走馬灯その3
一体、何がせっかくなのか……とかそんなツッコミが返ってくることもなく、何故か無事すんなりとOKの返事が貰えた俺は、彼女と共に普通の居酒屋へと来ていた。
俺は早速店員さんが持ってきてくれた最初の一杯目を持ちながら、少し落ち着かなさそうにもじもじしている彼女に向けておどおどと声を掛ける。
「あ、そ、それじゃ、とりあえずまずは乾杯しましょうか……」
「えっ、あ、は、はい。そうですねっ。それじゃあとりあえず……お、お疲れ様ですっ」
「お、お疲れ様です」
そう言って俺はカシスウーロンの入ったグラスを、彼女はビールの入ったジョッキを持って恐る恐る乾杯する。
その可憐な容姿からは想像し難いくらいに豪快にビールを飲み干していく彼女を横目に、俺は少しだけカシスウーロンを喉に通してからお通しの枝豆を食べ始める。
……うーん、いくら苦いのが苦手だとは言え、やはりここは俺も男らしくビールを頼むべきだっただろうか?
少し気恥ずかしい気持ちになりながらも、彼女がグラスから唇を離したのを見計らって話を振ってみる事にする。
「……そ、そう言えばまだお互い名前も聞いてなかったですよね? あの、俺は霧島勇騎って言います。さっきの高校で教師をやってて……って言っても、まぁまだ今年入ったばかりの新米のぺーぺーなんですけどね……はは」
そんな俺の至って普通の自己紹介に、だけど彼女はまるで同じジャンル好きの同士を偶然見つけた時のオタクのように、少し高めのテンションで食いついて来た。
「あ、や、やっぱりそうだったんですねっ! 実は私も別の高校でなんですけど、今年から教師やってるんですよ!」
「え、あ、本当ですかっ!? いや、同じ教師で新米同士なんてなんか凄い偶然ですねっ」
「本当凄い偶然ですよね? あ、あの、私は星野蘭子って言います。そ、それじゃあ今日は同じ新米先生同士、色々お仕事の愚痴なんかもぶつけちゃいましょうか?」
「あ、いいですね。なら俺の学校での
「ふふ。あ、でも忖度具合ならもしかしたら私も負けてないかもしれませんよ?」
「はは、ホントですか? ならぜひ星野さんの忖度っぷりも聞かせて欲しいですっ」
「いいですよぉ、まずはうちの校長先生なんですけど……」
〜〜
「……そうなんですよっ! だから、俺は心の中で校長にこう言ってやったんですよっ。生徒ファースト、生徒ファーストって……本来学校は生徒や保護者をそうやって甘やかす場所じゃなかったはずですっ。生徒達を立派な大人に育てる為の、教育の場所だったはずです! ……ってね」
「……す、凄いです、さすが霧島さん。私が出来ない事をそんな平然とやってのけちゃうなんて……そこに痺れちゃいますし憧れちゃいますっ」
……と、まぁそんな感じでいい感じに酔った俺達は、お互いの事や仕事での不満、溜まりに溜まった鬱憤などを面白おかしく語りあっていた。
彼女の学校も中々に大変みたいで、何度言っても直してこない金髪の頭に龍の入れ墨の生徒だの、大人気の購買焼きそばパンを複数人で買い漁り転売を始める生徒、はたまたエロ同人誌に出てきそうないかにもなゴリラ風体育教師などなど。
僅か1ヶ月程しか勤務してないのにも関わらずよくもまぁそんなレアモンスター達に遭遇したもんだと彼女の苦労に同情してしまう。
けどそんな珍獣達との出会いがいい感じに酒の
最初は、ただ何とか彼女とお近付きになりたくて接点欲しさに誘っただけだったけど……だけど気がつけば俺は、ただ純粋に彼女との会話を楽しんでいた。
彼女とのこの時間に、すっかり夢中になっていた。
第一印象から一見大人しそうな感じの彼女だったけど、話をする内にどんどん打ち解けて来て、コロコロとその表情を変えながらとても楽しそうに自分の事を話してくれるようになっていて……。
この時にはもう完全に、俺は彼女の事を好きになっていた。
だけど、楽しい時間は一瞬で過ぎ去るとはよく言ったもので……それは今日のこの時間も例外ではなかったらしい。
出来る事ならもっともっと話をしたかったが腕時計の針は早くも夜の十一時を刺そうとしており、残念ながら明日も平日という事で当然ながら俺も彼女も仕事がある。
どうやら彼女もそれに気づいたのか、とても名残惜しそうな表情を見せてくれながらもお開きの合図として自分の時計を確認した。
「……あ、もうそろそろ十一時ですね。霧島さんとお話してるととっても楽しくて、あっという間に時間が過ぎちゃいましたね。でも、明日もお互いお仕事ですし、名残惜しいですけどそろそろ帰りましょうか……」
とても寂しそうにそう言ってくれる彼女のその言葉に、俺も寂しいと思う反面とても嬉しくもなった。
もしも本当に彼女も俺と同じような気持ちでいてくれたのだとしたら、なら少しは俺に対して脈があるんじゃないかとそう思えたからだ。
俺は思わずニヤけそうになる表情を、でもなんとか必死に抑え込む。
……そう、ニヤけている場合じゃない。
この機会を逃したらもうこんな時間は二度と訪れないかも知れない。なぜなら俺はまだ、彼女の連絡先を聞けていないのだから。
やはり、どう考えてもここで攻めるしかないだろう。否っ、ここで攻めなくてはもはや男じゃないっ。
人生は一度きり、当たって砕けろっ、勇気を出すんだ霧島勇騎っ!
