四場 偽りの応酬
村の中心の広場では宴会が開かれているらしく、人々の笑いさざめく声がここまで聞こえてくる。その中に混じって
「王仙羽!」
牢の前にしゃがんでいるのは
「万事手筈どおりですか」
「当たり前だ。あの爺さんを撒くのは骨だったがな……ずっと観察していたが、やはり爺さんが一番やり手だ。例の二人組も強いことは強いが、大した手合いではない。反乱軍も大半は村の外の者で、例の棍術も習いたてだ」
凛冰子は小声で言うと、木組みの格子に腕を入れて手巾の包みを差し出した。
「食べろ。厨房から頂いてきたものだ。連中も食べているから問題ない」
まだ熱いそれを受け取って布をめくると、中にもう一つ木の葉の包みがあった。紐を解いて包みを開くと、山菜と米を握って蒸したものが入っている。祝いの席で食べる料理に王仙羽が首を傾げていると、凛冰子が言った。
「
王仙羽はそうですかと頷くと、粽を一口かじった。村の女衆が丹精込めて作ったものなのだろうが、彼女たちもこれを食べる男衆も、皆陳芹に騙されているのかと思うとやるせない気分が増していく。
「……奴は、村の人々に何と言っているのですか?」
王仙羽が尋ねると、凛冰子はため息をついて首を振った。
「例の酒を飲めば、二度と斃れることのない最強の兵士になれると。皆飲んでも何ともないあたりを見ると、あいつめ、やはり一甲子の間に改良を重ねたな」
「そういえば、私がここにいることについて、
王仙羽が尋ねると、凛冰子は「分からぬ」と答えて水筒を手渡した。
「だが、爺さんが話していてもおかしくない。そうなると、奴も寝首を掻きにくるだろうな……そうだ、陳芹といえば、奴も明朝、軍と共に村を出るようだぞ」
「そうですか……ということは、今ここで我々に構っている暇は奴にはないのですね?」
「先生、その着物の裏地は白ですか?」
***
宴も終わり、皆がすっかり寝静まった深夜。村の隅の牢に、闇に紛れて近付く影があった。
ひょうたんを傾け、鼻歌を歌いながら歩いているその影は
「元気そうやな、道長」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべて陳芹は呟いた。あの後、陰霊城に残した仲間から
「上手いこと行かんもんやなあ。けど、わしかてあれだけが手札やないで。わしもあんたも、しぶとさではどっこいどっこいや」
そう言って懐から取り出したのは、よく砥がれた匕首だった。暗く光る刃にはもちろん毒が塗ってある——素質もない身で中年を過ぎてから死霊術を修めるのは骨だったが、それまでに身に着けた毒と暗器の術は実力の不足を補ってあまりあるものだ。昔取った何とやら、蠱毒の壺で生き残るには手段は選んでいられない。
陳芹は狙いを定めると、こちらに背を向けて眠る影に匕首を放った。鈍い音とともに刃が肌に食い込めば、白い影は苦しそうにもがき、息を詰まらせながらのたうち回る。だが、それも次第に弱くなり、ついには弱々しく痙攣するばかりになった。陳芹は満足げにほくそ笑むと、さっさとその場を立ち去った。
(行ったか)
王仙羽はすでに脱出し、森に潜んで翌朝の出立に備えている。あとは隙を見て逃げ出すのみだ。
(一甲子の恨み、必ず晴らしてやる)
凛冰子は眉をひそめると、袖で口元をぐいと拭った。
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