夜明けの、空

「っとに…何かと思ったぜ」




アパートの階段の下、バイクで駆けつけてくれたタカは少しだけ呆れたように笑った。




「ごめん、なさい…」




だって非常事態だったんだもん、と心の中で言い訳しつつも、一応謝った。




電話口でテンパる私をタカは懸命になだめ、とりあえず大まかな話を聞いてくれた。





「…アオの、居場所が知りたいってこと、だけど…正直、俺にもはっきりはわからねぇよ。」






停車したバイクに寄りかかりながら、タカはそう言って、白い息を吐き出す。






「いいです…行きそうな場所さえ、教えてもらえれば…」




タカの話によれば、中堀さんが引っ越したのが、日曜。クラブに少し顔を出し泊まって別れたのは今日らしい。



行き先は一切言わなかったらしいけれど。



もしかしたら、まだこの街に居るかもしれない。





淡い期待が、募る。





「会って、どうするの?」




伏し目がちに落とされた言葉は、ずっと自問していることでもある。



外の空気は、ひたすら、冷たい。




「……ちゃんと、伝えたい。」





言えなかった、気持ちを。



「…後悔するかもよ?アオのことは、燈真に聞いたんだろ?」



時折二人の間を吹き抜ける風が、私の髪の毛を揺らして、視界を狭くする。




「あの…中堀さんの、、、DJじゃない仕事の方のことは…タカは知って…?」




タカが首を振ったので、私は最後まで言わずに口を噤んだ。




「あっちには、俺は関わってない。だけど、なんとなくは、、わかってたよ。全国のどこにいるかもわからないのに、燈真はアオの近況をよく知ってたから。」




「じゃ、なんで―」




「止めなかったのか?」




言いかけた問いを、タカが繋ぐ。




「そんなことしたら―」





月明かりの下でもわかる。



瞳の切ない揺らめき。






「アオは駄目になる。」





タカはそう言って、上げた視線をまた地面に戻した。






「人間って、、やっぱり…生きる意味が、欲しい生き物なんだな。」





それが例え―



ひどく哀しい生き方でしかなくても。





「荒れたアオを知ってる人間は、アオからそれを奪うような…そんなこと、できない。」





タカの声は、自責の念にかられているように、苦しそうだった。



私には、中堀さんの過去がどういうものだったのか、なんて、到底知ることができない。



想像することすら、難しい。




でも、タカの言葉で。



燈真の言うような生き方が、彼を救えているのだとすると。




痛いくらいに。



胸の辺りが締め付けられるようで。




私は何も言うことができず、少しの間、沈黙が二人を覆う。





「…だけど」





やがて、タカが再び口を開く。





「今日、アオが辞めるって…言ったんだ。」





「え?」





タカは私を見て、ふわりと笑う。





「燈真と会ったんだろ?あいつ、機嫌悪くなかった?」





言われてみれば。




「苛々していたような気も…」




私が同意すると、タカはうんうんと頷いた。





「アオがね、もう、この仕事辞めるって言ったんだ。燈真がめちゃくちゃ怒って大変だった。」




大変だった割には、楽しそうだ。



「俺もびっくりしたよ。まさか、アオからそんなこと言い出すなんてね―。あれは、つまり…燈真とも手を切るってことだからなぁ。燈真も俺も、突然どうしたんだよって訊いたんだけど、結局最後まで答えなかった。」





「…なんで、急に…」





「さぁ…あいつの考えてることはいつもわかんねぇから。だけど、そこにカノンちゃんが関わってるってことは、言えるんじゃないかなとは思う。」





急に自分の名前を出されて、私はきょとんとした。




「え、、それってどういう…」




「その先は、俺の勘の話だから、自分で考えて。」





にっこり、満面の笑みで、タカは言い放つ。




「ひどい!」




拳を振り上げて言えば、タカは小さく声を立てて笑う始末だ。





「さ。もう時間がない。そろそろ夜明けの時間、だろ?」





私の腕をパシッと掴み、タカは急に真面目な顔をする。




「カノンちゃんが、アオに会って、その先どーなるかは正直、わからない。けど、俺はカノンちゃんにその気があるなら、アオが行きそうな場所を教えるよ。どんなことになっても、良いね?覚悟、できてる?」




