10
志水健造は、インターホンで地下に連絡を取った。しばらく言葉を交わして受話器を置くと、阿部を見つめる。
「最悪です。ついて来てください」
「入られたのか?」
うなずいた健造は、かすかに震えていた。小走りで温室の反対側に向かいながら、早口で説明する。
「GMは武装ヘリコプターで攻撃してきました。警備班は全滅……今、屋上の強化ガラスを破ろうとしているそうです。五分と保たないでしょう。地下コントロールは、監視を続けていますが、手出しはできません。下の研究セクションは閉鎖されました。空気の供給も含めて、クローズドシステムに切り変わり、十時間は内部からも開けられません。そうして、軍の到着を待ちます。我々は取り残されました」
志水が言った。
「どうするの?」
「戦うか、隠れるか。ドアは全てロックされた。どうせ、逃げたって外は砂漠だ。生き延びられる保証はない」
阿部たちは、リンボクの間を走った。暑さと恐怖が、汗を絞り出させる。GMセンサーの〝警告音〟は、脳に広がっていた。不快感を無視するのに、相当の精神力が必要だった。
「うっとおしい音だな。奴ら、なんだって俺の後ばかりついてきやがるんだ……。襲って来たのは何人だ?」
「五人。あなた、緑人と戦ったことがあるんでしたよね」
声に期待が込められている。
「逃げ回っていただけで、腕を取られちまったんだ。あんたこそ、武器を作ったんじゃないのか?」
「しかし、完成品は地下セクションでね。ここには試作品があるだけで……。ほら、そこの倉庫に」
ガレージを思わせるシャッターが、壁に付けられていた。健造は、かがんでシャッターに手をかける。
「ちっ! 誰が鍵なんか掛けたんだ!」
廊下から、女の悲鳴が聞こえた。逃げ惑う白衣が見える。それを追う、数人の緑人。彼らは、一階まで侵入していたのだ。緑のゴリラには、黒いヘルメットが載っている。
一人が、阿部たちに気づいた。
阿部は、溜め息を漏らした。
「五分は持ちこたえられるはずじゃないのか?」
志水も焦っている。
「ここも自動ロック?」
「いや。ただの倉庫だから……」
シャッターの真ん中に、鍵穴が付いている。志水は、右手を鍵穴の脇に突っ込ませた。薄い鉄板は、簡単に破れた。鍵をまるごと引き抜いた志水は、裂けた人工皮膚を兄に見せる。
「ちゃんと直してよ」
「その調子で奴らも追っ払ってくれればな」
志水はシャッターを開けた。兄が照明を点ける。阿部は、背後を確認した。
温室に侵入した三体の緑人が近づいていた。ヘルメットのデザインは、中島が被っていたものと同じだ。違いは、額に白いステンシル文字で〝N17〟と記されていることだけだった。
阿部はシャッターを下ろしながら、つぶやいた。
「中島は、奴らの手下だったのか……」
シャッター越しに、甲高い笑い声が響く。
倉庫には、軽自動車ほどの装甲車が格納されていた。一台で、ほとんどの空間を占領している。壁一面に、園芸用具や車の修理用具が引っ掛けられていた。阿部は、スコップを取った。握りを棚の下に噛ませ、先端をシャッターの下部に引っ掛ける。原始的な鍵だ。
志水が、呆れたように言った。
「おまじない?」
阿部も、それで侵入を防げるとは思っていない。
「いきなり開けられたんじゃ、心の準備もできない」そう言って、武器になりそうな物を探した。バールや消火器、ペンキの缶……刃物は、大工用具だけだった。「せめてナタでもあれば……」
頭上で、スピーカーが早口の英語をまくし立てた。阿部は、スキを握りしめて身構える。
志水が説明した。
「地下からの内線よ。モニターで見ている状況を、知らせてくれたの。出口を三人に塞がれたわ」
阿部はうなずいた。
「分かってる。さっきから話し声みたいなものが、背中でむずむずしている」
「あなたも? 慣れたら、奴らの言葉を理解できかもしれないわ」志水は、壁のスイッチを操作し、マイクに何事かを話した。スピーカーが返事をした。「こちらの声も聞こえているわ」
