近くて、遠い
あー…
頭、、ガンガン、する。
昨日、飲みすぎたー…
憲子とバイバイしてから、、どうしたんだっけ。
そうそう、クラブ初体験したんだー…
そこに居た男の人と、一緒に飲んで…
どーでもいいけど、ふとん、気持ちいいわ。
私は温かい羽毛布団の柔らかい肌触りに、目を閉じながらうっとりする。
そして、寝返りを打った。
あれ、今私どこにいるんだっけ。
ぱちっと開かれた目。
「やっと起きたか」
もっと早く気づくべきだった。
私の家には羽毛布団なんてものはないじゃない。
馬鹿!馬鹿花音!
目の前の光景が信じられずに、瞬きを繰り返す。
私が寝ているのは真っ白なキングサイズはあろうかというベット。
そんな私の隣で面白そうに頬杖をつきながらこちらを見ている金髪。
100点満点の。
だけど、記憶が私に教えてくれない。
どうしてこの人と一緒にこんなところにいるかということを。
「~~~~~!?!?!?!」
声も出せずにがばっと起き上がる。
「あ。」
上半身裸の男が私を指差す。
はらりと落ちた布団の下から顔を出した私の下着姿。
「~~~~~!!???????」
私はもう一度布団を被る。
なななななんで、私下着?!服は?!どこいったの?!
ワケわかんないやら泣きたいやらで、真っ赤になった私は男をギロリと睨んだ。
「おーこわ。その様子じゃ夜のこと、覚えてねーな?」
クスリ、彼は余裕の表情で笑った。
========================
数十分後。
「まことに申し訳ありませんでした!」
私は土下座する勢いで、謝っていた。
金髪の話に寄ると、私はタカという男にお持ち帰りされそうになっていた所を、金髪が見つけた時には既に呂律が回らない状態だったそうな。
さらにさらに「気持ちが悪い」と騒ぎ出し、今日は家に送ろうとタクシーを捕まえるも、行き先を告げないまま眠り、しょうがなく金髪の家に連れてきた瞬間に吐き、着ていた洋服を汚し…
つまりは、金髪はずっと介抱してくれていた、ということです。はい。
「昼間には殴られるし、ほんっと、俺って被害者ー」
でも、私には解せない。
「あのー、、ところであなた、、、どちら様ですか?殴られたってどういう…?どこかでお会いしたことありましたっけ?」
この金髪の言っている意味が、どーしてもわからない。
ちなみに言えば、ドキドキする自分の心臓も謎だ。
「え、もしかしてわかってないの?」
驚いた顔をして彼は尋ねる。
布団をぐるぐる身体に巻きながら私はこくこくと首を縦に振った。
「おー、俺って天才かなぁ。」
勝ち誇ったようにそう言うので、私は思わず首を傾げた。
「どうして、私の名前を知ってるんですか?」
そんな私に、彼はくっくっくと笑う。
「な、何がおかしいんですか?」
私は何がなんだかわからず軽いパニックになる。
「…社員証」
なおも笑いながら、彼がぼそりと告げる。
しゃいんしょう?
脳内変換が追いつきません。
「俺、あんたの社員証拾ったから。で、届けて、ランチに誘ったらなぜがひっぱたかれた」
そう言うと、にやり口角を上げて、彼は自分の頬に手を当てた。
も、も、もしかして。。。
私は固まる。
「え?!」
そんな私を、彼は終始面白そうに見ている。
「この落とし前、どうつけてもらおうかな?」
信じられない。
世の中こんなことってあるの?
何かのどっきりにしては長くない?
でも言われてみれば―
今はシャツを着て、椅子に座る彼をまじまじと見つめる。
纏っている甘い香りも、
整いすぎた顔立ちも、
昨日の人のものだ。
ただ、圧倒的に、あらゆる要素が違っているけれど。
「貴方…何者?」
じぇんとるまんなあの人は何処(いずこ)?
「中堀空生っていうのは、本当なんだけどな?」
私の問いかけに、相変わらずにやっと笑って私を見つめる金髪…もとい、中堀さん。
「でも、ま。そんなに色々話している時間はないんだよ。櫻田花音、君にしてもらいたいことがある。」
彼は世間話でもするかのように軽い感じで。
その長い足を組み替えて。
「2週間だけでいい。俺の妹になってくれないかな。」
と、言った。
「―は?!」
当然、私は素っ頓狂な声をあげた。
何言ってんの?
この人ワケわかんない。
そう思うが、驚きすぎて声が出ない。
「病気のフリをしてくれるだけでいい。それも俺が呼び出した時だけ。」
私の返事を待たずして、彼はどんどん話を進めていく。
「本当は君に近づいて、恋人になってから利用させてもらおうと思ってたんだけど。まさか逃げられた挙句にひっぱたかれるとは思ってなかったんでね。話が変わった。」
何?恋人?
利用?