目を、逸らす事無く、私は無言で、頷いた。




「よし、わかった。」




タカもしっかりと頷いて見せた。





「…そもそもアオがこの街に戻ってきたのは、養父の訃報を受けたからなんだ。」





思わず息を呑んだ。






「でも、あいつは笑ってた。そういう奴なんだ。」





私を安心させるように、タカは付け足す。




「そうやって、辛いと思ってても、隠す奴だから―。もしかしたら、、昔居た施設に行くかもしんねぇ。ここを離れるなら尚更、な。」




「施設…」




「あとはクラブの近くにある、大見歩道橋の上、とかな。アイツ、あそこ、好きだから。」




それを聞いて私ははっとする。




「そこの近くで…私、中堀さんと逢ったんです…」




タカはにやりと笑う。




「それ、偶然じゃねぇな。」




言いながら、タカはバイクのエンジンをかけ、跨った。





「とにかく、居るとしたら今だ。夜が明けたら、アオは見つけられなくなる。」





後ろに乗るようにと手で合図されて、私は戸惑う。





「え…いや、あの、悪いです…私、一人で行けますから…」




ふるふると首を振るとタカは盛大な溜め息を吐いて、私の手をぐいっと引っ張った。




「この時間に呼び出しておいて、悪いとか今更だから。いいから乗って。近くまで送るだけ送る。」





ご、ごもっとも。




肩を落とし、私はすごすごと、タカの後ろに乗った。





「ったく。カノンちゃん女なんだから、その無防備さ、気をつけなよ。」





タカの背中に腕を回しながら、私は小さく返事をする。





「…で、あの…なんで夜が明けたら中堀さん見つからなくなるんですか…?普通昼間の方が見つかるんじゃ…」





走り出したバイクが切る風を感じながら、私はさっき感じた疑問を口にした。




実はバイク初体験だが、時間帯のお陰で景色がよく見えないので、そんなに恐怖は感じなかった。





「アオは…明るい時間が大嫌い、なんだ。特に夜明けは。」




風の音の合間合間に聴こえる返答に、更に私は首を傾げる。





「…多分、本人が気付いてるかどうかは分からないけど…自分の名前と―自分のしてきたことへの良心の呵責を感じている証拠じゃないかな」




真っ暗だった空は、少しずつ白みを帯びてきて、タカの言葉の意味を理解するのを助けてくれた。



それからは、私とタカは言葉を交わす事無く、風を感じながら走り続けた。




道路は昼間の喧騒が嘘のように、誰も居なかった。






やがて、景色は段々と駅の近くになって行き―






「そろそろ、歩道橋だけど、、、どう?上に人影、見える?」






タカが訊ねた。





「えっと…」





目なら、さっきからずっと凝らしている。




けれど―





「いません…」






期待しながら見上げたその場所に、人影など皆無だった。





「アテが外れたな。こっちじゃないか。―じゃ、施設に行ってみるか。」





すぐさまタカは何も通らない道路を、少し乱暴にUターンする。



バイクの向きに身を任せるって、結構難しいんだな、と実感した。




青白く染まり出した街を見ていると、焦りが生じる。





―どうか。




次の目的地に向かうまでに、何度も願った。





どうか、もう一度。






あの人に逢わせて下さい、と。



また、無言の旅が続く。





中堀さんへの想いは強く、逢えるという希望が少しでもあるうちは、眠気なんて襲ってきそうになかった。





単調に思える道路も、緩やかなカーブも、闘いには似つかわしくなんかないのに。





勇気を奮い起こさないと逃げ出してしまいそうな自分が居る。




やがて。







「着いたよ」







バイクが完全に止まり、タカが私に声を掛けた。






「ここが…」





私はバイクから降りると、門であろうその場所に掛かる表札を見つめる。








中堀さんの、育った施設という所は。




騒がしい街中からは少し遠退いた場所にあった。




都会の流れを断ち切るかのように、建物に沿って植えられている木々の背は高い。






「もし、帰ることになるとしたら、ここで待ってるから。そうだな…20分、待って…来なかったら、帰るよ。」





