第5話

今日はこちらに泊まるつもりで宿に馬を預けている。宿に向かって歩きながら、ジナンはケヤクに小声で話しかけてきた。


「あの子がどうかしたのか?」

「俺たちが南に行っていたことに勘付いた」


「それだけか? そんなのただの勘だろう」

「それだけじゃない。ただの勘というには鋭すぎる」


「王様の話?」

シャミルが言った。


「お前、聞こえてたのか?」


タリアの声は小さく、隣に座っている自分にしか聞こえていないと思っていた。


「セティヌさんのとこでもおんなじ話してたじゃない」

「――ああ、あの話か」

ジナンがあっさりと言い、ケヤクは驚いた。


「お前ら、盗み聞きしてたのか」

「だってケヤクが大声出したから気になっちゃってさ」


シャミルがぺろりと舌を出す。


「……あんなの年寄りの戯言だろ。どこまで本当か知らないが……いや、全部本当だとしても無意味な話さ」

「セティヌさんは兄弟団を土台にして軍を作ろうっていうんだろ? う~ん……」

「別にありえない話じゃないでしょ」


ケヤクはシャミルを見た。


「前の竜が斃れてからもう十二年よ。私たちが何もしなくたってあと何年かすれば、どこかの領主が乱を起こすかもしれない。それを待つより、自分たちでやろうってだけの話じゃない」


確かにそれもあり得る話だった。魔素の影響を取り除けるのは竜しかおらず、竜がいなくば、田畑は魔素に侵され、人や家畜も魔素の病にかかる。何より、竜がいない国は魔獣や亜人族に狙われる。極論、王権を担保するのは血統ではない。王は竜とその主を配下に持つからこそ王たりえる。竜の後ろ盾がない王は言ってしまえば、ただの諸侯の一人に過ぎず、民衆も王を侮る。竜の不在が長く続けば、民衆の不満を背景にして諸侯が乱を起こす。その動機が野心か、義侠心かはその諸侯によるが。



「その自分たちでやるってのが無理な話だろう。乱を起こすなら、何万って数がいる。そいつらに飯を食わせて装備を揃えて、それに馬や鷲も必要になる。それを集めるにはめちゃくちゃな金がかかるぞ。盗賊ごっこでまかなえるような金額じゃないだろ」


「たぶん……」

ジナンが口を開いた。


「セティヌさんはどこかの城を奪う気なんじゃないか? 領地ごと奪ってそこを根城にするんだろ。鷲の準備もしてるみたいだし」

「それありそうね! 悪徳領主の城をぶんどって、私たちが使うなんて最高じゃない!」


どことなく浮かれたように話す二人に、ケヤクは聞いた。

「お前らはあの爺さんの計画に賛成なのか?」



「あったりまえじゃない! 成功したら、私達一生食いっぱぐれないのよ?」

「俺も賛成だ。毎日毎日、畑を耕して、何割も税金を取られる生活から抜け出せるんだぞ? 身分も最低でも自由民だ。そしたら、アイラに結婚を申し込むことだってできる! こんな機会が他にあるか?」


「でも、失敗したら死だ。乱の首謀者は括り首。首謀者じゃなくたって戦場で死ぬかもしれない。俺たちは今まで警備の薄い小領主の屋敷を奇襲してきたから、成功してきたんだ。盗賊と戦争は違う。軍を相手にしたら、どれだけ死ぬことになるか分からない」


その言葉に二人は黙った。


黙るなよ――そう思いながらも、ケヤクは自らの身勝手な思いに歯ぎしりした。




ダイアウルフ兄弟団はラジテ近郊に住む農民の青年たちで構成されている。その数、現在三十五名。団員を近隣の農民のみとしているのは、情報漏れを防ぐためである。農民という身分はこの国では下層民にあたる。


この国は他の人間国同様、貴族が支配している。その下の自由民は様々な権利を持つが、さらに下の農民には彼らと同じような権利はない。転住の権利も、転職の権利もなく、結婚にも大きな制限がかかる。生まれた土地に縛り付けられ、その地を治める領主のために田畑を耕す。税は四割と言われれば四割を、六割と言われれば六割を納め、領主の作った法律に従う。農民たちはこれをいかに不満に思おうとも、他の村に転住する事はできず、仕事を変える事もできない。子供が領主に殴られても反抗は許されず、死ぬまでその生活は続く。


――結局、俺たちは家畜なのだ


ケヤクは時々、そう思う。貴族にとっては自分達貴族こそが人間であり、自領の農民などは言葉を話す豚か牛程度にしか思っていない。サウシームの領主だってそうだ。竜がおらず、毎年不作が続くしかないこの国で、六割もの税をかけたら、家族が満足に食っていけない事くらい分かっているはずだ。飢えた家族は、幼い子供たちから死んでいく。子供が死んだところで労働力が大きく減るわけではないから、領主は気にもしないのだろう。竜が生まれれば、また人は増えると思い、今、多少子供が減ったところで気にしない――。


 一年前、ケヤクが兄弟団に入ったのは、そういった領主たちが許せないからだった。ケヤクが十七歳になった年、ケヤクの母が倒れ、セティヌはケヤクに兄弟団の存在を明かし、入るようにと言った。この時、既に兄弟団は活動開始より二年が経ち、約二十名の団員がいた。


この頃の兄弟団は、まだ“荒っぽい”やり方をしていた時期だった。力任せに戦う、犠牲を厭わぬ勇猛な集団――当時の団長は勇敢だったが、愚直だった。


ケヤクの入団後、しばらくして、団長が襲撃の際の怪我が元で死亡し、セティヌの指名で、団長をケヤクが継いだ。ケヤクは襲撃のやり方を変えた。事前に標的を調査し、相手の動きを予測し、襲撃し、退却する。犠牲を極力抑え、時には実入りが少なくても退却した。これは仲間たちの命を考えたものである以上に、遺体から身元が割り出されるのを避けるためでもあった。一度の襲撃で大きく稼ぐ必要はない。継続的に活動する事が重要だとケヤクは主張し、セティヌもそれに同意した。


年上の団員の中には反発する者もいたが、襲撃を成功させるたびに、そういった者は減っていった。襲撃の指揮を執る時に迷う事はなかった。何年もかけてセティヌがケヤクに仕込んだ教育はおそらく成功だったのだろう。しかし、盗賊と戦争ではわけが違う。


 ケヤクにも二人の言いたい事は分かる。農民のままでいるという事は、一生搾取される側でいるという事だ。結婚相手も自由に選ぶことはできない。ジナンがいかにアイラに惚れていようと、自由民か貴族にならなくては、領地の外に暮らすアイラに求婚する事もできない。今のケヤク達はセティヌからの報酬で暮らしていけているが、盗賊稼業をやめるなら、税にあえぎながら、田畑を耕すしかない。――この竜の恵みのない国で。


 一介の農夫で終わるか、腐った貴族共を相手に戦うか、どちらかしか道がないというのなら……




 そのときだった。どこか遠くで悲鳴が聞こえた。三人は足を止めた。


「おい、聞こえたか?」


シャミルが頷いて応える。

「聞こえた。女だ」


続けてもう一つ、今度は男の悲鳴が聞こえ、“ケウ”が出た、という声が聞こえた。


「ニリの店の方だ!」

ジナンが叫んだと同時に、今来た道を走り出した。


「おい! ――シャミル! 宿に行って弓を持ってこい!」

「わかった!」


シャミルを宿に向かわせ、ケヤクはジナンの後を追った。


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