怪ノ村 其乃壱 子泣き村②
「わ··わらずま·····。」
金縛りで動かなくなった身体で俺は懸命にワラズマという名を呻く。
『清司!。どうにかして位牌箱から私を出せ!。』
「くっ!」
あああ····ああ···ああああああ····
青緑のヘドロのような醜い赤子は俺の身体を触り出した。俺は締め付けられる金縛りの身体の状態を何とかふりほどこうとする。
わらわらと醜い赤子は俺の手を触り出す。まるで甘えるような感じである。しかし愛嬌など程遠い醜い赤子は直感的に俺を殺そうとしていると感じた。いや、殺すというよりは一緒に連れていこうとしている。その先がこの世ではないあの世であることは明白である。
「た、確かに死にゆく旅ではあるが。目的果たさずに死ねるか!。」
金縛りになった身体で俺は叫ぶ。
死にゆく旅ではあるが。このままワラズマを置いて逝けるわけがない。ワラズマを絶対に目的の地である願魂寺まで送り届けなくてはならないのだ。
「くっ!。」
ぶん!
俺は金縛りの腕を何とか動かし大きく振り払う。手元が枕元にあった位牌箱にぶつかる。
カン! カラカラ
弾かれた位牌箱が転がり。それと一緒に中身も飛び出る。
位牌箱の生身は綿でしきり詰められており。綿の中に納められていた一指し指位の指が畳の上へと転がる。
ああ···あああ···ああああああ······
転がった人の一指し指位の指に醜い赤子は皆
泣くのを止め注目する。皆甘えるのを忘れたかのように呆然としながら動きが止まる。皆一指し指の形をしたワラズマを凝視する。醜い赤子は何か怯えたような幸福感のような何とも言えない表情へと変わる。
一指し指の皮膚が3箇所裂け。そこからギョロりとしためんたまが飛び出る。
『不子浄祓!。』
カッ!
ああああああああああああ~~ーーー!!!
一指し指が叫ぶと醜い赤子は何かに引っ張られたかのように一瞬で部屋から消え去る。いつの間にか畳の部屋に這いずるようにハイハイしていた醜い赤子は一切いなくなっていた。
「はあ····はあ·····ワラズマ。あれ一体何だよ····。」
俺は布団の上に上半身を起こし。金縛り身体になった緊張と動悸の呼吸の息を整える。
『あれは····水子だ····。』
「水子?。」
水子という言葉に覚えある。確か生まれる前に死んだ。或いは生まれた直後に死んだ赤子の霊だろうか?。
「やっぱ飢餓で亡くなった赤子の霊なのかなあ?。この村に子供塚があるくらいだし。そりゃあ、生まれながらに食べ物がなくて飢えで死ぬんだからやるせないだろうけど····。」
俺は少しあの醜い赤子に同情してしまった。
せっかく生まれたのに死んでしまったのだからその未練は計りしれないだろう。俺達は未練も生き甲斐もないから死んでも構わないのだが。(ワラズマの目的は果たすけど。)これから生まれてくる新しい人生を歩もうとする赤子には本当に可愛そうだと思う。
『いや、飢えだけで水子にはならんよ。もし日常的に飢えで死んだ赤子が沢山いたならそれら全てが水子になるだろうし。』
ワラズマは俺の言葉を全面的に否定する。
「それじゃあ他にも理由があるというのか?。ワラズマ。」
『········。』
「ワラズマ?。」
一指し指の形をしたワラズマは皮膚の3箇所の瞼がついた瞳を細める。会話が途切れ。ワラズマはずっと口をつぐんでいた。
翌朝
俺は水子に襲われた後。暫く寝付けなかった。あんな恐ろしい目にあったのだ。普通の常人でも普通は眠りにつけないだろう。お掛けで寝不足で目の下に隈が出来ていた。ワラズマは位牌箱の綿の下地に戻し位牌箱の中にいる。位牌箱はワラズマにとっての寝床のような物である。古びた旅館に長年位牌箱の中で暮らしていた。時おり位牌箱から出て少し散歩のようなことがするが。ワラズマとの初対面の時もかなり俺は驚かされたが。水子の遭遇の方が驚きと恐怖感が上回っている。
「う~、顔を洗ってくるよ。ワラズマ。まだ水子いるかなあ?。」
『今のところはいない。この家のだいたいの水子は祓っている。だが祓っているだけで浄化はしていない。この家から水子を少しどかしたに過ぎない。それに例え祓っていても根本的な解決にならないだろう。』
