怪ノ村 其乃壱 子泣き村⑤
「あ”あ”あ”·····あ“あ“···。」
赤子様の頭部にはぱっくりと開いた口が幾つも割け。頭部にある口からガチガチと歯音を鳴る。その他にも身体に幾つもの細目の不気味な瞳がギョロリと此方を見る。胴体に幼い赤子の手足が根を張るようにいくつも突き出していた。
「ああ····あああああ·····、」
「赤子様お待たせしましたですじゃあ。」
「さあ、たあ~んとお上がり下せえ。」
「うあぎゃあ”あ”あ”あ”あ”~~。あぎゃああーーーーん!!。」
赤子の断末魔のような叫びが赤子様の口という口という口からもれる。
「これが······赤子様·····。」
清司は目の前にいる赤ん坊のような化け物を恐怖というより何処か憐れに思えた。何故こんな自分が喰われそうな窮地の状態でそう思えたのか清司にも理解出来なかった。
「あ”あ”····あ”あ”あ”······。」
「イヒヒヒ、赤子様のお待ちじゃ。さっさと前に出よ。」
老人達の一人の老婆に急かされる。
周囲は村の老人達で囲まれ逃げ場がない。
「させないわ!!。」
「えっ?。」
突然女性の絶叫が上がる。
よく見ると逃げ場をふさいだ老人達の間に一人の女が割り込んできた。女は昨日夫と子を失くした母親であった。
女は老人の集団に力一杯暴れる。
「あんた達の思い通りにさせるものか!。あんたは逃げて!。」
母親は力一杯暴れる。
「夫と子供はあんた達に殺されたけど。せめてあんた達の邪魔してやる!。」
老人どもはそんな母親をか細くも力強い腕で抑え込む。
「このぉ!」
がッ!
老人の一人が抑え込んだ母親の頬を殴る。
「お前等·····。」
清司は老人に怒りがこみあがる。
「付け上がるな!。小娘!。お前は水子達の慰め役として選ばれんたんじゃ!。」
「赤子様の贄にされるよりましだとおもいなあ。」
「全く恥知らずじゃ。ほんに若いもんは恥知らずやわ。」
老人どもは口々にその母親の暴言と罵倒をいい散らかす。
「うう······。」
母親は地べたに這いつくばり泣き崩れる。
清司はグッと歯を噛み締める。
どうにかしてあの人を助けなければ清司にはそれしか考えが浮かばなかった。
『ここまで堕ちた人間は久しぶりに見たぞ··········。』
突然位牌箱から声がもれる。
清司は驚いて懐に納めている位牌箱をみる。
「ワラズマ·····?。」
「何じゃ!。何処から声がきこえとる?。」
老人どもは突然声を発した相手をキョロキョロと見渡し。躍起になって居場所を探そうとする
『貴様等のような下郎は畜生道に落とされても生温い!』
「何じゃ!。何処じゃ何処じゃ。!。姿を現せい!。」
老人どもは声の主を見つけられずに苛立ちを覚え罵声が上がる。
『清司、私を位牌箱から出せ!。』
「良いのか?。」
『本来なら無視を決めこむつもりだったが。そうも言ってられぬ。それに···あの赤子様を本来あるべき場所に返さないとな。』
「あるべき場所?。」
清司はワラズマの言った通りに懐からコンパクトな位牌箱を取り出し。パカッと蓋をあける。綿に積め込められた一本の人差し指を清司は取り出す。
「おまあ!。何をもっちょる!?。」
老人の一人が清司が位牌箱から人の指を取り出したことに気付く。
清司は人差し指の爪先を出るように第三関節部分だけてにもつ。人差し指部分の皮膚がぱっくりと割け。そこからギョロリと3つの目玉が飛び出る。
「まさか···そんりゃあ···。」
老人の一人が清司の手に持つ人差し指に指を指して震える。
「まさか····ワラズマだと!?。なんでこんな若僧がワラズマなんかもうちょる。」
「ひえええ!。ワラズマじゃ!ワラズマ様じゃ!。」
「逃げるんじゃ!。祟り殺される!。」
一部の老人達は狂ったように阿鼻叫喚に泣き叫ぶ。
