phase4.兆し
二人はがむしゃらになって階段を駆け上った。
「俺たちならやれるぞ、そうちゃん。」
「ああ、学校でやるのは初めてだけど、いけるだろ!」
お互い以心伝心したのだろうか。
次第に走る姿勢が整い、軽やかに階段を昇って行った。
男性は必死に追いかけ、二人を目撃しては右手を差し出す。
すると何かが飛んできたのか、壁やら天井やら床やら、
斬撃のような傷が出来上がる。
「見た感じ、やつの右手の動線上によくわからないけど、刃みたいなものを飛ばしてんだろな。」
総一郎が逃げながら分析する。
「じゃああいつが右手を差し出すモーションの時は要注意だな。」
「さて、おっぱじめますか。」
二人は踵を返し、階段を逆に降り始めた。
軽やかに手すりを使って、男性に向かって滑るように降りていく。
「!」
男性は警戒したのか、立ち止まる。
そしてまた、右手を前方に向けて差し出す。
「今だ、しゃがんでよけろ!」
「おう!」
そして男性の右手から放たれたであろう斬撃をよけ、
二人は男性のがら空きな膝を蹴った。
男性はそのまま階段を転げ落ちた。
二人は男性をひょいっと飛び越して下に降りて行った。
「颯音! やっててよかったな、こんなところで生かされるとはな。」
「そうだな。」
実は二人は幼い時からパルクールをやっていた。
パルクールとは、自分の身体能力だけで障害物等を軽快に通り抜けるスポーツの一種である。
そのため、二人は階段という高低差や地形を利用して
変幻自在に回避や攻撃に転じることができた。
「さて、俺達も講堂に戻ろう。この人大丈夫か。」
「頭打って気絶したんかね。動かないや。」
「だろうな、そうちゃんは講堂に戻って先生に伝えてくれ。
俺はこいつが目を覚まさないか見てる。」
「大丈夫か?」
「ああ、また起きたらすぐさま股間でも蹴っとくよ。」
「分かった。気をつけてな。」
そう言い残して総一郎は軽やかに1階に降りて行った。
「ふう、久しぶりにやったからどうなるかと思った。火事場のなんとやらかな。」
颯音は男性を注視しながら靴を履き直し、傷ついた頬を再び拭った。
出血は止まっており、血も固まり拭った手には何もつかなかった。
「しっかしこいつの攻撃、魔法かなんか使ってるのか。どうやったら素手のままで壁やら人やらズサズサ斬れるんだか。」
颯音は床に転がっている男性を見つめた。
すると突然男性が目を開けた。
「!!!」
颯音はすぐさま攻撃をしようと蹴りを入れようとした。
だが、また何かによって攻撃され、後方に吹っ飛んだ。
また見えない衝撃波か、分からないが何か斬撃のようなものをまともに喰らった。
幸い大怪我にならなかったものの、こめかみを大きく切傷し、
多量の血が流れていた。
「いってて……。」
立ち上がろうとするがふらふらする。
床にはこめかみから出血した血がぽたぽたと落ちている。
手で押さえるが、一瞬で手が血だらけになった。
「こりゃ、まずったな。はあ、はあ……。」
次第に息が上がっていった。
視界を確保するために血をぬぐう。
すると目の前には男性が立っていた。
「高校生ごときの蹴りで気絶すると思ったか。」
「階段を転げ落ちてたもんで、ワンチャンと思ってたよ……。」
男性は不敵な笑みを浮かべ、右手を差し出す。
再び斬撃が飛び交う。
颯音は辛うじて避けるが、確実に体力を消耗していく。
「まずいな、ふらふらしてきた……。」
「君はここで終わりだ。」
男性は口角をあげ、颯音の胸ぐらをつかんだ。
予想以上の力で持ち上げられ、颯音の足は宙を浮いた。
「こいつ、片手で俺を持ち上げてやがる……。」
必死に掴まれた手を解こうとするが、力が強すぎて解けない。
咄嗟の思考で颯音は振り子の原理で下半身を思いっきりねじ込み、
足を振り上げ男性の顔を横から蹴った。
だが、びくともしなかった。
むしろ颯音の足に痛覚が走る。
「この人、どんだけ固いんだよ、金属でできてんのか……?」
「これが最後の悪あがきか。空しいな。」
男性は勝ちを確信したのか、もう片方の手を颯音の腹に添える。
「ま、まずい……!!! 死ぬ!!!」
「終わりだ。」
颯音は小さく呼吸し、ブランコのように男性の腕にしがみつき、
ダメージを最小限に抑えるためにめいっぱいに体をねじった。
直後に斬撃が放たれ、颯音の脇腹をかすった。
間一髪で斬撃の衝撃を避けた。
制服は切れ、Yシャツが少しずつ赤に染まっていくが、
出血はかすり傷程度だった。
男性は突然の行動に動揺したが、構わず二撃目を準備する。
次はしっかりと腹に手を当て、逃げられないように制服を掴まれた。
握力が強く、引きはがせなかった。
もう、逃げの手段も避ける算段も付かなかった。
「ここまでか、畜生、こんな知らん人に……殺されるなんてな。」
「さあ、命費える瞬間を……!」
そこで颯音は、一つの走馬灯を見た。
「ああ、死ぬのか、俺。こんなことになるなんてな。見ず知らずのおっさんに殺されて……。なんて惨めだ畜生。」
思い出す親の顔、友人の顔。
そして。
春千代の顔。
いつも心配してくれた、春千代。
「あいつ、俺が死んだらなんて怒るんだろな……。」
自分が死んでしまう恐怖よりも、自分がいなくなった後の
親、友人、親友の総一郎、春千代の悲しい顔を想像するのが嫌だった。
死にたくないという感情よりも、生きたいという生への執着が勝った。
しかし、恐らくこの一撃を食らったら死は避けられないだろう。
颯音は悔やみきれない思いと、どうしようもない思いの
板挟み状態になり、もはや万策尽きたかとにっと笑った。
「せめて死体になった時くらい、かっこつけさせてくれよ。」
ニヤッと笑った。まるで男性を嘲笑するかのように。
「死の覚悟が決まったか。それでは―」
その時だった。
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