二場 迷いの墓場
例の薬のおかげか、瘴気のど真ん中にいるというのに毒に侵されている感覚は一切ない。だが、王仙羽は、迷屍陣の怪奇のただ中へと足を踏み入れていることに警戒を強めずにはいられなかった。
歩を進めるにつれて、低い呻き声が聞こえてくる。あたりを徘徊する黒い影が視界に現れては消えていく。心なしか、声はどれも「どこだ、どこだ」と言っているように聞こえた——唾を飲み込み、長剣を強く握り直すと、陳芹が静かに言った。
「気にしたらあかん。あの声につられて行ってしもたら、あんたも陣に取り込まれるで」
二人が進むにつれて声は近くから遠くから絶え間なく聞こえ、周囲に現れる影も数が増えていく。一度など、不意に陳芹が立ち止まったと思ったら、霧の中から現れた僵屍が二人の行く道を横切っていった——ぼろをまとい、髪を振り乱した大柄な僵屍が直刀を引きずりながらゆっくり歩いていくのを、王仙羽も陳芹もじっと息をひそめて見送った。おそらく、陰霊城討伐に行ったという豪傑のなれの果てなのだろう。肉が落ち、変わり果ててもなお、その背の高さはかつての体格の良さを十分に思わせるものだった。
僵屍は次から次へと二人の行く手や傍らに現れては通り過ぎ、自分たちの中を生きた人間が歩いていることなど歯牙にもかけていないようだ。
「どうするんですか、あれ」
「退くんを待つしかない。こっちから退かすと他の僵屍が襲って来よる」
二人は小声でささやき合い、再び僵屍に視線を戻した。相変わらずそこに突っ立っているそれは、しぼんだ体から言いようのない威圧感を与えてくる。
「迂回はできないんですか? こちらがあれを避けて、別の道を通るのは?」
王仙羽が尋ねると、陳芹は咎めるように首を横に振った。
「あかん! 計算で出る道から逸れたらわしらがあれになってまう!」
「でもその計算で、他の道は探せないんですか?」
「無理や。計算で出る道は毎回違うし、今回出たのがこの道やったらこの道からしか陣からは出られへん。ちょっとでも外れたら終わりや」
陳芹がそう言った途端、僵屍がいやに長い息を吐いた。深いため息のような音に、二人はぱっと僵屍に注意を戻す。二人が息を殺してじっと見守る中、僵屍のあごがピクピク震え、口が開いて、なんと生きた人間の声音で
「
と言葉を発した!
「あかんっ、
陳芹が小声で叫ぶ。
「老不殤?」
王仙羽は聞き返した。ところが、答えようと振り向いた陳芹が言葉を発する間もなく、僵屍の口からまた声がした。
「陳芹よ。我らが死霊術師の領域に道士を連れてくるとは、一体どういう了見だ?」
老不殤という者の声は底の見えない威厳を備えていて、男のようにも女のようにも聞こえる。陳芹は額の汗を拭うと、弱々しく笑って答えた。
「人探しをしてる言うんで、手伝うことにしたんです。なんでも、わしらの仲間を見つけてくれて頼まれたそうで」
「仲間だと」
声が言い、僵屍の首が王仙羽の方を向く。
「一体誰を探しておるのだ。言え、道士」
王仙羽はカラカラに乾いた口で唾を飲み込むと、貼りついた喉を剥がすように息を吸った。
「それが、先輩や陳芹殿のご同輩ということしか分からないのです。ある人から死霊術師を探してくれと頼まれたのですが、その者の名も分からず、他の手がかりも乏しいため、
王仙羽の返答に僵屍はふむと呟くと、
「その死霊術師を探しているのは誰だ?」
と尋ねた。
「冥府の官吏です」
「そやつはなぜ、お前に人探しを頼んだ?」
「一つはその者がまだ生きていて陰間からは手出しができないため、もう一つは私が陰間の者を見ることができるためです」
声の主——
「
「あの、でも——」
陳芹が反論しようと口を開くと、それを遮るように、突如としてあたりが緑色の光に包まれた。途端に周囲の呻き声が増え、四方八方から聞こえてくる。霧の向こうにいる影も増えている。二人はいつの間にか僵屍に包囲されてしまっていたのだ。
「陳芹。その縄は
「は、はい」
老不殤の声が冷ややかに響く。陳芹がたじろぎながら答えると、二人を囲んでいた五枚の
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