怪ノ村 其乃壱 子泣き村③
俺は機嫌が悪くなったワラズマの位牌箱を懐に入れたまま村の中をぶらついていた。村には矢張老人しかいなかった。村の老人達の目が何故か獲物を射るような視線を俺にしていることに少し気になったが。俺はそれを気にせず散歩している。俺はあまり他人の目を気にしないKY な性格をしている。この性格がこんなところで役に立つとは思わなかった。ただこの性格が災いして職を転々していたわけなのだが····。
俺はふと子供が祀られているという子供塚に足を踏み入れる。子供塚では母親らしき女性が塚の前で拝んでいた。
俺は村の中で唯一若い女性である母親に声をかける。
「どうも。私はこの村でやっかいになっている者です。」
「っ!?。」
母親らしき女性は俺を一目見ると顔が強張るように固まる。まるで死人を見ているかのような目つきをしていた。
「何で····無事なの?。もうとっくに赤子の化け物の贄にされている筈なのに········。」
「赤子の化け物?。」
母親らしき女性は顔色が青ざめるほど驚いていた。
「それにしても熱心ですね。おなくなりなられた我が子へのお祈りですか?。」
「·········。」
母親らしき女性は唇重く閉じ沈黙する。
矢張不謹慎だっただろうか?。子供塚の前で普通は死んだ我が子の墓参りを聞いたりしないだろう。
俺は空気が悪くならないように話題を変えようとした。KYな自分の性格の浅はかな弁護である。
「この村の人達は親切ですね。飢餓で亡くなった子の子供塚を建てたり。無料(ただ)で家を泊めてくれたり。本当に親切な良い村です。」
俺はこの村の素晴らしい所を誉め称える。
「····なんかじゃ·····ない··。」
「はいっ?。」
ボソリと呟いた母親らしき女性の言葉に俺は首を傾げる。
母親はスッと首をあげると俺を強く睨み付ける。
「この村は良い村なんかじゃない!。最低最悪の人で無しの外道の村よ‼️。ここの村に住まう老人どもは人間の皮を被った化け物よ!。」
突如激昂し発狂する母親に俺は面食らってしまう。
怒りに震える母親はふるふると身体を震わせたが。少しずつ力が抜けていき項垂れる。
「あの····。」
俺は言葉に詰まりながら声をかける。
「私はこの村のものじゃないわ····。」
「えっ?。」
『··········。』
突然の女性の言葉に俺は戸惑う。
「私はこの村で強制的にお祈りをしているだけよ。この墓にも私の子が眠っている····。夫とともに······。」
母親らしき彼女はぐっと悔しそうに唇を閉める。
「あなたどうみても外の人間ようだから忠告するけど。この村から早く出たほうがいいわ。でないと奴等の餌食になるから。」
「どういう意味ですか?。」
俺は意味不明な彼女の言葉に困惑する。
彼女は哀しげに肩を落とす。子供塚の前で魂が抜けたように虚ろな眼差しを晒す。
「私がこの村でどんな仕打ちをされたのか···どんな目にあったのか教えてあげる。そしたらこの村やこの村の住人である老人どもが素晴らしいと言えなくなる筈だから。」
そして女性は坦々と己の身の上話を語り始めた。
私には夫と夫の間に生まれた生後3ヶ月の赤ん坊がいた。
車の旅行の帰り道。後部座席のチャイルドシートに私の子の座らせ。私達は山道の道路を進んでいた。
「眠ってるかい?。」
「ええ、もうぐっすり。」
「そうか。今日は疲れただろうから。家に帰ったらゆっくりくつろごう。」
ぶろろろろ
びーーーーーーん!
「なっ!何だ!?。」
「あなたっ!。」
キッ キキィーーッ! ドゴォン!!
突然目の前に張られた縄のようなものに車体が引っ掛かり私達は事故を起こした。目の前の縄はまるで自然と一体化しているように見えず気づかなかった。
そして事故で意識を失っている間に私達は見知らぬこの村に連れてこられた。そこに住人である老人ども達が不気味な笑みを浮かべ私達を見ていた。
「ほう、今日は夫婦が釣れたのう。」
「やや子連れとは今日は大量じゃな!。」
「旦那は赤子様の贄にすればええが。でもやや子は·····ぐふふ。」
一人の老人のしわがれた口が卑しげに舌舐めずりをする。
「何だ貴方達は!?。」
夫は私達を懸命に庇ってくれた。
だけど······
「あ、貴方!?。」
「逃げろ!。彩弓。」
おぎゃああああああ~~ん
ぐしゃあ!
「ぐああああっ!。」
「いっやああああああああーーーーー!」
私の夫は巨大な赤ん坊の化け物に食い殺された。その後、夫を喪い自身喪失していた私にあいつらは····。
「うう、あなた·····。」
「さあ、こっちにきんしゃい。」
バッ
「止めて!!。何するの!。」
あああああ~~あああ~~!