「それはどういう意味で?。」
『·········。』
ワラズマは位牌箱から俺に意味深な言葉を告げるがそのまま押し黙ってしまう。
俺は気を取り直し再び顔を洗いに行こうとする。
昔ながらの農家だけど。蛇口くらいはあるよな。もしかしたら水がめに貯める位古いのではないかと悪い予感がした。
俺は家内ではなく外で水を探すことにした。蛇口がなくても井戸くらいはあるだろうと適応な予想を立ててみる。
「えっ!?。」
「あっ!。」
庭で蛇口を探していたが。目の前に嵒爺と遭遇する。嵒爺はまるで俺を死人を見るかのように驚き絶句していた。
「何でいきとるちょん!。」
「はっ?」
嵒爺はまるで俺が生きているのがおかしいというような物言いだった。
「あっ、嵒爺さん。おはようございます。」
俺は丁寧に挨拶で返す。
さっきの嵒爺の言葉は俺の空似だろうと勘違だと思った。
「ああ、おはよう····。」
嵒爺の挨拶が言い淀む。
「すみません。嵒爺さん。蛇口何処かにありませんか?。顔を洗いたいのですけど。」
「ああ·····それなら。」
嵒爺は家から少し離れた離れの小屋に指を指す。
「あの小屋の近くに蛇口があるよ。自由に使いんしゃい。」
「ありがとうございます!。」
俺はお礼の挨拶すませ離れの小屋に向かう。
離れて行くくたびれたスーツを着た中年の男性の背中を遠くに離れるまでままじまじと見る。声が聞こえなくなる距離になると嵒爺はボソッと口を開く。
「水子達に魂を持って行って貰ってから赤子様の贄にするつもりだったけんどんも。しゃあないわ。このまま赤子様の贄にすっか。」
嵒爺の優しげな目は卑しい醜悪な目と変わる。口元が歪な下品な笑みを浮かべる
じゃーーー バシャ!バシャ!
俺は離れの小屋の外に設置された蛇口を水を出し顔を洗う。
「ふう~、さっぱりしたなあ。それにしてもこの離れの小屋は何の小屋だろう?。農具を納める物置小屋かなあ?。」
俺は興味をそそられそっと小屋の中に入ってみる。
「うっ!。物凄く血生臭い!。」
俺は離れの小屋に入った直後一瞬でむせるほど悪臭が鼻につき気分が悪くなる。小屋には錆びた金属のような腐臭が充満していた。よくみたら天井に何かを金属の吊るすものがつていたり。小屋内に木製の机台にべっとりと血がこびりついていた。
「ここ動物解体小屋かなあ?。」
獲った猪の肉をここで解体しているのだろうか?。ふと血まみれのざるに目が入る。その中には透明な爪のようなものが一杯積まれていた。爪にしては小さかった。動物の爪というよりは人間の子供、赤ちゃん位の小さな爪である。
「一体何を解体していたんだろう?。」
俺はザルに積まれる赤ん坊位の小さな爪をまじまじ見た後小屋を出る。
ワラズマを置いている畳の小屋に戻っていく。
「ワラズマ、戻ったよ。」
『ああ、清司。もうこの村から早く出るべきだ。』
畳上に置かれた位牌箱のワラズマの言葉に俺は虚を突かれたように驚く。
「何で?。村で1日厄介になっただけだろう。もう少し長居しようよ。この分だともう一泊いけそうな気がするんだ。」
休める時と食事できるときはすべきである。いつ次の村まで野垂れ死ぬか解らないし。休める時は休むべきだ。
「まさか水子の心配しているの?。水子なんてワラズマならへっちゃらだろ?。」
ワラズマと一緒に旅して怪異に遭遇するときは何度かあった。その時いつも助けられていた。
ワラズマ自身が怪異そのものだからワラズマ以上の強い怪異でなければ対抗できるはすだ。
『清司。この世に一番怖いのは怪異や妖怪でもあやかしでもないぞ。一番怖いのは人間の心だぞ。人間の心が怪異や呪、呪い祟りなど生み出す。わたしもまた元人気であり。人間から生みだされた存在でもある。そしてこの村は私からみて最も最低で!最悪だ!。』
「ワラズマ······。」
ワラズマの怒りに満ちた声を畳の部屋に木霊する。この村に関して何でここまで怒りを露にしているのか理解できなかった。
縁側の方から微かに風に流れ。赤ん坊のような猫鳴き声が聞こえたような気がした
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