第七章 決戦・南氷洋
27
兵士は、〝はたかぜ〟の甲板に集結していた。ドライスーツの上に、白い戦闘服を着込んでいる。ドライスーツがなければ、氷のような海は、数分で命を奪う。
兵士たちは、首をうなだれていた。人類の未来を背負って戦うことに、不服はない。だが彼らは、緑人に有効な武器を持っていない。しかも、空には誘導ミサイル、海には潜水艦が待ち受けているのだ。
佐々木はそれでも、先頭に立つ決意を変えなかった。
アメリカ船団も、上陸地点を変えられずに、合流することとなった。米軍は、自衛隊と手を組んで正面突破を試みる道を選んだ。
南極都市に配備されている多国籍防衛軍は、作戦から外されていた。都市防衛のために、温存されていなければならなかったのだ。その決定は、佐々木たちが壊滅した場合は、沿岸部への核攻撃を行うことを暗示している。
佐々木には、米軍の過剰なまでの自信が理解できなかった。それでも、常に米軍の一部隊であった自衛隊の幹部は、決定に逆らえない。佐々木も、命令の範囲内で全力を尽くす他はなかった。
なのに米軍は、ここ数十分間、沈黙を続けている。
佐々木は、耳に掛けたヘッドフォンに、米軍到着の知らせが入るのを待ち続けた。海は暗く、重く、冷たくうねるばかりだった。
佐々木は、つぶやいた。
「まさか、こんな場所で死ぬとはな……。しかし、墓場には相応しいかもしれん」
と、目の前の海中に爆発が起こった。水面下が赤く光り、轟音と水柱が上がった。吹き上げられた海水が、滝のように船団に降りかかる。辺りは、オイルの臭いに包まれた。
爆発の中に、佐々木は二つに割れた潜水艦を見た。
「何……? 自爆か⁉」
無線士が叫ぶ。
「米軍です! ハンターキラー艦が潜水艦を潰しました! 阿部さんが出ています」
佐々木は喜びを隠し切れずに、口許のマイクに叫んだ。
「応援に感謝する。これで上陸できる! どうぞ」
「礼は、原潜のクルーに言ってくれ。こちらも上陸艇で兵員を送り出した。我々は一足先に、ヘリで合流する。緑人の上陸は、偵察機でも捉えていたんだ。万一の場合を考えて、黙って作戦を進めた。奴らの能力には、計り知れないものがあるからな。勝負を掛けるぞ。新しい武器も持っていく。五分待ってくれ。どうぞ」
「戦う方法があるんだな! だが、急いでくれよ。GMは、五十体はいる。都市に侵攻されたら、元も子もない。どうぞ」
阿部は、笑ったようだった。
「待ってくれるさ。俺たちを確実に殺すことが、狙いなんだからな。待て! 原潜から連絡が入っている! ……何だと⁉ 海中に、まだ何かいるぞ!」
「潜水艦か! 奴ら、まだ潜水艦を持っているのか!」
重苦しい沈黙が澱んだ。
やがて、阿部の落ち着きを取り戻した声が届いた。
「安心しろ。クジラだった。爆発が、おっちょこちょいを引き付けたらしい」
佐々木は、腹の底から安堵の溜め息を漏らした。
数分後に到着したシコルスキーCH53ヘリコプターからは、阿部と飛竜、そして志水兄妹が降り立った。阿部のサイバーアームは故障したままだ。だらりと下がった腕の代わりを果たすかのように、飛竜が寄り添っている。
続いて十個ほどの長い木箱が降ろされた。そこに入っていた武器が、自衛隊員たちに配られた。防衛庁長官が、ようやく甲板に姿を現した。
志水健造は甲板上で、手短に武器の構造を説明した。それは、携帯用のバズーカ砲だった。
「特徴は、弾頭です。ここには、小型のボンベと高熱を発するマグネシウム合金がセットされています。着弾すると、ボンベが液体酸素を注入します。少し間を置いてからマグネシウムが発火し、表皮を加熱します。気化した酸素を求めて、炎が体内に入りこむわけです。この温度差が、細胞を破壊します。しかも、液体酸素が細胞の活性を弱めますから、弾頭を切り離される可能性も減ります。」
佐々木は疑い深そうに、志水を見た。
「本当に効くのか?」
「凍らせたガラス細工に、熱湯をかけるようなものです。物理的に破壊しますから、耐性も生じません」
「実戦では使用したのか?」
「数回。船団を襲ってきた緑人は、粉々になりました。しかし、精神力の強い相手には、どこまで通用するか……」
健造はうなずいた。
「しかし、試してみるしかありません。武器はほかにないんですから。弾頭は、船の研究室で製作したものです。割り当てられるのは、百発ほどしかありません。慎重に使用してください。できれば胸に撃ち込んでください。脳と身体の接続を切断することが肝心です」
