第2話「生きたい人間が集まる場所《リライブライフ》」

 人は死んだら何処に行くのだろうか。無責任な人間たちが、天国だとか地獄だとかを勝手に定義して吹聴した。

実際にはそんな世界は存在しない。生きている人間の言うことなんて、全く当てにならなかった。

 ここが、死後の世界。

 昔の人がイメージしていた未来の風景そのものだった。一体だれがデザインしたのだろうか。きっと未来を知らぬ者が勝手に未来を想像したのだ。だから、そのイメージがそのまま反映されているのだろう。空飛ぶ自動車が走り、キノコ型のビルが立ち並ぶ。死後の世界だからこそ、不死でいられる世界。死と言う概念が存在しない幸せな楽園、苦難を取り除いた桃源郷。

 すぐさま直感する。ここの空気は弛緩している。言葉にできない甘ったるさだけが辺りを満たし、あっという間に息が詰まってしまった。

 人々は皆、笑っている。生前に嫌なことでもあったのだろうか、前世笑えなかった分を取り返そうとするように、喜色満面だ。人々の不自然な面持ちを見ていると、まるで笑うことしかできなくなったロボットに成り果ててしまったように錯覚する。不気味な笑みの中には信念も矜持も存在しない。

 作り物のような白い歯を見せつけ、幸せそうな表情を浮かべる。苦悩や辛苦から解放された人間はこうも脆弱な様を見せつけるのか。脳細胞が死滅した空っぽの器が、そこらじゅうを闊歩している。未練や禍根、それらを排除した節穴同然の脆い瞳。

 しばらく僕はその虚無の中を、行く当てなく歩いた。

 その中で一際目立つ建物が目に入った。

「生きたい人間が集まる場所リライブライフ

 ここの言語だろうか、日本語ではない言葉で書かれていたが、その言葉が自然と読み取れた。自分は生きたいと願っているのだろうか。この建物の前を、人々は一瞥もせずに通過する。

「人生、やり直してみない?」

 唐突に声を掛けられ、困惑する。この世界に来て、初めて話しかけられた。

長い黒髪にすらっとした体躯、指の先の先までぴんと伸びていて自立しているという印象を強く受ける。目はぱっちりと見開いている。他の人間とは違う、野心がある瞳だ。まっすぐ僕の前に対面するその姿は勇ましく、自分と同じくらいの外見なのに随分と頼もしい感じがした。

「聞いてるかい? 君」

 謎の少女は僕の方を覗き込むようにして言った。身を捩り、微笑する彼女の姿はどこか人間味があった。

「…………」

 人生をやり直したい、そんな思いがなかったわけじゃない。もう一度生まれ変われたなら、そんなことを考えることもあった。だけどやっぱり、自分は何度生まれ変わったって自分でしかない。だからやり直したいなんて思わない。

「どうだい? あたしと組まない? ここ、二人じゃないと入れないみたいで……」

 初めて、二人組ペアの誘いを受けた。今、自分はあれほど欲しかった言葉、救いの一言。だけど、嬉しいという感情が一切湧いてこなかった。それが唐突に起こったことだからなのか、もう心が死んでしまっているからなのか分からない。

「…………」

 どう答えていいのか分からずに押し黙る。目の前の少女はずっと僕の方を見ている。心まで見透かされているようなその真摯な眼差しを見て、唇が微かに動き始めた。

「……ごめ」

 そう言おうとした矢先、

「ふーん、何も言わないってことは、嫌じゃないってことね。一緒に転生しようよ」

 どうして自分なのだろう。自分である必要なんてないはずだ、他の人間を誘って、二人組を作れば良いのに。

「どうして……僕なんですか」

 自分に言い聞かせるように、心の奥の言葉を捻り出すように、重々しく伝えた。

「だって、みんなこの建物に気が付かないんだから。ここで止まったの、君だけだよ」

 なんとなく分かっていた。自分だけが生きたいと願っている。未練がましく情けなく、あの苦しい世界でもう一度生を実感したいと願っていた。きっとまた戻ったら後悔するだけなのに、一体どうしてだろう。あんな世界で生きていたって仕方がないのに。何も良いことなんてないはずなのに。

「分からないんです、自分でも。自分が生きたいのかどうか……」

 率直な気持ちを言葉にした。この荒唐無稽な世界で、何もかもが分からなかった。自分が何をしたいのか、自分がここでどうすればいいのか。

「きっと君は、生きたいって思ってる。あたしが保証する」

僕はこの不安定な世界で、何か指針が欲しかったのかもしれない。ここに存在する意味、自分の存在する理由が欲しかったのかもしれない。

「…………」

 思いをうまく紡ぐことができない。

「あたし、千葉櫻 鎖夜ちばざくら さやそっちは?」

「一藤木蒼夜……」

 自信なさげにそう言った。もう一藤木蒼夜は死んでいなくなってしまったような気がしたからだ。

「蒼夜か……良い名前ね」

 彼女はそれだけ言って僕の手に触れた。彼女の手のぬくもりが伝わってくる。死人の手なのに温かいと感じるのはなぜだろう。まだこの世界でたしかに生きていると言うことなのだろうか。

「じゃ、いこっか」

 一度失った命だ。後はどうなったって良いと言う半ば投げやりな気持ちがあったのかもしれない。このままこの安寧秩序の保たれた空間で存在し続けることもできたのだろうけれど、僕はその道を選ばなかった。偶然出会った彼女、千葉櫻鎖夜と進む選択肢を選んだのだ。


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