14

 周辺の倉庫の屋上から、M42ドラゴン対戦車ミサイルが放たれた。戦車からも、砲弾が撃ち込まれる。歩兵は、重機関銃を乱射した。

 だが、中島のスピードに照準を合わせることは不可能だった。流れ弾が、建物を崩していく。中島を阻もうとする歩兵は、腕の一振りでただの肉塊に変えられた。

 GMアーマーは、無力だった。戦場が、設計のコンセプトから外れていたのだ。GMアーマーは守りの武器であり、逃げる相手を狩るためには作られていない。爆発的な跳躍力で包囲を破ろうとする敵には、手が届かなかった。

 阿部が言った。

「浜離宮へ跳ぶかもしれん」

 佐々木が言い切る。

「思う壺だ。園内は、地雷とナパームで埋め尽くした。川にもガソリンを撒いている。熱で封じ込めてやる」

 だが、中島は、川を無視した。正面から包囲を破るべく、抵抗を続ける。

 志水がつぶやいた。

「あいつ、泳げないのかしら……」

 攻撃に最も有効だったのは、対地攻撃ヘリだった。三機のAH64は、完璧なフォーメーションを組んで空中に停止し、標的を囲い込んでいる。一度は逃げたかに見えた中島が、集中豪雨のような銃弾の凄まじい勢いに押し戻されたのだ。

 中島は、三十ミリチェーンガンの咆哮に圧倒され、倉庫の壁に張り付いた。三機のヘリコプターが、鼻先を沈めてにじり寄る。一斉に七十ミリロケット砲が炎を噴いた。息を詰めた戦闘員は、誰もが勝ちを確信した。

 が、倉庫が吹き飛ぶ寸前、中島の姿は消えていた。

 中島は、逃げ場を空中に求めたのだった。十メートル以上も跳び上がった中島は、腹を吸盤のように使って先頭のヘリコプターに貼り付いた。

 中島はキャノピーを叩き割り、操縦室に手を突っ込んでパイロットを引きずり出すと、投げ上げた。回転するローターで細切れにされたパイロットは、血と肉片の霧となって地上に飛散した。キャノピーが、真っ赤に染まる。

 中島は内部に潜り込み、悲鳴を上げる副操縦士をシートごと引き剥がした。彼を抱えて飛び降りる。 パイロットを失ったヘリコプターは、急激に傾いた。ローターが、僚機に接触した。二機は絡み合い、空中で爆発した。方向を変えようとしたもう一機も、炎に呑まれる。

 中島は、混乱に乗じて姿を消した。

「戦闘機からの攻撃を要請しますか⁉」

 部下の金切り声に、佐々木は思考力を取り戻した。

「もちろんだ。ナパーム弾を撃ち込め!」

 阿部が叫ぶ。

「無駄だ! もう逃げた!」

 佐々木は振り返って阿部の胸倉を掴んだ。

「どうしろと言うんだ!」

「奴の位置を調べろ。それができないなら、核兵器を使うしかない」

「貴様、それでも日本人か! 東京が滅びてもいいのか!」

「人間が消えてなくなるよりましさ。あんたは失敗した。もうリーダーの資格はない」

 佐々木は、部下に命じた。

「こいつを放り出せ!」

 隊員たちは、動かない。

「残念だな。お前は、この街を救えなかった……」

 志水が叫んだ。

「あいつが来る! 阿部さん、感じない? あの男が!」

 阿部の背中に、ちくちくとした痛みが始まった。それは、急を告げるサイレンのように強まっていく。

「中島だ……。来るぞ!」

 佐々木が叫んだ。

「馬鹿な! どうしてそんなことが分かるんだ!」 言葉が終わらないうちに、扉が蹴り破られた。廊下を塞ぐ中島の巨体は、象を思わせる。

 何人かが、エアライフルに向かう。手が届く前に、ライフルは触手に奪われた。

 中島は笑った。

「同じ手は効かん。今度こそ、始末してやる。おい、阿部! 覚悟はいいな!」

 中島は、ぶら下げていた死体を投げ込んだ。コ・パイロットだった。手足と頭をもぎ取られて痙攣する死体は、巨大な芋虫のようにしか見えない。

 阿部は、傍らの日本刀を取った。

「そいつから居場所を聞き出したのか。俺の命が欲しいなら、電話でもしてくれればよかったんだ。どこへでも出向いてやったのに」

 阿部は、鞘を払った。左手に、緑人駆除剤が詰まったスプレーを握る。スプレーは、護身用として各人に配られていたのだ。落ち着いた手付きで、刀にスプレーをかける。その目には、居直りにも似た落ち着きがあった。

