phase5.発露する自我
「……せよ。」
「なんだ? なんか言ったか?」
颯音の中に溢れる感情。
その感情の本流は颯音の思考そのものを支配し、
颯音の中で一つの意志が爆発した。
”目の前のこいつをぶっ潰す。”
その感情は颯音の思考や感覚、運動神経を支配したかのように
考えるよりも先に口が動いていた。
「離せよ。」
「なんだ、こいつ。」
颯音の口調が明らかにさっきとは違った。
鋭い表情で男性を見つめていた。
男性は明らかな颯音の変化に警戒していた。
(いきなり口調が変わったような。もしかして、俺と一緒か?)
そして、胸ぐらをつかんでいた腕を颯音が掴んだ。
次第に握力を増し、ギチッと掴み握りしめていく。
颯音の目は大きく見開き、一瞬たりとも男性から視線を逸らそうとはしなかった。
先ほどまでの颯音とは思えないほどにその握力やパワーは桁違いだった。
男性が次第に冷や汗をかく。
そして腕から異常なまでの痛覚を感じた。
颯音の掴んだ手、爪先が男性の腕にめり込むくらい握られていた。
男性の白衣から血がにじみ出す。
胸ぐらをつかんでいた手を離すが、一向に離そうとはしなかった。
「ぶっ殺す。」
そう固く誓い言葉を放った瞬間、男性の腕が宙を舞った。
腕を握った握力のみで颯音は男性の腕をちぎったのだ。
もはや人間の力ではないことは確かである。
「お、おまえええええ!!!」
ちぎれた断面近くを圧迫して止血しようと身を丸くする男性。
そこに容赦なく颯音は蹴りを入れた。
鈍い音とともに男性は吹っ飛んだ。
人間の脚力ではありえないほど吹っ飛び、壁に激突した。
男性は壁にめり込み、その場で悶えた。
「こいつ、こいつもか……。」
男性は額から大量の汗を流し、ズボンのベルトで腕を縛り止血した。
「俺を軽々と蹴っ飛ばし、外傷を与えた。人間には傷は付けられないはず。
やはりあいつも……。」
颯音がゆっくりと男性に近づく。
男性は尻もちをついた状態であとずさりをしていく。
「これほどまでにない強いエス……。歯が立たない……。」
男性は半ばあきらめのため息を零す。
と、みせかけ、もう片腕をふるい、強力な一撃を颯音に放った。
颯音はあまりにも強い斬撃で後方へ吹き飛んだ。
真横に斬撃は飛び、当たりの構造物もろとも切り裂いた。
大きな破壊音を轟かせ、パラパラと周囲に土埃を立ち昇らせた。
颯音はすっと立ち上がった。
手で体の土埃を払い、軽く咳払いした。
衣服が斬撃で切れていたが、身体は微塵も傷がついていなかった。
「これで終わりか。」
颯音は不敵な笑みを浮かべ、男性を見下す。
「お前、何者だ。」
「知るか。」
颯音がとどめを刺すかのように拳を固く握る。
その時だった。
颯音の中で何かの糸が切れたかのような感覚がした。
と、同時に颯音はその場で意識を失って倒れた。
男性は目の前で起きていることに気を取られていたが、
自身も腕をもがれて出血がひどく、意識が朦朧としていた。
男性もそのままその場で気絶した。
―それからどれほど時間が経ったのだろうか。
「……おい! 颯音! おい! しっかりしろ!」
「颯音! ねえ! 颯音!」
誰かに呼ばれている声。
遠くからのように聞こえるが、この声の主は総一郎と春千代だ。
颯音は意識が少しずつ回復し、目を開けた。
「ここは……。」
「保健室だ、顔血まみれで倒れてるとこを見つけたんだ。」
「ああ、あれ、あの男は。」
「救急車で病院に運ばれたよ。片腕なかったみたいだし。一体あそこでなにがあったんだよ。周りめちゃくちゃにぶっ壊れてたし。」
「なんだっけ、いて、頭いてえ……。」
「なんも覚えてないの?」
「これっぽっちも……。」
颯音は頭に包帯が巻かれているが、痛みがひどく、
包帯の巻かれている部分を手でさすった。
周囲の状況や男性の負傷、全く思い当たることがなかった。
「もう、心配したんだから!!!」
春千代が今にも泣きそうな顔をしている。
「はは、ごめんごめん。」
「にしても、あんだけぶっ壊してお前その傷だけとか、ホントに何があったんだか……。」
颯音もわからなかった。
今は兎に角自分が負った傷が気がかりで仕方なかった。
「ただ、俺、そうちゃんが行った後にあの男、目が覚めて。」
「え、まじかよ。」
「それで、ほんとに殺されかけた。結構追い詰められて、そんでとどめを刺されそうになってから記憶がない。」
総一郎と春千代は顔を合わせた。
そして総一郎が颯音の方を再び向き、口を開く。
「がむしゃらでもう頭に記憶がないほどアドレナリンが出ていたんだろう。」
「私もそう思う。」
春千代も総一郎の意見に同意した。
「はは、かもなー。無我夢中で助かりたかったんだもの。」
「でもなんであんなに周りが壊滅的にボロボロなんだろうな。」
総一郎が腕組みをして考える。
すると保健室のドアからノックが聞こえた。
軽くコンコンとなり、滑りが悪い引き戸がぎこちない音を出しながら開いた。
来たのは警察。
「大丈夫ですか。」
「はい、かすり傷程度なので病院行くほどでもないですよ。」
「少々事情聴取を行いたく参りました。」
「構いませんよ。」
颯音はベッドに寝ていたが上体を起こして姿勢を正した。
「それでは、お願いします。」
そう言って数名の警察官の後ろから、白衣を着た男性が前に出てきた。
明らかに警察関係の人ではない、研究員風の格好の人。
颯音はまじまじとその人を見つめていた。
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