ワラズマの旅

マンチェスター

怪ノ村 其乃壱 子泣き村①

ざっ ざっ

木々の生え。草が伸びる道とも呼べない獣道を進む。中年は山登りする格好ではなかった。ただみすぼらしいくたびれたスーツを着ている。


「はあ、はあ、次、村あればいいなあ。なかったら野垂れ死に確定だが。」

『そうなると。私が困るのだが。私を目的の地まで送り届けて貰わんと。』

「解っているよ。」


俺の懐に入った木製の小さな位牌箱から声がもれる。俺はそれに苦笑する。

俺は真賀地清司(まがちせいじ)無職である。派遣に登録し県を転々しながら寮生活をしていたが。不況の波で派遣ぎりにあい。無職となる。頼れる所もなく行き場を無くした俺は野垂れ死に覚悟で僅かながらのなけなしの金で旅に出る。生に執着しないいつ死んでも構わない旅であった。その時、旅の途中で立ち寄った山奥にある古びた旅館で指の異形の神ワラズマと出逢う。ワラズマも俺と同じ生を終わらせたいようで俺とワラズマは意気投合し。一緒に旅することになった。何でもワラズマを終わらせる為には東北にあるという源魂寺という寺に向かう必要があるのだ。俺は付き添う形で旅をしている。だが俺はほぼ無一文であり。立ち寄る村村の善意で泊めさせてもらいながらその場しのぎの旅をしている。無一文だから食料やら寝床で毎日苦労している。なら働け!というが派遣ぎりで無職で尚且ついつ死んでも構わない野垂れ死に上等の俺には酷である。俺は生に執着していない。いつ死んでも構わないのだ。ただ一緒に終わらせる目的で旅しているワラズマには申し訳ないと思っているだけだ。だからいつ死んでも構わないが。ワラズマの願いだけは叶えさせたいと思っている。俺は自分勝手で駄目人間だと思うだろうが実際そうである。でなければ30代後半で派遣暮らしを続け。殆ど金も遊びほうけて使い散財し。貯金もあまりない無職にはならない。本当に典型的な駄目人間であり人間の屑とも言える。そんな俺でもワラズマの願いだけは叶えたいと思ったのだ。本当に自分でも身勝手で屑で愚かな人間だと正直にそう思うけど。それでも俺はこの新しくできた死にたがりの旅仲間と一緒に願いをまっとうさせたいと思うのだ。