佐々木は言った。
「こんな単純な兵器が、なぜ今まで出来なかったんだ」
志水が肩をすくめる。
「液体酸素では致命傷を与えられないと、誰もが思い込んでしまったんです。体内から冷却するという発想にたどり着けなくて……」
建造が言葉を添える。
「簡単に見える方法ほど、見つけ出すのは難しいんです」
阿部も言った。
「軍隊がこの武器を持っていたって、奴らを根こそぎにはできん。こっちの腹が読まれてしまうんだからな。せいぜい、南極に逃げ込むのを何日か遅らせられただけだろう。それなら、決戦に投入したほうが利口だ。奴ら、たまげるぞ」
佐々木もうなずいた。
健造が、腕時計に目を落とす。
「米軍の上陸艇は、そろそろ到着します。合流してください」
佐々木は、ようやく自信に満ちた笑いを見せた。
「我々の戦い振りを、アメリカさんに見せてやろうか」
阿部が、佐々木の腕を取った。
「俺にも武器をくれ」
佐々木は、阿部をにらみつけた。
「片腕でバズーカが撃てるものか」
「だが、奴らの心が読める」
「思い上がるな! 素人は引っ込んでいろ!」そして、微笑んだ。「世話になったな。志水君を守ってくれたまえ。君はもう、危険を冒す必要はない。戦争は、軍人の仕事だ」
右手を差し出す。
阿部は、その手を握り返してうなずいた。
「帰ってくるんだぞ」
「レンジャーの訓練からすれば、赤子の手を捻るようなものさ。シャンパンを用意しておいてくれ」
「首相に言い付けておく」
苦々しい顔で聞いていた防衛庁長官に、志水が言った。
「あなたも戦うんでしょう? アメリカの船団では、副大統領もバズーカを撃ったわ」
長官は、うつむく他はなかった。
厚い氷に乗り上げた上陸艇から、次々とスノーモービルが駆け上がっていく。日本製の超軽量スノーモービルには、それぞれ二人の兵士が搭乗していた。日米混成部隊の行動は、完全に連携が取れている。
総勢二百名の兵士たちは、五十メートルほどの距離を保って散開した。しばらく前から動きを止めていた緑人の集団を、包囲していく。
緑人の周りには、スティンガーの残骸が転がっていた。ミサイルを詰めた木箱は、まだ数十も積み上げられている。上陸部隊が敗れれば、ミサイルは航空機と艦船に撃ち込まれることになる。米船団本隊の到着は、約十分後。緑人が生き残ってアイスゲイトに陣取れば、船団の接岸は阻止されるのだ。
兵士たちは、A・Bの二つのグループに分けられていた。各グループは包囲の円周上に交互に配置され、互いをカバーし合う。
戦場は、アイスゲイトから1キロ以上は離れていた。氷の下は、極寒の海だ。
緑人の総数は、五十体。中央に立つのが、マスター・ブレインだった。彼らは、凍りついたかのように不気味な沈黙を守っていた。
佐々木は、寒風に目をしばたたかせながら、緑人を観察した。
〝なぜ、動かない。人間を馬鹿にしているのか〟
マスター・ブレインは、包囲が充分に縮まる時を待っていた。彼が自ら南極に赴いたのは、人類を倒した後に覇権を握るためだ。世界は、緑人を中心に再構築される。さらにその中心に位置するには、実績で同族を沈黙させる必要がある。緑人にとって危険な人間を処分する事は、王に与えられた責務だった。
航行中の船団に仕掛けた攻撃は、ことごとく失敗した。だからこそマスター・ブレインは、この戦闘を完璧に終わらせなければならなかったのだ。まずは十分に兵士を引き付け、殺し、次に船団を破壊する。それが彼のプランだった。
包囲網が、さらに狭まる。タンカーの炎に照らされた氷原に、突風が吹き抜けた。わずかな氷のうねりのほかに、彼らの間を遮るものはない。
佐々木は、距離を目測した。先頭の緑人まで、約百メートル。マグネシウム弾の射程内だ。
ヘッドホンに、命令が炸裂した。
「ファイア!」
スノーモービルの操縦者が、一斉に照明弾を打ち上げる。辺りが真昼の明るさに包まれると、後部の兵が駆除剤を連射し、銃を捨てた。すかさずバズーカ砲に持ち変え、Aグループがマグネシウム弾を放つ。Bグループがエンジン音を高めて、走り出す。マグネシウム弾が、かすかな煙を吐いて緑人の集団に吸い込まれていった。
次の瞬間、緑人たちは巨大なバッタのように跳ね、兵士たちの間に舞い降りた。マグネシウム弾が命中したものは、五体に満たない。
それでも、新兵器の効果は絶大だった。マグネシウム弾を撃ち込まれた緑人は、空中で火の玉となって、文字通り爆発した。
