怪ノ村 其乃弐 不幸死紙①


ザーー ザーーー


ぴちゃ ぴちゃ ぴちゃっ


「··う····うう····。」


どしゃぶりの雨の中。深い暗闇の洞穴の中で泣く少女がいた。少女は濡れた泥だらけのセーラー服の姿で靴など履いておらず。すりむいた泥の裸足をさらしている。

彼女のセーラー服のブレザーの胸元に泥で少し汚れた手紙を握りしめられていた。


「ううう····ああああっっーーーー!。」


少女は泣き叫ぶ。悔しさと惨めさに己を呪うかのように何度も何度も嗚咽を漏らす。深い暗闇に染まる洞穴が慟哭の叫びに塗り潰される。

哀しみと絶望とそして憎しみ。彼女の心にはそれしかなかった。

何故、自分がこんな目にあうのか?。何故自分がこんな辛い目に会わねばならないのか?。

ただただ己を呪い。そしてこんな目に合わせた者達を怨み憎んだ。


ザーザー ザーザー


洞穴の外は暗い薄暗い雲がかかり。雨音もおまさまらず未だ雨もやまない。


「ううっ····。」


少女は誰にも見つからないまま。深い深い洞穴の暗闇の中で泥のついた手紙を抱き。涙が枯れるまで····。喉が擦り切れるまで···。泣き喚き叫びつづけた。


      ◇◇◇◇◇◇


ザッ ザッ

カタカタカタ


くたびれたスーツを着た中年の男性が山道を進む。どうみても登山する格好ではない。中年の男性の懐にはコンパクトな木製の箱、位牌箱を忍ばせている。それが歩く度にカタカタと音が鳴る。


「次に村があるといいなあ。野垂れ死に御免だけど。」


死に行く旅ではあるが。目的を果たせずに死ねない。死の旅路である相棒のワラズマを

東北の地にある願魂寺という寺に送り届けなくてならないのだ。ワラズマ曰くその寺でしか自分の終わらせることができないそうだ。


『それもあるが。人喰い村はもう勘弁だな』


位牌箱の中でワラズマが皮肉を漏らす。

前の村では旅人を襲い。赤子を喰らう老人の村に遭遇した。母子の怨念である赤子様を解放し。元凶である村の老人供はお互い喰らいあわせて絶命させた。

う、今でも思い出すと気持ち悪くなってきた。

カニバリズムなんて普通に体験はしないだろ。


「そう易々次の村が人喰い村なんてないだろう。次こそまともで正常な村さ。」


清司は激しく反論する。

そう何度も異常で狂気じみた村には遭遇してたまるものか!。次こそは情の深い親しみのある村に違いない。


ザッザッ

森林を横切り山道をぬけると一面田んぼが広がっていた。


「やったーー!。田んぼがあるということは近くに村があるな。」


田んぼがあるということは人が住んでいるということだ。寝泊まりできそうな村があることに清司は歓喜する。

田んぼ田んぼの合間にある農道を清治は気分良く進む。

ふと農道を進むと農道の木陰の大きな石の上に腰をかけ。くつろぐ年寄りがいた。

清司はびくんとびくついてしまう。

前の老人の村で酷いめにあったのだ。次の村でも年寄りに酷いめには逢わないだろうが警戒してしまう。


「あんちゃん。何処に行きなさる。」


無言のまま挨拶なしに素通りしようとした清治に石の上に腰かける老人が突然訛りがかった言葉で声をかける。


「こ、こんにちは。た、田んぼがありそうなのでこ、ここの村にやっかいになろうかと。」


清司はしどろもどろになりそうになる。前の老人の村と今目の前の老人は関係無いと解っていても。どうしても前の出来事のせいで清治は疑心暗鬼になる。


「そうかい。なら忠告すんどもその先に確かに村があるが。その村さいかねほうがいいべえ。ろくでもねえ奴等しかいねえ。」


突然石に腰かけた老人が村に行くことをよせと言ってきた。村の住人も悪くいっている。

清司の額から冷や汗が流れる。まさかまた人喰い村なのか?。ワラズマの漏らした皮肉が現実になりそうで怖くなる。


「も、もしかして?。そ、その村の人、ひ、人、喰ったりします?。」


清司は唐突に大石に腰かける老人に問い掛ける。

びくびくと胸が高鳴り緊張する。

老人は紫波の顔が眉を寄せる。


「はあ?何言ってるだあ?。あんちゃん。おもろげなこと言うなあ。」


老人の紫波顔の口から半笑いがもれる。

ホッ、違うのか·····。

清司は安心したように胸を撫で下ろす。


「あんちゃん。あの村さいくなら忠告だ。結してあの村では物を貰っちゃいけねえどお。」

「物?。」

『········。』


清司は不思議そうに眉を寄せる。


「特にあの村では手紙だけは結して受け取っちゃいけねえ。」

「手紙ですか····。」


今の時代手紙なんて古い産物だと思っていた。若い子でも手紙よりも携帯でメールを送る時代である。手紙をわざわざ書くよりも携帯でメールを送るほうが断然楽である。


「あの村では結して手紙を受けとらんことだ。年寄りの忠告だあ。」


ニンマリと大石に腰をかける老人はにこやかな笑みを浮かべる。


「解りました。」


清治は素直に頷いた。


「では失礼します。」


清司は軽い会釈をして老人から離れる。

ザッザッザッ

再び田んぼと田んぼの合間にある農道を歩く。


「変わった人だったね。でも親切な人で良かったよ。」

『·········。』

「ワラズマ?。」

『いや····何でもない·····。』


ワラズマは会話が途切り。口をつぐんだままそれ以上何も話さなくなった。

清司の姿を見えなくなるまで穏やかなニコニコ顔で見送っていた老人がスッと表情が冷たく変わる。老人の紫波顔の口許が裂けるほどつりあがる。それは笑顔というよりは憎悪の満ちた冷笑ともとれる不気味な笑みだった。


「くくくくッ。イッヒヒヒヒヒ。」


木陰の石上で老人から腹の底からは奇声のような不気味な笑いがこだまする。


「ろくでなし者どもの集まる村さ!。滅べや!村ごと滅べや!。何もかも全て滅べや!。イヒヒヒヒヒヒッ。ハッハハハハハハッ。」


穏やかな表情だった老人は腹の底から笑い飛ばす。憎悪に満ちた表情は全てを何もかも全て壊そうする意志が感じられた。

老人の断末魔に近い高笑いが田んぼ一面に広がる。

しかし老人の高笑いも何処か哀しげで悲哀に満ち溢れていた。


ザッザッ

「ワラズマ。村が見えたよ。」


田んぼ抜け山々に囲まれた村が見えた。前の村よりも集落が大きかった。商店や学校まで見える。


「どうやら老人だらけの村じゃないようだ。学校があるということはこの村には普通に子供達もいそうだね。なあ、ワラズマ。」

『·········。』

「ワラズマ?。」

『清司、この村は途轍もなく業が深いぞ····。』

「はっ?」

『気を付けよ·····。』


位牌箱から意味深な言葉がもれる。

清司は首を傾げる。


「と、取り敢えず寝泊まりできそうな所を探さないとな。」


清司はこのまま村で寝泊まりできないままだと野宿確定になる。何とか村で寝床を確保しなくてはならない。相談するなら村役場かな?。ここまで集落の大きな村なら村役場くらいあるだろう。

清司は村の家々を眺めると学校に目が入る。


「あそこで役場の場所を聞いてみるか。」


清司は学校を目指して歩みを進める。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る