「…うん……ありがとう…」





タカの言葉に頷きながら、手が震えていることに、今更気づいた。



風に漂う、私達、どちらからのものでもない、微かな煙草の香りが、緊張に拍車をかけた。



でも、それと同時に。



伝えたい気持ちが、溢れ出す。




ダムが決壊したように。





「行ってくるね」












大きな門は、施錠されていて入ることができないが、その脇に小さな扉が付いていた。



傍に寄って見ると、鉄の棒がでっぱりに引っ掛けてあるだけで、容易に開けることができた。



キィ、と少し錆びれた音が、静寂の中響く。



できるだけそっと中に入ると、私はもう一度、施設をじっくりと見つめた。





グランドが手前に広がっており、その奥に大きな白っぽい平屋がある。




空は大分白けてきてしまって、意外とはっきりと辺りを見渡すことができた。





どこにいるんだろうと、恐る恐る歩を進める。





遊具はほとんどないけれど。





あ。






その隅にぽつん、と。



それこそ、影に隠れるようにひっそりと。




青い、ジャングルジムがあった。





その足元に。




座り込む、ひとつの影が、まるで添うように落ちていた。





音を立てないように、と気をつけて歩いてみても、これだけ静かだと、実現は不可能に近い。






けれど、私が近づいても、彼は―





中堀さんは、膝を無造作に立てたまま、煙草を吸っていて。





こちらを振り向くこともしなかった。





だけど、私は。



もう、なんだか。



中堀さんという存在が、そこにあるというだけで視界がぼやけてきてしまって。




こんな自分に情けなくなる。




恐怖ももちろんあるけれど。





―こんなんじゃ、駄目よ。





涙で声が声でなくなってしまう前に、きちんと伝えることは伝えなくちゃいけないと自分を奮い立たせた。





「なかぼり…さん…」





自分の口から出ているのかと疑うほど、頼りなくて擦れた声だった。






それでも十分、相手には届く大きさだったと思う。




なのに。




彼は振り向かない。






途端に、今までとは桁違いな不安に駆られた。






―め、めげない!





簡単に萎えてしまいそうな自分の想いの建て直しを図る。






再度、名前を呼ぼうと小さく息を吸う。






その瞬間。






「―何しに、来たの?」





熱さも、冷たさもない。





かといって、ぬるいわけじゃない。





温度というものを、持たない。





中堀さんの声が、した。






けれど、中堀さんはこっちを見ていない。




ジャングルジムに背中を預けて、どこか遠くを見ている。




独り言だったのか?という考えが一瞬過ぎる位。




今の中堀さんが言ったの?と聞きたくなる程、会話らしくない。






「…中堀さんに、会いに来ました…」






中堀さんの居る場所は、ジャングルジムのちょうど真ん中辺り。




私は角に立っている。




お互い遠い場所にはいない。



どちらかと言えば、近くに居るのに。




こんなに近くに居るのに。




何故だか、ものすごく距離がある。





それは、心が離れてしまったからなのか。



それとも、契約外だからなのか。







「…それで?」






とにかく、とても遠い。





本当は。




中堀さんの姿を見つけた途端、駆け寄りたかったのだけれど。




彼の纏う空気が、私は今の場所で限界だと言う。






「そ、それで…あの、、私、、後悔してて…やっぱり言えば、、良かったって…」






自分がここに居ること自体、責められているような気がして居たたまれない。






「だって…私、、中堀さんのことがっ…」





そこまで言いかけた所で、初めて中堀さんが、私を見上げた。





「あんたさぁ、なんか勘違いしてない?」





ゆらり、彼は立ち上がる。




そうすると、今度は見下ろされることになるわけで。




私は思わずびくっと肩を震わせた。





恐い。



怖い。




何が?





中堀さんが?



それとも、振られることが?




