ。何でよりにもよって僕がこんな目に遭わなくちゃいけないのさ?」

「……何も悪い事なんてしてないのに、何でこんな最後を迎えなくちゃいけないのさ?」


「……嫌だ。嫌だ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だっ!」


「こんな最期なんて、絶対に嫌だっっ!!」


「死にたくない! まだ死にたくないんだっ!」


「頑張ってきたんだっ! ずっとずっと僕なりに必死に頑張ってきたんだっ! なのに、それなのにこんなのおかしいじゃないかっ!」


「こんなの……こんなの、おかしいじゃないか……っ。」



 気が付けば、僕の瞳からはとめどなく悔しさの雫が溢れ出していた。

 何度も何度もそれを拭いながら……ただ死にたくないと、それだけを願いそこから全力で逃げ出そうと、僕は駆け出す。


 どこまでも続く白の世界を、ただがむしゃらに走り続ける。



「……だ、誰か助けてよっ!」


「誰でもいいっ。神様でも、魔王でも、何だっていいからっ!」


「だから、僕を……僕を助けてっ!」


「……あっ!?」


 途中で足がもつれ、僕はそのまま転げるように倒れ込む。



 …………


「……くっ、ひっく、うぅ……まだ……まだやりたいことがたくさんあるんだ」


「まだ、叶えたいことがたくさんあるんだ」


「だから、お願いだから……」




「……助けてよ…………父さん」



          ☆



 ーー瞬間、大男の腕に大きな衝撃が走る。



 同時にその手からは先ほどまでの握力は完全に失われ、僕の首はようやくその長い地獄から解放された。


「……っ、ゲホッ、ゴホッ、ガッ……っ、はぁ、はぁ、はぁ、……い、一体……何が……?」


 僕は自分の身に一体何が起こったのかを確認するべく、必死に呼吸を整えながらぼやける視界を何度も拭い、目の前へと視線を向ける。


 そこには……僕が落とした刀を手にし、震える足をなんとか奮い立たせて、僕を守るように大男の前に立ちはだかる姿があった。


「……み、ミハルちゃんっ!?」


 そして切られた張本人はその予想外の攻撃に怯んだのか、いつのまにかお菓子袋の方まで下がっていて……その右腕にはミハルちゃんが斬った切り傷が鋭く刻まれていた。


 ……あ、あれ?

 

 な、何で、瞬間回復するんじゃ……?

 い、いや、それよりもまずは……


「ケホッ、み、ミハルちゃん? 一体何を……」


 問いかける僕に、ミハルちゃんはこちらを振り向く事なく敵を見据えながら返事を返してくれる。


「……ごめんなさい、お父様。でも私、もう見ているだけなんて出来ません。お父様が苦しんでいるのに、悲しんでいるのに……まだ生きていたいって、必死に助けを求めているのに。なのにただ見ているだけなんてどうしてもイヤで……。だから私が助けなきゃって、そう思ったら勝手に体が動いちゃってました」


「……み、ミハルちゃん」



「だから、お父様を悲しませる人も、馬鹿にする人も、傷つける人も……全部全部、私がぶっ飛ばしてやりますっっ!!」



 力強い気迫と共に物凄い強風が突如ミハルちゃんの周囲をとり囲むように発生し、僕はかがんだ状態で何とかその場に踏み止まる。

 風がそのまま竜巻のようにミハルちゃんの全身を包み込み、とても眩い光となって……そして次の瞬間にはもう光輝く粒子となって弾け飛び散った。


 弾けた粒子と一緒に、とても真っ白な天使の羽根が大量に舞い散り、光の中からは全く別の……蒼い衣装に身を包んだミハルちゃんがその姿を現した。


 頭部には金属の額当てを装着しており、両側面からは純白の小さな翼が生えている。

 また背中にも大きな天使の翼を羽ばたかせ、更には彼女を守るかのようにその周囲を八枚の蒼い盾が廻りながら浮遊していた。


 その姿はまるで、まるであの『神々の黄昏ラグナロク』で活躍したとされる伝説の女神……



 『蒼の戦乙女ヴァルキュリア』のようだった。



 だけどその美しさに見惚れる間も無く、すぐさま大男が行動を開始する。

 大男はすぐさま新たなお菓子を食べ始め、すると先ほどの右腕……ミハルちゃんが斬ったであろうその箇所が徐々に塞がり始めまるで痕など最初からなかったかのように綺麗さっぱりと無くなった。


 ……っ!

 そ、そうか、だったんだっっ!!


