第6話

ケウは翼長十メートルにも及ぶ巨大なふくろうに似た魔鳥である。夜に活動し、音を立てず滑空するように飛ぶ。暗闇に突如、出現するので、必ず一人は犠牲者が出る。運が良ければ、その一人で済むが、大抵、それで終わる事はない。


 先ほど歩いて来た道を大急ぎで駆け戻ると、ニリの店の前には既に五、六人の男女が倒れ、路地に血だまりを作っていた。血だまりの中に倒れた男には既に腰から下がない。ぶわっと全身の毛穴から冷や汗が吹き出し、二人は慌てて腰の剣を抜いた。


「ケウはどこだ!?」

剣を構えながら、倒れている者に声を掛ける。


「空にいる! あんたたち早く隠れな!」

店の中からニリの上擦った声がした。


――空?


上を見た。そこには翼に白い斑点のある黒いケウが、大きく円を描いて帆翔していた。ケウの目が自分を見ている。冷静に獲物を見る捕食者の目――。


ケウと目が合った瞬間、ケウは羽で一つ空気を叩いて、ケヤクに突っ込んできた。


ケヤクは真横に飛び、降下してきたケウの鉤爪を逃れる。その巨大な鉤爪はケヤクが立っていた地面を深々と抉り、再びケウは上空に舞い上がった。ケウは残念そうにケヤクを見て、再び間を測るように空中で円を描く。


「ジナン! あいつが俺を狙っているうちに怪我人を店の中に入れろ!」

「ああ!」


敵は一瞬で降下し、すぐさま宙に飛び上がってしまう。鷲獅子グリフォンに乗った空騎兵ならば対処できるだろうが、街に配備されているはずの空騎兵はまだ来ない。屋内なら、相手も手出しは出来まいが、果たしてこいつはけが人を運び入れるまで空の上で待っていてくれるだろうか?


 考えを巡らせるケヤクをせせら笑うようにケウが鳴いた。そして、大きく羽を広げ、強くくうを叩く。一直線に下降してくるケウの爪に引っ掛けられないよう、ケヤクはまたも横飛びに飛んで、すれ違いざまに剣花を散らす。剣を持つ腕にざくり、という手ごたえがあった。


 どこに当たったのか、ケウが奇声を上げて、翼をばたつかせた。間近で受ける風圧に煽られそうになるのを堪え、一歩飛び込み、その首筋にもう一撃を食らわせる。吹き出した鮮血がケヤクの体にかかり、まとわりつく。とどめを刺そうともう一度振りかぶった時、ケウはさらに大きな奇声を上げ、ばっと空中に飛び上がった。


――逃げられる!


 思ったその時、空を切り裂き、一本の矢がケウの喉元に突き刺さった。翼に力を失ったケウは、一瞬、空中に静止した後、どう、と音を立てて墜落した。


「ふう~、間に合ったみたいだね」

ケヤクの傍らに馬に乗ったシャミルが弓を携えて寄ってきた。


「よくやった」

ケヤクは荒くなった呼吸を抑えながら言った。


 肉食の魔鳥はしつこい。手負いにしても生きてさえいれば、標的を取って食らうまで諦める事はない。逃がさずに済んだのは幸運だった。ケヤクは落ちて痙攣しているケウに歩み寄り、念のため、頭部を剣で一突きしてとどめを刺し、ニリの店の入り口まで戻った。




 ジナンはニリと一緒に五人の怪我人を運び入れていた。死んだのは最初に襲われた一人だけらしい。とりあえず死体に布をかけると、ニリは三人に礼を言った。


「ありがとうね。あんたたちが来てくれなきゃあ他の五人も死んでたよ」

「ニリさんとこはみんな無事か?」

「うちの子達は無事だけど……お客さんを一人持っていかれたよ。かわいそうにねえ……」


哀れむように言ったニリの後ろから、泣きはらしたアイラが出てきた。


「ジナン……!」

アイラがジナンに飛びついた。安心したのか、ジナンの胸に顔をうずめて泣きじゃくる。


「ケヤクとシャミルもありがとう」

横から小さな声が聞こえた。タリアだった。


「あの人はかわいそうだったね」

ぼそり、とタリアが言う。


「……ああ」

ケヤクは答えた。


「でも、あの人の糸はお店で見た時にはもう切れてたから」


また――糸。


「俺たちが店を出る時、また後でって言ったよな?」

「うん? 言ったよ?」

「君……ケウが来るって分かってたのか?」


タリアは首を振った。


「ケウは分からなかったけど、また後で会えるって思っただけ」

タリアはうっすらと微笑むような表情でケヤクのそばに歩み寄った。


「助けに来てくれてありがとう」


そう言って、タリアはケヤクの体に両腕を回し、血糊がつくのも構わずに強く抱きしめてきた。


「別に君を助けに来たわけじゃない」

ケヤクは突っ立ったまま答えた。


「いいの」

タリアは少し背伸びしてケヤクに軽い口づけをした。


「多分、竜もケヤクに会いたがってるよ」

タリアは呆気に取られるケヤクの耳元でそう囁くと、ケヤクから離れ、店の中に戻っていった。


「……変な女」

「……ねえ」


 その声にケヤクが横を見ると、不満げに立っているシャミルがいた。


「ん?」

「あ・た・し・が! ケウを仕留めたのに、なんでアイラもタリアもあたしには抱きつきにこないわけ!?」


本気で不満そうに言ったシャミルを見て、ケヤクはつい吹き出した。


「お前、女に抱き着かれたいのか?」

「そりゃあ可愛い子ならあたしだって嬉しいもん! ジナンのおばあちゃんみたいのじゃなけりゃあね!」


むきになって悔しがるシャミルに笑いながら、ケヤクはタリアの言葉を思い返した。


あの子は言った。

糸は繋がっている――と。






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