いや、利用されていそうなことはあの場でなんとなくわかっていた。
「…服を…返してください」
やっとのことで、私は声を絞り出す。
「服?あぁ、クリーニングだしといたから、夕方にはできると思うけど。そこに違うの置いといたから、とりあえずそれ着てくれる?」
そう言って彼が指したベッド脇には、真新しい女物の服。
良くわかんないけど、この人多分恥ずかしげも無く女物の服を買えちゃう人なんだ。
あぁ、なんか腹が立つ。
「…ちょっと…あっち向いててください」
そう言うと、彼は爽やかに笑って頷く。
「いいけど、返事は?」
「嫌です」
即答してやった。
何が悲しくてあんたの妹になんかなってやるか。
「ひっぱたいたのに?」
「それは悪かったかもしれませんが、仕方ないと思います。」
「こんなに介抱してあげたのに?」
「クリーニング代とタクシー代とお世話になった分はお支払いします」
睨みつける私に、彼は「ふーん」と偉そうに考え込む。
そして―
「いいの?」
何故か残念そうに私に問いかける。
「…何がですか?」
眉間に思い切り皺を寄せて尋ねると、彼はポケットからデジカメを取り出して操作し、画面を私に見せた。
そこには。
「!!!!!!」
私の寝顔、と。
わかりますよね。えぇ。目も当てられません。
「バラまいちゃうよ?」
完璧な脅し。
「は、犯罪っ」
批難の意を込めて叫ぶが、
「何とでも」
相手は所詮心の真っ黒な人間だ。
何を言っても聞かないだろう。
「い、今すぐ消して!」
「妹になってくれる?」
にっこりと微笑む彼。
天使の顔した悪魔だわ。
「2週間だけだから、ね?演じてくれたらちゃんと消す。それは約束する。」
「ほ、本当に、消してくれるの?」
「勿論。」
絶対信用できないけど、でも。
「…わかった、やります…」
ここは頷くしかない。
私は首を縦に振った。
「いやー、わかってくれて嬉しいよ。俺も助かるなー。じゃ、俺向こう行ってるから、着替えたら出てきてね。」
そう言い捨てて、颯爽と彼は部屋を出て行く。
なんだろう、このどうしようもない敗北感…。
どうしてこんなことに巻き込まれちゃったんだろう。
もそもそと着替える為に動き出しながら、私は必死に考える。
二日酔いの頭は思うように回ってくれないけれど、とんでもないことになったということは、かろうじてわかるみたいだ。
「あの…帰ります」
着替えを済ませてリビングに行くと、彼は優雅に珈琲を飲んで新聞を読んでいた。
自分の家で普通にテーブルに座って珈琲を飲んでいるだけで、ここまで絵になるんだから、ほんと素材の良い人間って何処までもずるい。
「送ろうか?」
スマートなそのお誘いに、これまで何人の女(ひと)が引っかかってきたのだろう。
「…結構です」
私は謹んでお断り致します。
「そ?ま、ここは比較的駅に近いし、わかりやすいと思うから、平気かな。とりあえず連絡先は教えといてね?詳細は追って連絡するから」
そう言って彼はスマホを取り出す。
私は携帯です。パカパカするやつ。
なんか、ここだけでも負けてる気がするってどーいうこと?
別にパカパカケータイ悪くないし、彼は何も言ってこないけど。
彼は私から携帯を受け取り、手早く操作する。
「じゃ、連絡先入れといたから、よろしく」
終始ゴキゲンな様子の彼は私のバッグを持って、玄関まで送ってくれた。
「…お世話になりました」
一応、それは事実なので、バッグを受け取りながら、私は頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ」
それも本当にそうなのだが、頷くのを堪え、私は玄関を出た。
「どこだ、ここは。」
言いながら、結構良いマンションだなと思った。
あちこち彷徨い、やっとのことでエレベーターホールを探し当てて初めてここが11階だったということに気づく。
乗り込んで腕時計に目をやった。
時刻は昼を過ぎた所だ。
「…くっ」
よく、わかんないけど。
涙が、出た。
涙が止め処なく流れてしまうのを防ぐために唇を噛みながら、握り締めた携帯を開く。
画面には今しがた登録されたばかりの人の名前が表示されている。
佐藤 一哉(さとう かずや)
メモの欄に妹の名前も載っている。
佐藤 乃々香(さとう ののか)
頬を伝う涙を乱暴に手の甲で拭った。
と、同時にエレベーターが開く。
顔を隠すように俯いて、エントランスを出ると、北風が容赦なく吹き付ける。
罰が当たったっていうのは、きっとこういうことを言うんだ。
心の中で思った。
今まで、大して好きでもないくせに、寂しくないように自分を安売りしてきたから。
こんな時に、こんな形で、こんな風に。
胸が高鳴る。
本気で好きだと思う人に出逢ったというのに。
自分の気持ちを確信した瞬間に。
妹になってほしいと言われるなんて。
偶然はなんて悪戯をするんだろう。
ひらひらと手を振る彼の細い指先が、やけに目に焼きついて視界をぼやけさせる。
どうして。
なんで。
最低の男じゃない。
なのに。
勝手に胸がときめく。
ドキドキする。
本当の名前がなんなのかもあやふやなままなのに。
熱が出ているみたいに、身体が熱くなる。
最悪で最低で正体不明のひとなのに。
その人の前で、私は佐藤乃々香という名前の妹になる。
近くて遠い、女になる。
そして、多分本当じゃない名前を呼ばなきゃならない。
どうして心は操れないのか。
なんで恋はいつも突然やってくるのか。
なんで、スケジュールをたててから、きてくれないのかな。
ごちゃごちゃになった思考回路をほどくことすら面倒で、頭を空っぽにさせる。
そんな中でもどうしてもひとつだけ。
あの甘い香りだけは、嗅覚に残ってしまったのか、
消えてはくれない。
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