どちらにせよ、私には失うものはない筈なのに。






「ちょっと優しくされたら誰でも良いわけ?」





「っ!そんな…」





へらっと笑う、中堀さん。




彼は色々な笑い方をするけれど、今度のは今まで見たことがない。




人を心底馬鹿にして、軽蔑するような、そんな笑い方。





「で、伝えたいことって何?」





煙草の吸殻を地面に投げ捨てて、足で乱暴に踏みつけると、中堀さんはゆっくりと私に近づいてくる。





「まさか、俺のことが好きだ、とかばかげたこと言わないよね?」





ゴクリ、生唾を飲む音が、自分から聴こえる。



後ろに、退くべきか、一瞬迷ったけれど、私は足に力を籠めて、踏み留まった。







「も、もし、そ、そうだとしたら、、、何がいけないんですかっ」





「別に…悪かないよ?」




噛み付くような言い方をする私に、中堀さんは冷たい一瞥を向け―




「いたっ」




私の腕を強引に引っ張り、自分に引き寄せた。






「それから?」





中堀さんは私に顔をぐっと近づけ、息のかかる距離で問う。






「え?」





揺さぶられっぱなしの心臓に、ワケがわからず私は瞬く。




あの距離はいとも簡単に縮められたと言うのに、この失望感は何なんだろう。




「それから、俺にどうして欲しいの?キスして寝れば満足?」




どこを見ているのか、わからない程、暗く沈んだ目で中堀さんは聞く。




私の返事など待たずに。



伏せられた瞼。



近づいてくる、唇。




私の利き腕は、掴まれたまま。





こんな展開は、私の望むものじゃ、ない。




物理的な距離は縮まっても、遠退くばかりの、目の前の人。







「うっ」





となれば―





「っぬぼれんじゃないっ!!」






私は思い切り、中堀さんの向こう脛辺りを蹴り飛ばす。






「ってぇ…」




だって。




空いてるのは足しかなかったんだもん。




仕方ないよね。





だって、ほんと、なんか、腹立つ、この男。




私は、さっきより少し離れた場所で、痛みに顔をしかめている中堀さんを真正面から睨みつけた。





ムカつくのよ、そのポーカーフェイスが。





「あのねぇっ、誰がっ!貴方みたいな女を食い物にして、嘘ばっか吐いて、掴んでも消えちゃうような人っ、好きになるか!!」




憤り、もある。



だけど、悲しみが勝る。




ああ、だから。




どちらのせいか、わからないけれど。



勝手に涙が出てくる。




湧き出てくる。




ぼろぼろと流れていく涙の感触は。




貴方と出逢ってから、なんだか馴染み深くなった。





「私がっ、好きになったのはっ、、いっつも、意地悪で、強がってばっかで、何考えてるかわかんなくて、自分勝手で、言葉遣いも結構乱暴で、なのに、たまに急に優しくなったり、、、でも基本冷たいけど…そんな、、そんな中堀さんなんです!」





