17

 三体の緑人は、熔けて固まった瓦礫に跳ね上がった。腕をビルの残骸に突き刺し、砕く。鉄骨や配管が混じり合った塊は、パワーショベルで掴まれたように、ひび割れ、剥がされていった。

 地下室まで掘り進むと、土が現れた。穴は、瞬く間に数メートルの深さになった。その底に、直径が二メートルほどもありそうな、黒い球体が現れた。

 上空のヘリが、高度を落とす。装備されたセンサーが、その眼を穴の中の物体に注いだ。強力な電磁波が辺りを覆い、阿部のGMセンサーがびりびりと震える。

 緑人が言った。

〝焼かれる前に、潜ったのだ。表面も損傷していない〟

 阿部は、穴を覗き込んだ。飛竜が身を寄せ、唸る。

「生きているんだな」

 阿部には、中島の波動は識別できなかった。弱い地震のような、かすかな不安定感に捉えられただけだ。

〝目を覚ます。離れろ!〟

 警告が終わらないうちに、黒い球体は殻を割った。緑色の柱が、宙を突く。敵意が、阿部の脳に充満した。

 緑人は、バレエを踊るように、跳び退いた。

 中島は長く伸びた身体を折り曲げて、先端を地面に付けた。尻を引き抜いて、全身を現す。それは、巨大なニシキヘビのようにうねった。

 胴を叩きつけてくる中島を、緑人たちは軽々とかわした。中島は、鎌首をもたげ、全身をバネにして跳ねた。さらに側面から無数の触手を伸ばし、襲い掛かる。緑人たちは、身をかがめ、跳び、ぎりぎりの間合で攻撃を避けていった。

 倒壊したビルに追い詰められた時、緑人は両手をかざして攻撃を受け止めた。その瞬間、緑人の手のひらに、閃光が走った。

 すると中島は、弾かれたように触手を縮めて逃げ出した。

 阿部は、中島の〝痛み〟を感じていた。

 N17は攻撃を避けながら、実は中島の退路を塞ぎ、囲み込んでいたのだ。武器もなく、大きさも劣る彼らだったが、チームワークは緻密で一筋の乱れもない。

 逃げ場を失った中島は、阿部を狙った。ひときわ太い触手を、地面に突き刺す。それはビルの残骸を撥ね飛ばしながら地中を伸び進み、阿部の足もとで飛び出した。

 阿部は、足に絡み付こうとする触手を斬り払った。落ちてのたうつ触手に刀を刺し、投げ捨てる。

 阿部は、中島の考えを読み取った。

「俺を人質にしたって、逃げられん! お前はN17を怒らせた。ツケを払え!」

 初めてN17と戦う中島は、恐怖に理性を失っていた。混乱した思考は交錯した波動となって、周囲の空間に撒き散らされている。中島は、思考を〝箱〟に密封する業までは身に付けていなかったのだ。 中島は人間の形に変わった。ヘルメットが巨体から盛り上がる。

 飛竜が身構えた。

 阿部は頭の中で命じた。

〝よせ!〟

 緑人は阿部に尋ねた。

〝戦うか?〟

 阿部は言葉で答えた。

「奴の最後が見られればいい。片付けてくれ」

〝分かった〟

 阿部の頭に、中島の声がはっきりと聞こえた。

〝ほざくな! 死ぬのはてめえらだ!〟

 中島は、緑人の首に手を伸ばした。緑人は避けなかった。閃光による反撃も、ない。中島は、もう一体の首も掴まえた。

 雄叫びが、空気を震わせる。

「くたばれ!」

 中島は二つの首を同時に引き抜き、地面に叩きつけた。ヘルメットが、割れる。人間の頭は、なかった。複雑に組み上げられた電子部品が、白煙を上げている。

 生き残った緑人が、冷たく言った。

〝間抜けめ。それは私の分身だ〟

 三体の緑人は、一つの頭脳に操作されていたのだ。二体が存在の波動を発しなかったのは、そのためだった。

 中島が言った。

「頭を取れば同じことだ!」中島は、倒した緑人に腕を突き立て、融合を開始した。「てめえの身体、ありがたく貰ってやるぜ! こうなりゃあ、でかい者の勝ちだ!」

 緑人が笑った。

〝かかったな!〟

 緑人は、融合されていく分身に、同じように腕を突き刺した。二つの脳が、死体を介して繋がった。 中島が、反射的に触手を引き抜こうともがく。

「何をしやがる!」

 緑人の声は、穏やかだった。

〝融合の途中では、分離することはできない。細胞が機能を変え、不安定な状態に陥るからだ。今、お前の脳は、私の脳の延長上にある。一つの身体に、二つの脳は要らない。お前の意志の力を、見せてもらおう〟