健造は、装甲車の前面のハッチを開けて、中のパネルを操作していた。エンジンがかかると、妹に命じる。
「入れ! 中なら生き延びられるかもしれん」
「操作が分からない」
「逃げ回っていれば、軍が来る」
「待ってくれるもんですか。何とかやっつけなくちゃ。GMアーマーは兄さんが使って。私はこれで戦う」
志水がGMアーマーのコクピットから取り出したのは、駆除剤が入ったエアライフルだった。急遽生産され、配備を進めている途中だったのだ。
阿部が叫んだ。
「銃はまだあるのか!」
「これだけ」
兄が言い添えた。
「普通のライフルなら、奥のロッカーにある。豆鉄砲みたいなものだが……」
阿部は、ライフルを探しに向かった。志水の後ろを擦り抜けながら、聞いた。
「毒は効くと思うか?」
「胸に撃ち込めば、一人は倒せる」
「射撃の腕は?」
「モンタナで、鹿を五匹。あなたは?」
「苦手だ。ライフルも使ったことはない」
「私の仕事ね」
健造が気づいた。
「お前の駆除剤なら、そこに予備があるぞ」
棚に載ったガラス瓶には、緑色のドクロに赤いバツ印が描かれていた。コーラの缶ほどの瓶に、コルクの栓と封印がしてある。
「注射器がなくちゃ……。やっぱり、銃で倒せるのは一人だけね」
GMアーマーに腹這いになって潜り込んだ健造は、ぼやいた。
「後の四人は、俺の割り当てか? たまには、お前の兄貴でよかったと思わせてくれよな……」
健造は、ハッチを閉めた。同時に、シャッターが揺れ、スコップが折れて飛んだ。シャッターが開けられる……。
GMアーマーがキャタピラを軋ませ、飛び出した。不意を突かれた緑人は、押されて後退る。緑人の注意は、GMアーマーに集中した。
志水は、シャッターを閉めた。鍵を取り去った穴からエアライフルを突き出し、狙いを定める。
志水は、自分に命じた。
「チャンスは一度だけ……絶対に外せないのよ……」
阿部は、二挺のライフルと弾薬を、志水の脇に運んだ。腕が、志水の背に触れた。とたんに、熱い感情が胸に流れ込む。
志水が、はっと振り返った。
阿部は、困り果てたように尋ねた。
「あんた……恋をしたことはあるか?」
志水は目を丸くしてから、怒鳴った。
「なによ! こんな時に!」
阿部は、無様にうろたえた。
「なんだか妙な気持ちに……いや、変な意味じゃないんだが……装置の副作用かと……すまない……」
志水は、不意に顔を赤らめた。
「そんなことって……」
「まさか、あんたも?」
「なんだか分からないけど、さっきから……」
志水も、阿部の存在に胸を高ぶらせていたのだった。
「センサーのせいか?」
「取り付けた者同士の心を繋げる……そんな効果もあるのかも……」
二人の間に、緑人の敵意が割って入った。
阿部は、背を伸ばした。
「詮索は、生き延びてからだ」
ライフルを、握る。しかし、顔つきは冴えなかった。的に当てる自信はないし、どうせ弾丸では倒せない。
「やっぱり飛び道具はなじまん……」
改めて壁を見渡した。常にそうであったように、追い詰められて冷静さが生まれていた。その姿は、惚けていると言ってもいいほど、落ち着いている。
道具の中に、頑丈そうな鉄の定規があった。長さは約一メートル、幅は五センチ程の直線定規。それを手に取った阿部は、両手で軽く振って凄みのある笑いを浮かべた。
「やっぱり両手があるといいもんだ。これで戦える」
志水は、呆然とつぶやいた。
「そんな物で……?」
外では、兄が命懸けで戦っている。品の悪いジョークとしか思えない。
阿部は、定規の脇に掛けてあった革の手袋を右手にはめた。
「刃物の方が、奴らには効く。日本の伝統を、アメリカさんに見せてやる。外へ出ないか」
阿部の強気な態度に、志水は肩をすくめた。
「そうね……自由に逃げ回れるものね」
阿部は、駆除剤の瓶を二つ、ポケットに詰めた。志水が、シャッターを開ける。
二体の緑人が、GMアーマーを掴んで、ひっくり返そうとしていた。キャタピラは、力ずくで回転を止められている。エンジンが唸り、オイルが焼ける匂いが漂っていた。コクピットからも、煙が立ち上っている。もう一体は、阿部たちを牽制しながらも、手を出さずに見守っていた。