自分は一体何が言いたいんだろう。



自分自身で把握できない支離滅裂な言葉たち。





だけど、上手くはいえないのが、不器用な私だから。




綺麗な装飾なんかしてないそのままの言葉で、懸命に伝えるから。



どうか、聞いて欲しい。





「むっ、むかついてっ、どうしようもないし、自分でも信じられないけど、、貴方以外は要らないんですっ!」





ぼやけた視界を、袖でごしごしと拭って、もう一度中堀さんを見上げると、彼はきょとん、としている。





その気持ち、わからないでもない。




でも、今は慮(おもんばか)る余裕はない。





「…でも、俺、言ったよね?」




ふぅ、と溜め息を吐き、呆れたような表情を見せる中堀さん。




その声は、少し揺らぎがある。




どうしようか、決めかねている、と言うような。





「ここに来てる時点で、もうわかってると思うけど、俺は―」





「何度もっ!!」





中堀さんが言わんとしていることは、なんとなく分かっている。




けれど、敢えてそれに被せるように、私は声を発した。




必然的に、中堀さんは口を噤む。





「何度も…諦めようって思ったんです…、、、私だって…ちゃんと…」





握った拳に、更にぎゅっと力を籠める。





「中堀さんも、、好きになっちゃ駄目だって言ってたし…、貴方は、、そういう、、仕事をしていたし…」






最初は。





絵に描いたような、王子様みたいな人だから、自分には不釣り合いだと思っていた。




なのに、期待を持って、のこのこと誘いに応じて付いて行った。




そんな自分の考えは浅はかだったのだと、直ぐに思い知った。



淡い期待を持ったのは、自分自身の勝手な都合だったのに、裏切ったと中堀さんをひっぱたいて。



二度と会えないと思ったら、なんだかすごく残念に思えて。




もう、誰でもいいや、と思い直して。



理想を追い求めて、ここまできたのに、手の届く範囲でしか結局恋愛をしなくなっていた私。




なんだかんだいって、そんな私の負の連鎖を断ち切ってくれたのは、中堀さんだった。




タカの誘いに頷こうとした私を、駄目と言ってくれたのは金髪の彼だった。





「だけど、、できませんでした…」






関わってはいけない人間だと、警報は常に、自分の中で鳴り響いていた。




私は項垂れる。





「抵抗しようとすればするほど…、その反動が強すぎて…」





全然手が届きそうな位置に居るひとじゃ、なかった。




だけど、いつしか隣に居たいと願うようになった。




手に入らないとわかっているのに、何をしてでも欲しかった。





「貴方のことが、好きだって…思い知らされるんです…」





私の目には、自分の靴と、中堀さんの靴が見える。




その間に、私の溢した涙が点々と痕をつけている。





「なのに、、それを伝えることすら、許されなくて…」





さよならをした夜も。



直ぐにまた逢えるんじゃないかと頭の隅で思っていた。



どこまでも未熟な自分でうんざりするけれど。



言わないようにと触れられた唇は、ずっと熱を持っていた。




「せめて…最後に、、伝えさせてくれれば…ちゃんと、諦めもついたと思うのに…」




温度を上げるばかりの想いは、飛び出すことができずに、心の奥で燻(くすぶ)っていた。





「あの夜―、あんたが言いかけたことを、聞きたくなかったのは…」





それまで黙っていた中堀さんが、呟くように話し始める。




予想していないタイミングで突然降ってきた声に、思わず中堀さんを見た。





「俺じゃ、駄目だからだ」






凍えそうなほどに温度が低い空気に、白い息が映える。





「あんたには、きっと、もっと良い相手が見つかる。」





寂しい笑顔で、中堀さんは私を見つめていた。








「俺は、あんたを愛してやれない」






そろそろ、陽が昇り始めるのが見え出すだろう。



さっきよりもさらに、中堀さんの顔がはっきりとしてきた。








「…そうやって、、逃げていくつもりなんですか…?」






搾り出すような声で、私は訊ねる。






「そう言われても、仕方ないね。」






「それは、お母さんを…許せないからですか…?」





踏み込んだ質問だというのは百も承知だ。





だけど、まだ私には言いたいことが残っている。






「母親のことは…覚えてない。最悪な記憶しかない。許すか許せないか、なんてことは選択肢にさえないんだ。ただ―」






一瞬言葉に詰まったような中堀さん。




それからでてきたものは。







「俺は自分の必要性がわからない。」





「自分の、存在意義がわからない。」






「そんな俺が、誰かを大事になんてできない。」






ぽつり、ぽつりと吐き出される、中堀さんの、心の内だった。





「生きるのは面倒で、だけど、死ぬのも面倒で。仕方なく生きてる。それが、俺なんだよ。」





並べられていくひとつひとつが、中堀さんの辛さを浮き彫りにしている。



まるで、自分には愛される価値はなかったから、愛してもらえなかったというように。



そして、そんな人間は誰かを愛する価値すらないのだとでもいうように。