ざっ ざっ

木々をかき分けると開けた場所に出る。田んぼが一面に景色が見える。


「おっ?、村があったぞ!。助かった。ワラズマ!。」


俺は村を発見し歓喜する。

あそこの村で一泊させてもらおう。村人が善良ならいいんだが。

村によっては余所者を嫌う所もあるから心良く泊めさせてくれるところあれば儲けものである


『········。』

「どうしたんだ?。ワラズマ。」


いつも位牌箱の中から村の関して感想を述べるのだが。今は何故か押し黙るように沈黙している


『あの村に本当に泊まるのか?。』


位牌箱から聞こえるワラズマの声が何処か神妙だった。


「ああ···そうだけど?。」


俺は首を傾げる。


『そうか····、なら気を付けよ。』


ワラズマはそうというとそれ以上言葉を発せず押し黙ってしもう。

俺は困惑げに首を傾げる。

村の集落に入るとそこの村人の殆んどが老人であった。若いもんが一人もいない。


「若者達いないなあ?。出稼ぎにいってるのかなあ?」

『·········。』


木製の位牌箱にいるワラズマはまだ黙っている。まあ、確かに村人がいるところでワラズマと会話すれば不審に思われるだろうが。


「あんさん旅の人かえ?。」


村道を歩いていると老婆が声をかける。


「はい、そうです。東北目指して旅をしております。もし宜しければ一晩泊めてくれませんでしょうか?。金は無いですが労働には自信があります。」


俺は腕まくりし。筋肉もないこぶをつくって

みせる。


「まあ、そげなこと言わずとも遠慮せずとも泊まんなせえ。」

「本当に宜しいので?。」

「旅は道連れ世は情けといまん。わしらの村は来るものは拒まん主義じゃて。遠慮せずともええだ、ええだ。」

「ありがとうございます!。なんとお礼をいったら。」


俺は深く頭を下げる。

やった~!。今日はただで泊まれそうだ。それに労働もいらないなんて。なんて親切な村なんだ。

俺は心の底から感動する。

村だけがもつという人情に触れた気がした。


『·······。』

「ほんじゃ、いきますかねえ。嵓爺(がんじい)の家があいとったで。そこに泊まんしって貰んなせえ。」

「宜しくお願いします。!」


嵓爺の家まで老婆が案内してくれる。

本当に親切な村だ。

村道を進むと石垣の段差の上に石塚が並ぶように置かれていた。大小様々なサイズがおかれ。その一つにお祈りをする母親位の歳の女性が塚の前で拝んでいた。


「あれは何ですか?」


俺が指差した方向に老婆は目を細める。


「ああ、あそこは子ども塚じゃよ。」

「子ども塚?。」

「子供を奉る墓じゃよ。あんして幼子をなくした母親が子供のために墓を建ててお祈りしてるんじゃて。」

「子供が沢山死んだんですか?。」

「ああ、飢饉でなあ。若者いなくなり。子供が餓死で沢山死んでもうたんよ。」

「そうですか······。悲しいことですね。」


この物が豊かになったご時世でも飢饉や餓死で苦しむところがあるなんて信じられなかった。外界から閉じられた閉鎖的な村だからこそ起こりえることなのだろうか?。


『········。』

「ほら、ここが嵓爺の家じゃて。」


目の前には時代がかった草葺き屋根が張る古風な民家が建っていた。


「嵓爺おるかえ!。」


老婆が呼ぶとそこによぼよぼ爺が現れる。


「おお、おるで。どうしたん?。」

「旅の人や。泊めさせてけえ。」

「おお!旅の人かえ。そりゃあ赤子様が喜ぶさな。」

「赤子様?。」

「ここの村の守り神さね。」

「はあ······。」

「赤子様は旅人が大好物なんじゃよ。」

「好物?。」

「あ、いや、赤子様は旅人が大好きなんじゃよ。」


嵓爺は少しキョドって言い直す。


『········。』


嵒爺の古風な草葺き屋根の家に案内されやっかいになる。木造づくりの味のある歴史的な建造物だ。まだこんな古風な家が残っていたのだ。この中年の歳ながら感動してしまう。

ふと台所をみた。釜戸式で電気を使った炊飯器やガスヒーターやIHでもない。

ふと何処か血生臭い臭いがする。

肉や魚を調理していたのだろうか?。それにしては妙に血生臭い。 


「久方ぶりの客人じゃて。腕をふるったるさかいのお。」

「ありがとうございます。」


ごとごと

囲炉裏のうえに鍋が吊るされている。野菜や肉が盛られていた。


「今日は上等な猪の肉が手に入ったさかい。牡丹鍋じゃ!。」

「わあ~、贅沢なご馳走ですね。」


猪の肉を使った牡丹鍋は聞いたことがある。かなり上手いらしいが。今日は本当にこの村は当たりである。労働力もいらず。ただで飯や寝泊まりもできるなんて。なんていい村なんだ。

俺は感極まり嵒爺によそいでくれた牡丹鍋の入ったお椀をかきこむ。

嵒爺の特製のお酒で晩酌してもらい良い気分で寝床についた。

布団の枕元にワラズマの入った位牌箱を置く。


「じゃ、おやすみ。ワラズマ·····。」

『ああ·······。』


位牌箱からもれるワラズマの声が何処か神妙な気がした。



ああ···· あああ····


ん?

瞼を閉じて暫く寝ていたが鳴き声に意識が戻る。

何処からか鳴き声が聞こえる。猫かと思ったが。赤ん坊のような鳴き声である。この家は猫でも買っているのだろうか?。

俺は布団の中を寝がりを打とうとしたが身体が動かない。


「か····金縛り····。何で····。」


ああ··· あああ······ あああ······


ずるずるずるずる ひたひたひた


鳴き声の主は畳の上を這いずるように段々近づいてくる。だが段々何処からというよりは何処ろかしこもそのああと言う鳴き声で部屋が充満する。

金縛りながら懸命に俺は瞼のこじ開ける。


「ひぃっ!?。」


あああ····あああ···ああ···あああ···あああ····あ


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


あああああああああああああ·····あああ·····


ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた


それは赤子だった。ただの赤子ではないヘドロのように青緑がかり。顔が殴打されたかのようにくずれており。顔の目と口の部分があべこべについていた。その醜い赤子は俺の布団の上を這いずるようにはいはいしているのだ。

それも何体もだ。


「わ··わらずま······。」


俺は金縛りの動かない身体で懸命に唇だけを動かし。死にたがりの旅仲間であるワラズマに必死に助けを請う。



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