俺は俺自身を叱咤激励し、残っていた水を一気に飲み干し、若干震える手に神経を全集中させながらなんとかスマホを取り出して、そして弱々しくも言葉を紡ぎ始めた。
「……あ、あの、星野さん。も、もしよかったらなんだけど……さ? その、番号交換とか……しませんか? 俺も今日その、星野さんと話せてすっごく楽しかったしさ? だからまた、こうやって星野さんともっと話がしたいなって、思って……」
俺は自分の顔に物凄く血液が集まっていくのを感じながらも、恐る恐る彼女の表情を伺う。
彼女もまた……酔いのせいもあったのかもしれないけれど、とても真っ赤にその顔を染めていて、少し驚いたような表情で俺を見つめていた。
だがすぐさま我に返ったように彼女もまた、慌てて残った水を一気飲みしてから、少し震える手で可愛らしいカバンの中からスマホを取り出してくれる。
「……あ、あの私も、私ももっと霧島さんとお話したいです。だからその、お休みの日とかいつでも大丈夫ですから、その……また誘ってもらっても……いいですか?」
「……そ、それじゃあ……っ!」
「は、はい。その……これからもよろしくお願いします。霧島さん」
耳も含め顔全体を今日一番濃い朱色に染めながら、とても恥ずかしそうに微笑む彼女。
その表情はとても可憐で、まるで彼女の周囲に真紅の薔薇の花びらが舞い散っているかのようにさえ錯覚してしまうほどに……とても、とても綺麗だった。
☆
その日以降、俺と蘭子は頻繁に連絡を取り合うようになっていった。
寝る前に今日仕事であった事の感想だったり、次の休みはどこに行きたいだとかそんな他愛のない事ばかりだったけど……だけど彼女とのそんなやり取りをするその時間が、俺の一日の中で一番好きな時間へと変わっていった。
そんな些細なやり取りだけで、それだけでその日どんなに嫌な事があったとしても、また明日も頑張ろうって思う事が出来たから。
休日には二人で一緒に色々な場所に出かけるようにもなった。
有名なテーマパークや動物園、水族館など、元々インドアでそういう場所に全く興味のなかった俺だったけど……でも彼女と一緒ならどこへでも行こうと思えた。
蘭子と一緒なら、例えどんな事でも楽しむ事が出来ると、そう確信していたからだ。
夏には二人でお祭りに行った。
浴衣姿の彼女にドキドキしながら一緒に屋台を回り、打ち上げ花火を下から見るか横から見るかで議論したりなんかしながらも、お互い顔を真っ赤に染めながら手を握りあって見上げた綺麗な景色を、今でも鮮明に覚えている。
二人でプールにも行った。
恥ずかしそうな彼女の水着姿にドキドキしてしまい、うっかり彼女の誘いに乗ってしまい苦手なウォータースライダーに乗って見事に半泣きになった事も……今では本当にいい思い出だ。
冬には二人で綺麗なイルミネーションを観に行った。
色鮮やかに輝く光の世界に見惚れる彼女のそんな横顔を、ずっとドキドキしながら俺は見つめていた。
その為俺はほとんど景色を見ていなかったが、彼女より綺麗なものなんてあるはず無いと、そんな事を本気で心の底から思っていた。
正月には二人で初詣に行った。
初めて見る着物姿の彼女にドキドキしながらも、ふとすれ違った巫女さんの衣装を眺めながら脳内で彼女に着せていたところを無事誤解されてしまい、ヤキモチを焼かれてしまったりなどなど……。
出会ってからわずか一年くらいの間に、俺達は本当に色んな事を楽しんでいた。
彼女と一緒に過ごす時間が、日々が、俺の中でかけがえのないものなんだと認識するのに……ほとんど時間はかからなかったと思う。
もっとずっと、少しでも多く、彼女と過ごせる時間を増やしたくて
これからもずっと彼女の側にいたくて
だから俺は、彼女に結婚を申し込むことに決めた。
彼女と出会ってから始めて二人で過ごす桜の季節。
彼女がこの世に生まれて来てくれた、とても大切な祝いのその日に。
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