自分の為に、誰かを傷つけてしまうよりは、敢えて自分独りで居ることを選んだというような。





「写真っ!!!」





気付けば、叫んでいた。





「―え?」




突然、言われてもわからない中堀さん。





でも、私は貴方に伝えたいことが、まだある。





「メモリーカードの写真、、、見たんです…」





中堀さんの目が、何の話だと言っている。






「返してもらった、、メモリー…」





やっと合点がいったというように、中堀さんはあぁ、という表情を見せた。






「あれ、、ちゃんと映ってたでしょ?あんた。」






「う、、はい。でも、他にも、、ありました…」






私の返答に、中堀さんは、え、という顔をする。





「他に、何か入ってたっけ…」







燈真に散々言われたことで。




もう、中堀さんとは駄目だと思って。




やけになって、差し込んだメモリー。





私の写真以外に、全部で、12枚の写真が入っていた。





気になって、泣きながら、開いたファイル。






そこには。






「空、と…」





一面の、青い空。




空。



空。



空。





それから。






「お母さんと、手を繋ぐ、、、男の子の、写真が、映ってました…」






どこからレンズを向けたんだろう。



後ろ姿を捕らえた、控えめな構図。



きっと親子には気付かれていない。






一体、どんな気持ちで、中堀さんはこの写真を撮ったんだろう。




そう考えたら、当たり前のことに、気付いた。




「人はっ…、愛されたいって思う生き物なんですっ!!」






―たとえ。






愛されたことがなくて、




愛し方がわからなくても。




愛されたくないわけじゃない。






それはちょうど。





飛び方を教えてもらえなかった鳥が、




空を飛びたくないわけじゃないのと同じように。





鳥が空を飛び立ちたいと願うように、



人は愛されたいと願うものだと。





遅ればせながら、私は気付いたのだ。








「中堀さんが、愛し方を知らないって言うなら―」






私は、中堀さんとの距離を縮め、腰に両手を当てて宣言する。






「私が教えてあげます!」





貴方に愛を。




沢山の愛を。





目一杯の、要らないというほどの好きを。




私が存分にあげるから。







「私のことをどんなに傷つけたって、平気です。私は、中堀さんが好きだからです!」






嫌いになんてならないから。







「コロコロと天気みたいに機嫌が変わって本当厄介ですけど!ごくごくたまには、快晴な時もあったり、する…?あれ、あったっけな…と、とにかく!中堀空生が、大好きだからです!」





空を生きる、で、アオ。




その名前を、とても気に入っているから。




呼ばせて欲しい。





貴方にぴったりの名前だと思う。





「は…はは…」




唖然としていた中堀さんは、少しすると笑い出す。





「な、な、なんで笑うんですかっ!?私すごい真剣に言ってるのに!!!」





私としては人生最大にも近いほどの決死の覚悟で挑んだ告白なのに、笑われるなんて心外だった。





「いや…ごめ、、、はははっ!くくっ…」





ひどい…




私は笑いが伝染(うつ)ることもなく、あんぐりと口を開けたまま、その笑いの止まらない中堀さんを見つめる。






ひとしきり笑った後、気の抜けたような溜め息を吐いて、中堀さんは呟く。





「あんたって、、、ほんっと、、、なんか…阿呆だな…」






ショックが二倍に膨れ上がった。





「そ、そんな言い方!!ひどすぎますっ!」






笑われた挙句、阿呆って…こんなひどいことってアリなの?!




思わず握り締めた拳を振り上げた。






「けど…お陰で…なんか…どーでもよくなったわ…」





そう言って、彼は振り上げた私の手首を掴み、屈んで顔を近づける。





「なななな、なんですかっ!?」





自分の顔がかぁっと熱くなったのがわかる。




なんか、もう、やだ。




こんな至近距離で見つめられると、自分がさっきまで言ってたことが、恥ずかしくなってくる。




「どうせ、こっちの仕事からは足を洗うつもりだったから、暇だし?」




茶色い瞳が、意地悪に細められる。





「折角だから、教えてもらおーかな?愛とやらを。花音せーんせ。」





「なっ!」





なんか、軽いっ。




もっと、なんか、こう、私は、こう…





頭の中でぐるぐると考えていると、背中に急に硬い感触がする。





「えっ、ちょ…」





いつの間にかジャングルジムに押し付けられていた私に、中堀さんは。





「まずは、キスでもしとこっか?」





これまでと同じように、軽すぎるノリで。





「い、んっ、んーーーーーーーーー!!!!!!」





嫌だと言えない私に、深いキスをした。






太陽の光が、中堀さんの金色の髪に透けて光るから。







キスの合間に、キレイ、と伝えると。







今までにない笑顔で、彼は嬉しそうに笑った。





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