GMアーマーからは機関銃を付けたアームが伸び、弾丸を撃ち込んでいる。が、効果はない。弾丸は、緑人の柔軟な身体を突き抜けてしまうのだ。緑人の触手は、鋼鉄のアームを簡単に捩り取ってしまった。
阿部は叫んだ。
「首だ! 首を撃ち落とせ!」
厚い装甲板に囲まれた健造に、聞こえるはずはなかった。だが、彼もされるがままにはなっていなかった。GMアーマーの上部から、別のアームが現われる。緑人が握ったとたん、火花が散った。
阿部と志水の脳に、緑人の悲鳴が炸裂する。飛び退いた緑人の手は、焦げて白煙を上げていた。
志水が、冷静に分析した。
「高圧電流よ。致命傷とは言えないわね」
その隙に、GMアーマーはもう一つのアームを繰り出していた。先は太い針になっている。針は、キャタピラを押さえたもう一体の首に突き立てられた。
GMアーマーのエンジンが、火を噴いた。同時に、緑人の動きが止まる。
ハッチが開いて、健造が転がり出た。身体は、白煙にまみれていた。足を引きずっている。口に当てていた小型の酸素ボンベを捨て、這う。阿部が走り寄り、GMアーマーから引き離した途端、コックピットが爆発した。
「大丈夫か!」
「ああ……。奴は?」
「動いていない。死んだのか?」
「強力な麻酔薬を打った。人間なら百人は殺せる。さっさと駆除剤に替えておけばよかった……」
「試作品でも、役に立ったじゃないか」
「改良すべき点が分かったよ。あんな化け物が相手じゃ、地下に隠してあるタイプでも歯が立たない……」
三体目の緑人は、相変わらず動かなかった。阿部は、考えが読めたような気がした。
「楽しんでいやがる……」
と、頭上から砕けたガラスが降った。新たな緑人が、三階から飛び降りようとしている。
健造は、すくみ上がっていた。
「地下には入れなかったわけだな。しかし、もう戦う方法はない……」
阿部は、エアライフルを構えた志水に言った。
「よく狙え。首の付け根だ」
志水はうなずいて、高圧電流で意識を混濁させた緑人を狙う。引き金を引く。発射された注射器は、肩に刺さった。耐性がない個体には、駆除剤の効き目は劇的だった。
茶色に変わった組織を切り離す前に、脳との接続部分が枯死した。緑人は猿のような悲鳴を上げて、のけぞった。激しく痙攣する姿は、巨大な洗濯機に揉まれてでもいるように見える。そして、動きを止めた。阿部たちの脳に、断末魔の呻きが届く。
阿部は、やけくそぎみに笑った。
「いい腕だ」
新たに二体が迫っていた。三体の緑人は、阿部たちの戦力を分析している。
一体が、枯死した仲間に手を触れた。一瞬、指先が変色する。しかし、すぐに鮮やかな緑色に戻った。
志水がつぶやく。
「あいつがリーダーかしら……。もう耐性ができてしまったわ。ワクチンを打ったようなものよ」
さらに二体が、リーダーの肩に手を置き、抗体を譲り受けた。包囲が縮まる。
「三対三か……」
後退りながらぽつりと言った阿部に、志水が応えた。
「武器はおしまい。でも何とか殺さなくては。抗体を持って出られたら、人類が滅ぼされてしまう」
「どうやって逃げ出そうかと悩んでいたんだがね」
阿部は、定規を握りしめて、進み出た。
緑人たちは笑った。
志水の兄がつぶやく。
「カミカゼか……」
「どうせ、見逃してはくれん。何か、忠告は?」
志水が、ライフルを構える。
「耐性ができていても、細胞の再生は防げるかも知れない。変形力は、押さえられたもの」
「傷口に毒を付ければ、繋がらないってことか」
「あるいは、ね」
「賭ける」
阿部はポケットから出した駆除剤の栓を抜いて、定規に振りかけた。
緑人のリーダーは、再び声を出して笑った。
阿部は叫んだ。
「笑え! 俺は、笑われるほど本気になれるんだ!」
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