赤子が泣きわめく。
老人の1人が赤子を奪い。高く掲げ大喜びでかけていく。
「止めて!。私の赤ちゃんに何するの!。返して!。返して!」
ああああ~~~ん
連れさられ泣き叫ぶ我が子を私は追った。
村の老人どもは直ぐ様私を取り抑え、身動き出来きなくした。
数時間たち自由の身になった私は直ぐ様村中駆け回り我が子を捜した。
最後に離れの小屋を見つけ中を確かめた
離れの小屋の中にあったのは血だまりのバケツにザルに積まれた小さな爪。そして私の子に買ってあげた神社の御守りがべっとりとこびりついた机台の上に打ち捨てられていた。
「あああ···ああ······。」
その時は私は私の子に何があったのか理解した。
「いやあああああああーーーーー!!」
『··········。』
「夫とやっと授かった我が子をあいつらはまるで家畜同然のように捌いて食らったのよ!。私は強制的にここに眠る水子達の慰め役として母親に任命された。ここの水子達もあの老人どもくらった赤子の犠牲者よ。私はずっと夫と子を殺されたこの場所で祈り続けている。私にはもう喪うものはない。いつ死んでもかまわない。だけどあいつらだけは許さない!。絶対にいつか殺してやる!!。」
女性は鬼のような形相していた。しかし目は悲しみ満ち溢れ涙で滲んでいた。
俺の旅はいつ死んでも構わない自暴の旅である。しかしこの母親のいつ死んでも構わないという言葉には激しい激情が込めれていた。
俺の求める死と母親である彼女が求める死はまるで違う。
喪うものの大きさの違いなのだと清治は痛感した。
「あなたはさっさとこの村を脱出しなさい。村のものが手を出してない今がチャンスよ。」
「貴女はどうするのですか?。」
俺は夫と子を失ったこの母親を見捨てることは出来なかった。彼女もまた俺と同じ死にがりではあるが。俺はどうしても彼女をここで死なせてはいけないと思ったからだ。
「大丈夫よ···。私は····あいつらに一矢報いるまで死ぬつもりはないから······。」
力ない笑みを浮かべる母親に俺は固まり言葉が出なかった。
この母親の瞳と態度に覚悟があった。
諦めと絶望からくる死も厭わない覚悟である。
俺はこれ以上言葉が出なかった。
清治は泊めさせてもらった畳の部屋で荷造りを始める
「ワラズマは知っていたのか····。」
俺は位牌箱でずっと黙り込んでいた死にたがりの仲間に声をかける。
『ああ······。』
「ワラズマ。俺はあの母親を助けたい。」
『助けてどうする?。あの母親は仇をとったところで直ぐに夫と子の後を追うぞ。あれはそういう覚悟だ。』
「だけど····こんなのあんまりだよ····。」
この村の老人共と赤子の化け物に夫と子供の命を奪われ絶望の淵にいる。いつ死んでも構わない自暴自棄な人間の愚図の俺とは違う。彼女は夫と生まれたばかりの子との家族の幸せを無情にも奪われたのだ。世の中が理不尽だと理解している。しかしこれは理不尽の範疇を越えている。
『清司。世の中には救えるものと救えないものがある。それに私は神と呼ばれていても人を救うような神ではないぞ。寧ろ不幸を与える。』
「解っている!。それでも俺はこの不条理と理不尽が許せないんだ!。俺はどん底に落ちた人間の愚図だ。それを重々理解している。だからこそ俺は平気で他者を不幸にする奴等が許せない!。」
清司は怒りで身を震わす。
『それを私に言うのだな······。清治。』
畳の上に置かれた位牌箱から寂しそうな声が漏れる。
「あ、ごめん。ワラズマのこと言ったんじゃないんだ。」
俺はカッとなってワラズマの境遇を忘れていた。
『善い。私はそういう存在だ。そう言うふうに生みだされたのだ。それはどう足掻こうともかわらぬ。だがこれ以上関わっても何も得るものはないぞ清治。ここはこの村を素通りすることが得策だ。無闇に波風立つこともあるまい。』
「そう····だが。」
清司はぐっと堪える。
カッとなった熱を帯びた感情を清治は抑えこむ。中年のオッサンである自分が歳がねもなく感情的になってしまった。
「解ったよ。この村を出よう·····。」
この村の所業を野放しにするのは気が引ける。だけど俺達は死にたがりのただの旅人だ。ヒーローでも正義の味方でもない。
『夜、寝静まった頃に村を出よう。』
「ああ······。」
じゃり
寝静まった夜満月の月が雲に隠れる。
真っ黒な農道を位牌箱を懐にしまった清治は静かに進む。
「おやおやおや、何処に行きなさるんかい。お客人。」
ぽお ぽお ぽお ぽお ぽお ぽお
突然清司の周りを取り囲むように提灯の光が灯る。
提灯の鈍い光に照らされ清治の周囲がしわがれた老人共の不気味な笑みで覆われる。
「糞、囲まれた!。」
『··········。』
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