「落ち着け!我等には赤子様がおる!。赤子様!はよう、その若僧を喰らってくんなましい。」
「お”んぎゃあああ”あ”あ”ーーーーー!。」
低音の子泣きが境内に響く。
『愚かな。お前達の赤子様などは神などではない。それはお前達が赤子と母親の犠牲にして出来た怨念の成れの果てよ。母の情念と水子の死霊が合わさり異形の形として受肉した。』
そうか!。だからあの赤子様に対して俺は恐怖よりも憐れみの情が湧いたのか。清司はそう納得する。
『本来ならばお前達の業により生み出された母子の怨念の化け物はお前達にかえってくるはずだった。しかしお前達はこの赤子様を神として奉ってしまった。故にお前達の悪行に荷担する形となってしまった。』
空気は冷たく静まり返る。
暴れていた取り押さえ泣き崩れていた母親も坦々と語るその目を持つ異形の指を凝視していた。
『己のが罪、己のが業は、己が身で償え!。清司、頼む!。』
「解った。」
清司はワラズマの切れた第三関節を握る。ワラズマの爪先が文字を書くように空をきり。印を刻む。
『我はワラズマ。不幸与えしは幸(さち)をもたらす凶津の神也。』
爪先が空をなぞる。
『我ふるいしは二者択一なる天秤の業也』
「あ、赤子様!。はよう!その若僧とその指を喰い殺してくだせえ!。」
焦りだす老人達。しかし老人達が崇める赤子様はぴくりとも動かない。
まるでワラズマの爪先が赤子をあやすかのように大人しくしていた
清司の腕がワラズマにつられるように爪先が老人達に向けられる。
『彼ノ者に厄を。』
そして爪先が今度は大人しくしている赤子様に向けられる。
『其ノ者に幸(さち)を.』
清司の腕ががワラズマのともに空を一回転する。
『災い転じて福と為せ!』
最後に清司はワラズマを掲げる。ワラズマの指先が頭上へと伸びる。
『幸不転廻(こうふてんがい)!!』
おおおおおおおーーーー
黒い穢れが老人達に降り注ぐ。ワラズマは他者に不幸を与え。それを糧として幸せを与える神である。母親と水子の不幸を全てその元凶である村の老人達におっかぶせたのでおる。
「ぐぎゃあああああーーーーーー!。」
突然老人の一人が奇声が上がる。
周囲を囲む老人達は一斉に苦しみだした。
「な、何だ?。」
清司は老人達の異変に困惑する。
「腹、腹減った~~。」
「ひもじい~ひもじい~よ~。」
「飯、飯を··くれ······。」
老人達が飢えに苦しみだした。
「ああ····飯。」
老人達は互い互いの顔に目が合う。。
そして······
「ふぁがっ。」
「あがっ。」
「あばばっ。」
がつ ガシッ グツ
老人達は互いの腕、足、首、胴体に噛みつく。老人達の脆くもない歯が互いの肉という肉を噛みちぎり。老人の身体が獣に喰われたかのように段々と削ぎ落とされていく。痩せこけたように豹変する老人達は飢えの苦しみ耐えきれず互いの肉という肉を喰らい共食いを始めた。それはまるで餓鬼達の共食いのよであった。
むしゃむしゃ ぐちゃぐちゃ
「うっ·······。」
清司はあまりにも老人どもの醜悪な異様な光景に吐き気が覚える。
地べたに膝まづいていた母親も夫と子の敵である老人達のその無惨で悲惨な姿に喜ぶのではなく呆気にとられ固まっていた。
老人達は共食いをし続け。最後に老人一人だけが生き残る。その老人は清司を家に泊めさせてくれた嵒爺であった。
最後に一人生き残った嵒爺はキョロキョロと食べれるものがないかと探しだす。しかし膝をついた母親の姿など見向きもせず周りを探しだす。まるで母親の姿など目に入ってないようであった。
「ああ···あああ····がぶッ」
食べれる物が無いと確認すると嵒爺は己の腕を噛みちぎり貪り喰う。
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ
おのが身体の欠損などお構いなく。嵒爺は自らの身体を喰い続け。自分の四肢が亡くなるとそのまま飢えた苦悶の表情を浮かべながら絶命した。
社前に浮く母子の怨念で出来た赤子様はニッコリと笑う。巨体の赤子の身体に光がもれる。赤子の巨体から赤子を抱き抱える母親の霊が次々に天へと召されていく。
「ああ、よしよし、いい子ね。」
「あうああ。」
水子となっていた霊も満足な笑みを浮かべ天へと昇っていく。
次々と天に昇り成仏していく水子の霊の中に膝をついていた母親は見覚えのある赤子が見つけた。
それは紛れもなく腹を痛めて産み。愛する夫の間に生まれた我が子だった。
「待って!坊や坊や!。」
母親は立ち上がり我が子に叫ぶ。
「私も···私も!連れてって!。」
夫と子も喪い生に未練はなかった。我が子と一緒にあの世に行けるのなら自分は本望だった。
天へ昇る水子となった我が子を誰かがそっと優しく抱き締める。
「あ、ああ········。」
赤子抱き締めたのは男だった。男は膝をついている母親の顔を見るとニコっと笑う。
「あなた·····。」
母親は目に涙が滲む。もう逢えないと絶望した。愛する夫に再び合間見えることが出来たのだ。
夫は妻に優しく微笑みかける。
『彩弓、私達の分まで生きてくれ·····。』
子を抱き抱える夫は告げると天へと昇り消えていく。
「うう、あああああーーーー!。」
母親は膝ま付き嗚咽漏らし泣きじゃくる。
母と赤子の笑い声が暫くすみきった青空と共に流れた。
住んでいた老人達は全員共食いをしてしんだ。誰もいなくなってしまったこの村はいずれ廃村になるのだろう。それは自業自得であり。同情の余地などない。
暫く泣き続けていた母親も既に泣き止み。すっきりとした顔をしていた。そこには家族の後を追おうとする女の姿はなかった。
「ありがとうね。貴方達のおかげで夫と子の敵をとれたわ。」
「いいえ、俺達は何も。元々この村から逃げるつもりだったし。成り行きですから。」
『母よ。まだ夫と子の後を追いたいか?。』
「ちょ、ワラズマ。不謹慎だぞ。」
位牌箱の中から母親に語りかける。
きょとんとした表情をしたが。すぐに母親は力強い笑顔へと変わる。
「いいえ、全く思っていないわ。私は夫と子の分まで生きます!。そう簡単に死んでやるものか!。」
『そうか·······。』
ワラズマはそれ以上何も告げることなく沈黙する。
「貴方のワラズマって凄いのね。神様なんでしょ?。」
「まあ、一応ですけど。かなり偏屈ですが。」
俺は死にたがりの旅仲間の相棒に苦笑する。
「それじゃ。ありがとう。さようなら」
母親はお礼を言うと後ろ姿をみせ歩んでいく。それは堂々としていて逞しく輝いてみえた。
母親の後ろ姿を消えるまで清司は見送る。
いなくなった後清司はボソリと言葉がもれる。
「母、強し·····か。まあ、俺にはいつ死んでも構わない愚図だから家族の絆とかよくわからないけどな。」
夫婦という家族を持ったこともない清司は少し羨ましく思う。
『清司、お前にもいつか生きる意味が見つかると善いな····。』
「ん?何か言ったか。ワラズマ。」
『いいや、何でもない····。』
清司は空を見上げる。
雲ひとつない晴天である。
「さあ、願魂寺へ向かおう!。全てを終わらせるために。」
清司とワラズマの死にたがりの旅はまだまだ続く。
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次回 怪ノ村其の弐
『不幸死紙(ふこうしし)』
御期待下さい········
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