「ミハルちゃんっ、そいつにお菓子を食べさせちゃダメだっ! 多分そいつは……あぁっ!?」


 やっとカラクリが分かったその瞬間。

 だけど大男はネタバラしと言わんばかりにビニール袋に入った全てのお菓子を袋ごと口の中へと放り込んだ。そして全く咀嚼する事なく一瞬にしてそれらを飲み込み、そのままミハルちゃんの方へと突撃して来た。


 ……や、やられたっ! 多分これで勝負を決めにきたんだっ。

 持っていたお菓子を全部食べたって事はその分の時間は瞬間回復の効力が続くと見てまず間違いない。

 つまりこれで当分の間は防御無視で攻撃に転じる事ができるし、もしあんな巨体に捕まったりなんかしたらミハルちゃんの華奢な体じゃ多分瞬殺だっ。


「ミハルちゃんっ、そいつに捕まらないように距離を取るんだ! 捕まったらきっとその盾ごと潰されてしまうっ!」


 だけど、ミハルちゃんはそんな僕の心配を全く気にする様子もなく、凛々しい表情のまま悠然と立ちはだかる。


 そのまま敵の方へ右手をかざすと、連動するようにミハルちゃんの周囲に展開していた八枚の盾全てが彼女の前方に立ち並び、同時にその中心部に飾られた紅い宝玉が全て一斉に輝き始めーー



 桜色に光り輝く極太のレーザービームが、轟音をかき鳴らしながら勢いよく放たれた。



「ぶふぉ……っ!? ぐ、ぐぅぅっ」


 大男は咄嗟に防御態勢を取りなんとかレーザービームを防ごうとするも、見るからに圧倒的な威力だったようで一瞬で飲みこまれてしまう。そしてそのまま大男はレーザービームと共に勢いよく城門を越え、城の中をぶち抜いて行き……


 最後にはミハルちゃんの宣言通り……そのまま遥か彼方へとぶっ飛ばされてしまったのだった。


「……す、凄い……」


 僕はそのあまりの凄まじさに語彙力を失い、とても美しく広がる目の前の光景を、ただ呆然と眺める事しか出来なかった。

 すると無事役目を終えたからか、蒼い盾は光の粒子となって消えていき、同時にミハルちゃんの蒼い衣装も消え去っていき……徐々に僕の買ってあげた元の衣装へと切り替わっていく。


「……ふぅ。お父様、もう大丈夫ですよ?」


 先ほどまでの凛々しい表情は既になく、心底安堵したような穏やかな表情で僕の方を振り向くミハルちゃん。


 ……だけど、僕は先程まで目の前で繰り広げられた光景をすんなりと受け入れる事が出来ず、動揺を隠しきれないまま、最早事が明白となってしまった彼女に問いかける。


「……み、ミハルちゃん。君は一体……何者なんだい?」


 僕の疑心に満ちた瞳を真っ直ぐに捉えながら彼女は少し考える仕草をとるも、すぐにいつものとても可愛らしい天使のような笑顔で……こう告げるのだった。



「私はミハル。お父様の自慢の一人娘ですよっ」



 そんな彼女の言葉に、笑顔に、僕は理解する。

 自分の娘に甘い、父親の感覚を。


 ……は、はは、この子には勝てそうにないや……。


 だから僕はそれ以上の追求を断念した。


「……そうだったね。……ねぇ、ミハルちゃん」


「ん、どうしましたお父様?」


「いや、今回の事だけどさ。その……本当にありがとう。君がいてくれて、本当に助かったよ」


 少し照れくさそうに僕が感謝を告げると、彼女はとても嬉しそうに喜ぶ幼い少女のように、飛びっきりの笑顔を見せてくれた。



「……はいっ!」



 ……でも、この時の僕の心の一番奥底では、黒くよどんだ感情が、物凄く小さくだけどうごめいていた。


 今回僕が助かったのは、あくまで彼女が僕のような普通のではなく、な存在だったから。


 それはつまり……結局どれだけ凡人が頑張って努力を重ねて来たとしても、凄い偉業を成し遂げるなんて事は……到底出来る筈ないと……。

 それが出来るのは……のような、な存在だけなんだと……そんな現実を見せ付けられたような気がしたから。



「……お父様?」


「え? あ、あぁ、ごめん大丈夫。さ、早く中を確認しに行こう」


 ……そうだ、今はこんな事考えてる場合じゃない。

 とりあえず母さんやおじいちゃん、それに千年に一度ちゃんも無事かどうかを確認しに行かないと……。



 それに諦めるのはまだ早いはずだ。



 だって僕はまだ……



 この世界に、生きているんだから。

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