Aグループは弾丸を装填しなおすと、目まぐるしく位置を変えた。その間にBグループが動きを止め、Aグループを狙う緑人にバズーカの照準を定めた。 だが、緑人たちも統率が取れていた。マスター・ブレインは、マグネシウム弾の威力を知ると、ただちに作戦を変更した。
氷原に着地した緑人たちは、身体を伸ばして巨大な蛇のようにのたうった。標的が縮まり、マグネシウム弾は外れた。あるものは氷上に火柱を上げ、あるものは兵士を誤射して肉片と機械の残骸を撒き散らす。
弾頭を装填した兵士も、緑色の大蛇にスノーモービルごと締め上げられて血反吐を吐く。それでも、何体かの緑人が粉砕された。Bグループの兵士は、緑人に巻かれた仲間にバズーカ砲を向け、歯を食いしばって引き金を引いた。
肉片と緑人の残骸が、氷原に散って凍りついていく……。
マスター・ブレインは、動かずにミサイルを守っていた。新たな指令が飛ぶ。生き残った緑人は人間の形に戻って跳ぶと、マスター・ブレインの周囲に集まった。数は、依然四十体を超えている。俊敏な動きには、GM駆除剤の効果は感じられない。
佐々木は、弾頭を装填しながら、つぶやいた。
「消耗戦を避ける気か? 今度はどんな手で……」
身体は自然にバズーカを構えていたが、心は縮み上がっている。武器は、マグネシウム弾のみ。それが通用しない戦法を仕掛けてくれば、壊滅は避けられない。
緑人たちは、さらに小さく集まった。マスター・ブレインが、部下たちの肩に手を回していく。彼らのヘルメットが、爆発するように弾け飛んだ。四十体の緑人が、一つに融合していく。
佐々木は、操縦者に叫んだ。
「融合させては駄目だ! マグネシウム弾が効かくなるぞ! 突っ込め!」
佐々木は、操縦者の肩にバズーカを固定し、走りながら撃った。兵士たちは佐々木に続き、マグネシウム弾を叩き込む。
間に合わなかった。
マスター・ブレインの精神力は、並の緑人を遥かに超えていた。駆除剤への耐性も、完全だ。融合は、始まると同時に完了していた。しかも、撃ち込まれたマグネシウム弾が発火する前に細胞を切り離し、損傷を押さえた。爆発に包まれはしたが、本体は致命的な傷は受けていない。緑の巨体をうごめかせて、大量のミサイルを包み、守る。そして、反撃に転じた。
氷原に盛り上がった緑の塊から、太い触手が撃ち出される。それは素早く走り回る兵士を搦め捕って、握り潰していった。
佐々木は弾頭の装填を終えると、目の前に迫った触手にマグネシウム弾を撃ち込んだ。触手はちぎれ、のたうった。
〝このままでは全滅だ。どうすればいい!〟
恐怖に震えながらも、佐々木は緑人から目を離せなかった。そして、気づいた。緑人は、位置を変えない。
志水の言葉を思い出した。
『緑人でも、重力には勝てない――』
マスター・ブレインは、巨大に膨れ上がっている。しかも、船団攻撃に欠かせないミサイルを守りながらでは、動きようがないのだ。
〝でかくなり過ぎたのか!〟
佐々木は、にやりと笑った。
氷原の下には、海がある。緑人は、海水に弱い。
佐々木は、マイクに叫んだ。
「奴の足もとを撃て! ありったけの弾を使え! 氷を割るんだ!」
生き残った兵士は、二十組を切っていた。しかし、佐々木のアイデアは瞬く間に理解された。手元に残ったマグネシウム弾は、次々に氷の大地に炸裂し、炎を上げ、加熱した。
佐々木は、スノーモービルの後部からM16を取り出した。貫通力の優れた徹甲弾を装填している。緑人に対しては、蚊が刺すほどの効果もない。狙いは、誘導ミサイルの破壊だった。佐々木は、緑人に覆われたミサイルに向けて、全弾を撃ち込んだ。
ツキは、ついに巡ってきた。
巨大な緑人の下で、ミサイルが炸裂した。マスター・ブレインの巨体が撥ね上がり、炎が噴き上がる。氷原を走る爆風が、兵士たちをなぎ倒した。地響きを立てて、氷原にひびが延びた。氷上に転がった佐々木も、ぐらぐらと揺れた。割れ目から、海水が滲み出す。
白い大地が、陥没した。緑人の周りに、海水が噴き上がる。マスター・ブレインは触手を広げ、氷にしがみついた。しかし、その氷もすでに砕け、氷原から切り離されている。
マスター・ブレインは、無様にもがきながら沈んでいった。
佐々木は、金属的な音を立てて目前に迫る亀裂を、無表情に見つめた。
〝終わったな……〟
そう心の中でつぶやいた時、佐々木の足もとが割れた。
佐々木は、裂け目に呑み込まれ、海水に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます