四場 極陰の街

 陳芹チェンチンに導かれて誰もいない城門をくぐり、足音の反響する暗い通路を歩いていると、半分ほど進んだところで突然門が軋んだ。王仙羽ワンシェンユーが驚いて振り返ると、城門がひとりでに閉まり、背後の森の景色を締め出しているところだった。

「余計なもんが入らんように、人が入ったらすぐ閉めよるんや。たまーに、バケモンが紛れ込むさかいにな」

 陳芹が説明する。

「余計なもんって、私もたいがい余計でしょう。なぜすんなり入れたんです?」

 王仙羽は言い返した。陳芹の助力があったとはいえ、達人と言われる使い手を退ける形で迷屍陣をかいくぐった王仙羽まで何の出迎えもなしに門をくぐれたことが不思議でならない。これもあの、老不殤ラオブーシャンという死霊術師の采配によるものなのだろうか?



 城というのはいわゆる都市のことで、入り口の門を抜ければ中心となる通りが一本街を貫いている。その両側には商店が軒を連ね、行き交う人々でにぎわいを見せているものだが、それは死霊術師の集うここ、陰霊城でも変わりはないようだった。違うところがあるとすれば、通行人の中に死者が混ざっていることと、普通の街では絶対見ることのできない怪しげな店が多いことか。一口に死者と言っても、霊魂だけのものや、反魂によって復活したもの(肉体の持ち主と魂の持ち主がぴったり重なって、全く同じ挙動を取っているのが王仙羽には見えた)、それに僵屍までいる。肉体のあるものの中には生者に混じって買い物をしているものもあり、ここではそれが普通のようだ。それに、彼らは皆、外見こそ死人だが衣服も髪もきちんと整えられていて、僵屍ひとつとっても迷死陣で遭遇したものよりはるかに丁重に扱われているようだった。

 人混みですれ違う中には陳芹チェンチンの知り合いもいて、その生死にかかわらず陳芹と挨拶を交わしていく。一方の王仙羽は、他の街とさほど変わらない様子に驚き、ひっきりなしにあたりを見回していた。

「珍しいか?」

「ええ。死霊術師の街というので覚悟していたのですが……意外と普通なんですね」

 陳芹に尋ねられ、王仙羽ワンシェンユーは正直に胸の内を答えた。

「まあ、この通りは他んとことあんま変わらんな。やけど、ここの連中は何考えとんのか分からんのがほとんどや。安心はせん方がええ」

 陳芹はそう言うと、チェン兄、と声をかけてきた男に手を振り返した。陳芹と同世代くらいのにこやかな風貌の男だったが、その目が自分に向けられた一瞬の間、王仙羽は全身が粟立つほどのただならぬ敵意を感じた。他の者もすれ違いざまに不穏な目つきで王仙羽を盗み見、あるいは堂々と睨みつけていく。陳芹は知り合いが立ち去ると王仙羽の肩に身を寄せて、

「多分、迷屍陣に入った時点でお前のことはバレとる。わしが一緒で、なおかつ陰霊城を攻める気がないてお前が言うたから、ラオ大人が手ぇ出してきただけで済んだんやろうな。何がともあれ、まずはあの方にお目通りして、話はそれからや」

 と言って人だかりを縫うように脇道へと入っていった。


「その老という死霊術師は、どういう方なんですか?」

 陳芹と離れないよう小走りについて行きながら、王仙羽は尋ねた。

老不殤ラオブーシャン大人な。一言で言うとしたら達人や。わしらの中ではもちろんのこと、方術使いの括りでも江湖で一、二を争う腕前やと言うてええ。もし修めたんが死霊術やのうて仙術やったら確実に天界に昇れたのに、て言う奴もおる」

「そんなすごい方が、なぜ正道の武功ではなく下法の術を?」

「さあな。時の運っちゅうやつやろ、知らんけど。……それより道長、あんまりここで下法っちゅう言葉は使わん方がええ。わしらの大半はそれを分かって修めてるけど、中にはめんどくさいのもおってやな。そいつらのお耳にちょっとでも入ったら最後、目も当てられんことになる」

 陳芹に小声でたしなめられ、王仙羽ワンシェンユーは黙って頷いた。自分はここを落としにきたのではないのだ。やり合うのは目当ての死霊術師一人でいい。



 道は次第に細く入り組んで、迷路のように伸びていく。陳芹チェンチンは薄暗い路地を歩き続けて、ついにある家の前で立ち止まった。陳芹が門を叩くと、軋みながら開いた入り口の向こうに青白い顔の子どもがぬっと立っていた。

 十にも満たないほどのその子どもは、瞳孔が中央にある左の目で陳芹と王仙羽ワンシェンユーを順番に見た。右目は完全にひっくり返っていて、上の瞼の影から辛うじて黒い部分がのぞいている。事故にでも遭ったのだろうか、その顔には皮膚を無理やり整えたような痕がくっきり残っていた。

「陳方士、王道長。ご主人様がお待ちです」

 幼さの残る声で子どもが言った。きっと老不殤ラオブーシャンの童僕なのだろう、一歩退いて二人を奥に誘導する手付きが妙に板についている。通されるままに門をくぐった陳芹に続いて、王仙羽も敷居をまたいだ——その一挙手一投足を、童僕は穴の開きそうなほどじっと見つめている。童僕は王仙羽が近くを通るとサッと道を空け、大きく迂回して門を閉めた。まるで王仙羽に触れるのを恐れているかのようだ。


 童僕と陳芹のあとについて、王仙羽は家の奥へと入っていった。回廊に囲まれた庭は四隅にねじくれた木が植えられていて、石で舗装された地面に陣のような紋様が描かれている。まるでそれ自体が何かの儀式に使う舞台のようにも見える——描かれているのは知らない紋様だったが、それでも線の引き方から、王仙羽が使うものとは正反対の性質を持っていることが分かる。それ以外には、壁にも扉にも天井にも、呪術的なものは見受けられなかったが、それでもやはり妙な胸騒ぎがする空間だ。

 童僕が足を止めたのは廊下を抜けた先、一番奥の扉の前だった。童僕がご主人様、と声をかけると、中から「通しなさい」と返事があった——迷死陣で二人の前に現れた、あの僵屍の口から出ていた声だ。童僕が扉を開けると、暗い部屋の中に影のように黒い人影が立っている。陳芹はその人影を見ると、拱手して深々と頭を下げた。

「老不殤大人」

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