 中島が、部屋に入る。

「腕におもちゃを付けたか。大した自信じゃないか。決闘を受けるか?」

「だから、他の人間は逃がせ」

「甘い」

 触手が、すくみ上がっていた隊員を搦め捕った。ずるずると引き寄せて頭をもぎ取り、ヘルメットを開けて脳を啜る。

 阿部は、志水に囁いた。

「隣の部屋に、地下に直通のエレベーターがある。何としても逃げ延びろ……君の頭脳は、失えない」

「あなたは⁉」

 阿部はにやりと笑い、佐々木に命じた。

「五分後に爆撃させろ。刺し違えるぞ」

 佐々木はうなずいた。

「馬鹿な男だ」

「逃げてもいいぞ」

「これ以上、信頼を裏切れん」

 中島は、次の隊員に触手を伸ばす。

 阿部は、志水の身体を突き飛ばした。

〝逃げろよ!〟

〝死なないで!〟

 志水の叫びは、言葉以上に阿部の心に響いた。

 中島が、触手を志水に向けた。阿部は、落ち着いて斬り払う。方向を変える前に、動きが読めていたのだ。

 中島は呻いた。

「やるじゃないか」

 怒りが、志水を忘れさせた。

 彼女は、隣へ消えた。

 阿部は、刀にスプレーをかけ直した。スプレーは、ジャケットのポケットに詰め込む。

「おもちゃのおかげで、戦えそうだ」

 中島がどう動こうとしているのか、手に取るように感じられていた。天性の勘を、センサーが何十倍にも強めているのだ。

「勘弁できねえ!」

 中島は、突進した。

 阿部は身をかわし、片足を斬り払った。中島は、バランスを失って壁に激突した。足の切り口を合わせるが、繋がらない。中島はうろたえて、隙が生じた。

 阿部は、首の付け根をめがけて斬り掛かった。中島が、身を起こす。刃は、肩を斬り込んだだけだった。身を引いた阿部は、中島をにらみながらスプレーをかける。

 中島は、斬り取られた足に触手を打ち込んで、ようやく融合した。そして、首を落とされれば死ぬのだと悟った。

 阿部は言った。

「そうさ、殺すことだってできるんだ!」

「なんで俺の考えが分かるんだ⁉」

 阿部にも答えようがなかった。しかし、中島の恐怖を感じることができる。激しい感情は、センサーに感知されやすいようだ。

 阿部は、間合いを詰めた。中島は転がるように引き下がり、無数の触手を発射した。だが、阿部の動きは速かった。サイバーアームは、力強く滑らかに意志に従った。勢いに乗った阿部は、触手を刻んで押し進む。落ちた細い触手は、すぐに動きを止めた。

「細胞が少ないと、駆除剤に抵抗できないのか! 貴様の身体をこうやって小さくしてやる!」

 中島は、前に飛び出す。阿部が、退く。中島も、身を引いた。

 二人は、部屋の両端でにらみ合った。

 佐々木が、無線にたどり着いていた。

 緑人が、佐々木の狙いを察知した。触手が飛ぶ。しかし、それも阿部に斬り落とされた。

「最終命令だ! 作戦本部を――」

 中島は、落ちていた機関銃をすくい上げた。無線機を撃つ。指令が戦闘機に届く寸前に、無線機は火花を散らした。佐々木も、肩を撃ち抜かれて崩れる。

 阿部が突進する。

「死ね!」

 振り上げられた刀が、機関銃を握った腕をなぎ払う。刃は、首へ向かった。中島は、ヘルメットを沈めた。刀はヘルメットを直撃し、折れた。中島は、球体に変わった。

 隊員の一人がスプレーを投げつけ、機関銃で撃ち抜いた。駆除剤の霧が、中島に降りかかる。

 阿部は、中島の苦痛を感じた。

「いいぞ! もう一発だ!」

 しかし、隊員は触手に貫かれた。それでも、中島の変形力は急速に弱まる。

 阿部は、隊員に命じた。

「スプレーを集めろ! 俺が斬り刻む。駆除剤をかけるんだ!」

 阿部は、半分の長さになった刀で、触手を斬り取った。のたうつ中島の断片に、恐る恐る近寄った隊員たちがスプレーを吹きつけていく。

 中島は、削られるばかりだった。

 阿部は、中島が逃走を決意したことを嗅ぎ取った。

「危ない!」

 中島は、標的を変えた。スプレーの缶を持って床を這う隊員を、搦め捕る。その身体を、阿部に投げつけた。

 阿部は、飛び退いた。もう、折れた刀は届かない。

「じじいめ! 勝負は次だ!」

 球体は窓を破って、空中へ飛び出した。

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