 緑人は、脳のエネルギーを放出した。間に入った死体の中で、精神力が激突する。瞬く間に、温度が上昇した。

 中島は、果敢に抵抗した。だが、そのパワーは、N17の戦闘員とは比べものにならなかった。中島の意識は、緑人の精神力に押し戻された。

 エネルギーの激突は死体を加熱し、体液を沸騰させた。表皮が沸き立ち、白煙が立ち上る。揺らめく煙は緑人の意識が押し進むに従って、触手を上っていく。

 中島は、身体を切り離せと、自分の細胞に命じた。

 緑人は、小馬鹿にしたように笑った。

〝私に繋がっている細胞は、私の支配下に入った。貴様の身体は、私のものだ。その程度の力では、コントロールは取り戻せん。貴様のような半端者は、どのみち我々の仲間になる資格はないのだ。お遊びは終わりだ〟

 中島は、恐怖よりも困惑を感じていた。

〝そんな馬鹿な……。俺は不死身だ……〟

〝神は、緑人になる者を選ばれるのだ。死ね〟

 緑人は、ボルテージを上げた。エネルギーがぶつかり合う点で、死体の表皮が弾け、めくれ上がった。体液は一瞬で蒸発し、さらに容赦なく加熱される。死体は、ついに炎を噴いた。

 中島は、悲鳴を上げた。

 阿部は、戦う二人を茫然と見つめた。頭には、緑人の笑いと、中島の悲鳴が響き渡っている。辺りを覆った圧倒的な波動が、阿部の背中に激しい緊張を与えていた。しかし、目を逸らすことはできなかった。

 中島の身体を、炎が這い上がる。ヘルメットが、煙に巻かれた。

 中島は、泣いた。

〝熱い……熱いよ……助けて……誰か助けて……〟

 阿部は、股間にねっとりと暖かいものが溢れるのを感じた。中島は、人間が恐怖に反応するように、意識の中で失禁した。その恐怖が、センサーを通して伝わったのだ。

 悲鳴は、唐突に止まった。そして、首が落ちた……。

 緑人は、燃え残った中島の細胞を吸収して膨れ上がった。中島の首を掴み、阿部の前に転がす。

〝褒美だ。好きにしろ〟

 阿部は、ヘルメットを拾い上げた。ずっしりと重い鉄の塊を、そっと開く。

 恐怖に歪んだ、醜い顔があった。阿部が憎み続けた凶悪な姿は、空想の怪物に脅える幼児のように、縮んでいた。

「思い上がりのしっぺ返し、か……。哀れだな……」

 かすかに、中島の声が聞こえた。

〝助けて……死にたくないよ……怖いよ……助けて……〟

 阿部は、無表情に言った。

「お前が殺した人たちに、あの世で助けを請え」

 阿部はヘルメットを落とすと、中島の目に刀を突き立てた。満足感も悲しみも、感じなかった。

 阿部は、緑人に向き直った。

「あんたは、中島を罠にかけるために身体を分けて来たのか?」

 阿部は、緑人が〝箱〟の一部を開いたのを感じた。

〝それも理由の一つだ。この男がどれほどの力を持つか、分からなかったからだ。武器として、分身に電撃を与える電子装置を組み込みもした。しかし、無用の心配だった。意識制御さえ満足に行なえぬ者など、敵ではない〟

「ほかにも理由があるのか?」

〝軍隊に、余計な恐怖を抱かせないためだ。まだ、人類とは戦いたくはない〟

「これからどうするんだ?」

〝任務がある〟

 緑人は、突然腕を空に向けた。待機するヘリコプターに向かって、触手を発射する。その変形力は、驚異的だった。一気に数十メートルも伸びた触手に脚を掴まれたヘリは、バランスを崩しながら地上に引き寄せられた。緑人は、ヘリの揚力に対抗するために、足から伸ばした触手を瓦礫に打ち込んでいる。

 そのヘリには、志水が乗っている。

 阿部は叫んだ。

「やめろ!」

 阿部は、斬り掛かった。飛竜が跳ぶ。しかし彼らは、何をされたのかも分からないうちに、地面に叩きつけられていた。飛竜は、中島が隠れていた穴に落ち、鉄骨に足を貫かれた。緑人細胞にとっては掠り傷だが、絡まった鉄骨が自由を奪った。阿部は、背中を打ちつけ、言葉さえ出せなかった。

〝志水女史は頂く。神とマスター・ブレインが、彼女を必要とされている。命が惜しければ、追うな。追えば、私と戦うことになる〟

 緑人は、ヘリコプターのドアをこじ開け、志水を掴み出した。ヘリのローター音に混じって、空中に吊り下げられた志水の悲鳴が聞こえる。

 阿部は、声を絞り出した。

「よせ……」

 緑人は、諭すように言った。

〝君こそ、無駄な抵抗はやめるのだ。君は殺したくない。だから、追うな。追ってくるのなら、同胞として働くことを決断しろ。この地球は、神とマスター・ブレインが統治なされる。君は、偉大な戦士だ。その力に目覚めろ。ともに地球を救うのだ。我々は、待っている。君が自ら超人への変身を望む時を……〟

 緑人は、気を失った志水を地上に降ろし、脇に抱えた。そして、廃墟の彼方へ消えた。 阿部は、倒れた身体を気力で起こしながらつぶやいた。

「必ず助けに行く。君が化け物にされる前にな……。それまで、頑張れ」

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