三場 甘言の利害
酒鬼を李知恩に任せ、荘家の主に別れを告げて、
二人がたどり着いたのは、
それもあってか、のどかな田園風景の広がる中、村の領域に入ったあたりからピリピリと殺気だった空気が流れだした。青々と茂った稲の影からはあからさまなほどの警戒心が漂ってくる。王仙羽と凛冰子はそれに気付かないふりをして、悠々とあぜ道を歩き続けた。
「所詮は自警団上がりだな。得体もしれない侵入者に隠れ場所を見破られているようではどうしようもない」
凛冰子が扇子の影で耳打ちする。ちらりと視線を向けた先の稲が不自然に蠢いたのを、当然王仙羽も見逃さなかった。
「確かに、警戒心が強すぎますね。これでは敵に自分の場所を教えているようなものだ……だからこそ、我々が危害を加えるような真似はしたくありませんが」
王仙羽がささやき返すと、凛冰子はフンと鼻を鳴らした。
「連中が
村の入り口では、背の低い老人と、その脇を固めるように若い男が二人、連れ立って王仙羽たちを待っていた。さすがにこの三人、特に中央の老人は稲穂の中にいたのとは格が違うと、王仙羽も凛冰子も即座に感じ取った。おそらくこの老人が趙家の村長にして、
王仙羽と凛冰子は三人の手前で足を止めると、揃って拱手して一礼した。
「道士様。遠路はるばるよう来られた。我が趙家村に、どのような用がおありかな」
礼を返すこともせず、老人が静かに言う。王仙羽は
「村長直々の出迎え、感謝いたします」
と答えると、頭を上げて言葉を継いだ。
「私は
老人も、左右に控える若者も、眉一つ動かさずに王仙羽たちを見つめている。老人は長い白髭を撫でると、ふむと呟いて言った。
「方術師なら、たしかに今一人逗留を許しておるが。それが其方らの探す下法の術師だと、断定された根拠は何かな?」
「道中のうわさ話にございます。ここに来るまでに通った村や宿屋の者は皆、この村に不死長生の秘薬を持った
王仙羽が答えると、老人の右隣の若者の頬がピクリと動いた。
(やはり、ここにいるな)
凛冰子はそう確信すると、王仙羽を小突いてその青年に目線をくれた。王仙羽は小さく頷くと、老人に向き直って言った。
「もしも私どもが聞いたうわさが嘘偽りであると分かったなら、即刻村から立ち去ることをお約束します。ですが、本来不死長生を可能にする丹薬は、各々が修行の中で苦心して生み出すもの。そのようなものを売り歩いているというのは、何か裏があると思うのです。長居はいたしません。どうか、その者と会って話せないものでしょうか?」
老人は考え込むように長く息を吐くと、両隣の若者に目配せし、手を軽く払って何やら合図した。二人が退くと、老人は王仙羽たちに向き直って言った。
「
***
老人の案内で入った村では、誰もが戦の準備で忙しくしていた——帷子の手入れをする女性に、何やら話し込みながら兵糧を作っている娘たち。村の中央では、長い棒を持った男たちが鍛錬に励んでいる。痺れるような緊張感が漂う中、老人に連れられた二人は、村の奥の一番大きな家に通された。村長一家の住まいなのだろう、老人が通ると誰もが「大爺」と頭を下げる。廊下を渡った先の一室に、先ほどの二人組は控えていた。
老人が手を伸ばし、部屋に入るよう合図する。王仙羽と凛冰子は、昼間なのに薄暗いその部屋に一歩踏み込んだ。
「
老人が外から呼びかける。すると、間髪入れずに部屋の隅の寝台から空を切って何かが飛んできた。とっさに左右に分かれると、頬を殺気がかすめるとともにタンッと軽い音がする——振り返ると、二人の背後の壁に鏢が刺さっていた。
声を上げる暇もなく、王仙羽と凛冰子それぞれにめがけて鏢が放たれる。身を翻して鏢を避けた
その瞬間、玉が割れて大量の粉塵が部屋中にまき散らされた。王仙羽はとっさに袖で口を覆ったが、それでも少し吸い込んでしまった。
「罠だ!」
老人の声で若者二人が外に注意を向けた隙に、王仙羽は一人の鼻を思い切り叩いた。パン! と鋭い音がして、くぐもった呻き声とともに一人がよろめいて後退する。もう一人はすぐさま反撃に出て、王仙羽の首筋めがけて棍を振り下ろした。王仙羽はわざとその懐に入り込み、胸を打つと見せかけてうなじに一撃を受ける。この短時間で何度も繰り出された型だったが、実際に受けると思ったよりも強烈な衝撃が全身を襲った。目の前を星が飛び、王仙羽はうーんと呻いてその場に倒れた。
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