第3話「味気のない旅路」
さっき「二人組」の提案をされても自分の心が動かなかった理由が分かった。きっと彼女は自分が作り出したもう一人の自分だったのだ。こんな都合良く、自分と同じ境遇の人間が現れるわけがない。二人組じゃないと入れない施設なんて、自分の弱さが生み出した設定にしか思えない。彼女はこの無機質な世界で生み出したエア友達って奴なのだ。だから期待なんてすべきではない。自分の欲しい答えをくれはするだろうが、それは自分の考えうる域を出ることはない。所詮、自分で自分の傷を舐めているにすぎない。
だが、ただ一つ、正しいことがある。それは、自分が「生きたい」と願っていることだ。
この世界で安住することを望んでいない。あんなしみったれた世界でも、自分にとっては全てで、あの苦しみを受けて生を楽しんでいたのだ。だからあんな「生きたい人間が集まる場所」なんて言う所に興味を持ってしまった。人間は苦しみながら生を実感する生き物だ。壁や困難がなければ生きる意味はないのかもしれない。
なんにせよ、もう一度、生きるために、僕はこの場所にやってきた。
「へぇー、中ってこんな感じになってたんだ」
千葉櫻に連れられて、僕はここにやってきた。この塔の最上階に辿り着けば、もう一度人生をやり直せる。そんなことが文字化されていた。
「どう? ビビった?」
彼女は僕の意思を確かめるように言った。ここで退くわけないよねと言うメッセージがありありと伝わってくる。もちろん、そんなつもりはないけれど、殊更にそんな風に言われると少し腹が立った。
「ちょっと、僕、止めようかな……」
途端に彼女の顔に陰りが見えた。
「いやいや、蒼夜なら大丈夫だって」
根拠のない励ましの言葉。彼女は僕のことを何も知らない。僕も彼女のことは何も知らない。その場限りの関係、もとの世界に帰るためだけの仮初の契りだ。
「冗談です。行きましょう。千葉櫻さん」
「良かったあ……ほんとにここで終わっちゃうかと思った……ついて来てくれてありがとね」
――あと、あたしのことは鎖夜で良いよ。
心から安心した表情の彼女を見ていると、こちらも良いことをしたような気になった。ただ彼女とは目的が同じと言うだけ、たまたま居合わせただけ、それなのになぜか妙な親近感があった。
「鎖夜はどうして、もう一度……生きたいと思うんですか……」
納得のいく答えが欲しかった。彼女がもう一度生きたいと思う理由が知りたかった。
「なんでだろうね……あたし、精一杯生きてなかったからさ。死んで後悔しても遅いんだけど、今度はちゃんと生きたいなって思ったんだ。もう一度千葉櫻鎖夜としてやり直せるのなら、今度は胸を張って生きたと言えるような生き方がしたい」
――答えになってるか、自信ないけど。
これ以上に詮索したい思いをぐっと抑えた。それでいい、彼女のことをどれだけ知ったって意味がないんだ。
二人で大きな扉に手を触れた。高揚感と緊張感が織り交ざった奇妙な感覚。冒険の幕開けに対しての期待は十分すぎるほどだった。僕は真っ先に扉の前へ一歩踏み出した。
「危ないッ!」
咄嗟に鎖夜が僕の手を掴んだ。一歩先にはただ大きな闇が広がっていた。手を掴まれていなかったら、抜け出せなかったであろう渺茫たる闇。
扉の先には無があった。
――はずだった。
「一体これは……」
しっかりと鎖夜が手を握った。その後、唐突に景色が変わった。真っ黒な闇が嘘のように、雲一つない青空が現れたのだ。
「これ、ほんとに二人じゃないとクリアできそうにないね……」
手を繋いでいる間だけ、世界が現れる。手を離せば、先ほどの闇が待っている。常に二人で手を繋いでいなければ前に進むことすらできなかった。
「人と言う字は二人で支えあう的な?」
女子と手を繋いだのは初めてだった。指が一本一本絡み合う感覚が艶めかしい気がした。冒険への期待とは異なる胸の高鳴りを感じる。彼女のことを、意識してしまっているのだろうか。
きっとこれからたくさん二人で道を切り拓き、その苦節の末に、塔のてっぺんで二度目の生を手に入れることができるのだ。そう確信した。やれるだけのことを、精一杯やってやる、そんなやる気に満ち溢れていた。
――だが、現実はそううまくいかないのが常である。
戦いがあると必死に生きようとする力が働く。冒険に
だが、この世界にはそれらが一切なかった。ドラゴンも魔獣も、魔王も邪魔者も、敵も、悪も存在しない空間。
意気揚々と飛び出してみたものの、中身は大したことのない、面白みも外連味もない世界。
僕はこんな冒険を期待したわけじゃない。
せっかくの覚悟が、一大決心が、何もかもが無駄になる感覚、骨折り損で出鼻を挫く、どうしようもない展開。
これから二人で壁を乗り越えて、事件を解決して、波乱万丈な物語が待っていたんじゃないのか……
「スライム一匹ぐらい……出てきてくれたっていいじゃん……」
安全で舗装された綺麗な道をただ歩くだけの人生ほどつまらないものはない。扉の前で抱いていた高揚感が具に瓦解してゆく。自分はまた変われなかった、その事実だけが残酷に残っていた。
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