五場 死なずの術師
「大人、道士の
陳芹の紹介に合わせて、王仙羽は拱手して頭を下げた。
「お初にお目にかかります。老不殤殿」
「面を上げよ」
老不殤に言われて、王仙羽は改めて頭巾に隠された顔に視線を向けた。老不殤もこちらをじっと見つめているが、頭巾に隠れた眼光が突き刺さるようだ。
「迷屍陣では見事な立ち回りであった」
老不殤が口を開いた。
「
「母の
「そうか。して、母君はどうされた」
「身罷りました。ふた月半になります」
老不殤は王仙羽の返答に「そうか」と言うと、何を付け足すでもなくじっとその整った顔を見上げていた。頭巾の影から向けられる視線に王仙羽が居心地の悪さを感じ始めたとき、老不殤が再び口を開いた。
「して、ここに参った用向きは? 先ほど少し聞かせてもらったが、あれはまことか」
「はい。証拠もございます」
王仙羽は答えると、袂に手を入れて李知恩から預かった木簡を二つとも取り出した。
「例の官吏から、冥府の文書を特別に託されております。御覧になられますか?」
「……いや。その必要はない。それがこの世のものでないことは一目瞭然よ」
老不殤は木簡を少しの間見つめていたが、黒い袖をひらりと振って言った。
「して、泰山府君は、何をした者を探しておる?」
王仙羽は、李知恩とのやり取りをかいつまんで説明した。その死霊術師が自分の命に細工をしたことを話すと、老不殤は感心したようにほうと呟いた。
「三魂七魄に手を加え、冥府の手を逃れようとは。面白いことを考える者がいたものよ」
「あの、老不殤大人」
すると、それまでじっと黙っていた
「わしは修行も浅いさかい、よう分からんのですが。自分の魂魄を破壊せずに自分でいじる方法なんてあるんですか? わしらの掟に、仲間内では死霊術で争うな、いうのがありますけど、それは死霊術が使える
「え、死霊術師にはそんな掟があるんですか?」
「ええと、これはわしらが絶対教わる、死霊術の成り立ちにも関わる話なんやけどな」
「あんまり詳しくは言われへんねんけど、昔、死霊術師の中でえらい内輪揉めがあってやな。抗争の中で、術をまともに食らって死んでしもた奴がおったんや。ところが、その死霊術師は、どういうわけか棺の中で息を吹き返した。それでみんなビビッてしもて、バケモンや言うてそいつを攻撃した——せやけどそいつは逃げてしもて、どこを探しても行方が分からんまま、死体復活事件はお蔵入りになった。やけど、抗争がおさまって新しく掟が決められたときに、変なバケモン生み出さんためにも仲間内で死霊術使って戦うのが禁忌になったっちゅうこっちゃ。多分やけど、死霊術を使えるバケモンなんか生み出してもロクなことにならんて思わはったんやろうな」
「ちなみに、その死霊術師は何という名前だったのですか?」
好奇心から尋ねた王仙羽に、
「分からぬ。当時の文献を遡っても、姓を
「そういえば、道長も
「生きた人間に対して死霊術を使うのは決して褒められた行為ではないということだ。この
と言った。
「私が預かったその者の記録は、すでに黒く塗りつぶされております。もうすでに、人ならざるものに変化してしまっているかと」
王仙羽の言葉に、老不殤は静かに頷く。
「あり得る話だ。私としても大いにそそられる……ふむ、良かろう」
「城府に伝令を。我、老不殤は
老不殤の言葉に合わせて、無地の呪符にスルスルと紋様が浮かび上がっていく。
「それから、蔵書殿への出入りの許可を。案内役は
老不殤は童僕の額に呪符を貼りつけると、指を二本立てて最後に一筆書き足した。
「行け」
命令とともに、童僕の姿は一瞬でかき消える。老不殤は王仙羽たちに向き直ると、
「私は今から城府に行ってくる」
と告げた。
「陳芹よ。くれぐれも
「はい、大人」
陳芹は慌てて答えるとペコリと頭を下げた。老不殤は王仙羽に軽く頷くと、黒い裾を翻して部屋を出ていった。
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