第11話 事件
ある日の夕方のニュースでその事件は報道された。
数日前から行方不明となっていた19歳の女性が、山奥で遺体で発見された。遺体の状況から何者かによる殺人事件であると断定された。
争った形跡はなく、暴行された形跡もない。おそらく不意をつかれて抵抗するまもなく殺されたように見える。知り合いか、または、安心できるような相手だったか。
その女性は大学生で、友人らの話によれば特別変わったことはなく、どちらかと言うと真面目で大人しい性格だったという。特にお金に困っていたという話も聞いていないし、大学ではサークルに入り、土日は家庭教師のアルバイトをしていたとのことだ。友人らの話では付き合っていた男性の話なども聞いたことがないそうだ。なお「友人ら」と言ってはいるが実際は友達も少なく、同じ学部、学科であるにも関わらず彼女の存在すら記憶がないと話した人も多かった。ただ一部の友人の話では最近PLLWサイトを利用していたらしい。
PLLWサイトの利用者によるトラブルはよく報道される。もちろんこの事件についても多くのメディアが取り上げ、そしてPLLWサイトが一部メディアや評論家から特別非難された。評論家達はサイトの匿名性を止めるべきだ、すべてを追跡可能にすべきだ、厳格にアカウント管理すべきだ、と騒ぎ立て、一部からは悪の温床だから閉鎖すべきとの意見まで上がった。
実にナンセンスな話だ。PLLWがなかったとしてもこの手の犯罪は起きる。サイトやサービスの存在自体を悪にすべきではない。悪いのは犯罪者なのだ。
徳間は、自由な恋愛の環境を作るのが使命であり、匿名性はそのままにする、かつサイトでは実世界との混同は控えること、責任を負わないことを明記しているので問題ないと改めて明言した。その一方で、PLLWサイト内の悪事の検知の機能強化に取り組むためのチームを立ち上げ、改善に取り組み始めた。
■
外は少し曇っている。どんよりとした街の様子が気持ちを重くする。
愛菜はショッピングストリートをブラブラと歩いていた。最近、風花がより多くちらつくようになった。本当に雪でも舞っているかのよう。でもまだ季節は秋だ。
昨日は、また居心地の悪い酒場街を歩いた。たまにここで、不思議な人を見るからだ。格好は普通の格好であるが明らかに遊びに来ているように見えない、まるで仕事でもしているかのような振る舞いをする。あれが「空を飛ぶ少女」の言っていた殺し屋だろうと思う。そして昼のショッピングストリートでもまれにそういう人を見かける。
ウインドウショッピングのフリをしながら歩く。
「こんにちわ。お一人ですか?」
若い男から声がかかる。でも即座にごめんなさいと謝る。変に関わってあとでAIであることが悟られると、嫌な態度を取られ傷つく。何度も何度も経験してきたことだ。その場で少し嫌味言われるくらいのほうがまだマシだ。以前は少し嫌な気分を感じる程度であったが、最近はどんどん自分って何なのだろうと落ち込んでしまう。お願いだから誰も私に構ってほしくない、背中に「私に話しかけないでください」という張り紙でも貼っていたいくらいだ。
案の定、男は少し残念そうな素振りをして去っていった。私も傷つきたくないし誰も傷つけたくない。自分の性格に罪悪感を感じる。
部屋に戻る。部屋の1階にいるとお店と勘違いされて中をジロジロと見られて落ち着かない。奥の扉を開け、小さな階段を登り2階の狭い部屋に閉じこもる。机と椅子とベッドと絵描き道具のある部屋。他にはなにもない。正面の窓が小さく光もあまり入ってこないため日中でも薄暗い。特にこんな天気だとなおさらだ。。
ライトをつけることもなく小さい窓から外を見る。窓辺にいる猫のようにじっと外を眺める。しかしその日は、殺し屋らしき人は見かけなかった。
数日後、夕方、部屋の小窓からショッピングストリートを眺めていると不思議な女性がいるのが見えた。
スーツのような服装で、道のセンター寄りをまっすぐ歩いている。手にはスマートフォンのようなものを持っていて時たま画面を確認する。店の窓を眺め物色している様子はなく、たまにキョロキョロと辺りを見渡している。人の様子を見ているようだ。すぐさま階段を降り、家を出、その女へと横から近づき、肩のあたりに手をやる。
AIは、そのアバターに体の一部を入れることで、そのアバターのプロパティの一部を確認することができる。一般の人であれば、ユーザID、ニックネーム、ハッシュ化されたパスワード、メールアドレス等が確認できる。しかしAIの場合は、メールアドレスはない。この女にもそれが見当たらなかった。
女もこちらに気が付くと、驚くこともなくこちらのプロパティを確認した。
「あら、AIのお子様ね。急に何の用かしら。」
表情は変わらない。その見つめる目は、優しいようにも見えるし、冷たくも見える。
「失礼ですが、あなたもAIですよね。もしかして殺し屋さんですか?」
「あら、変な質問。一応、『違います。』と答えておくわ。そしてその質問はもう二度としないで。」
目をそらし、「では、さようなら」とばかりに歩き始める。
「す、すみません。」
「何か用かしら?」
「あの・・・。人を探しているのです。」
「あら、私もよ。」
「あ、あの・・・。何かにお役に立てれば・・・。」
「あなたが?」
鼻で私をあしらう。こちらを見下すその目はより冷たさを際立たせる。
「で、あなたは、誰を探していると言うの?」
「私の父か母を・・・。あの何かわかりませんか?ヒントになることでも何でも。」
探してどうするの、とその女は訪ねてきた。理由を端的に伝えると、その女は少しだけ付き合ってあげると言い、どこか人目のつかないところがないか訪ねてきたので私の家の中へと招待した。
その女は名を美弥子と名乗った。
「あまり殺し屋のことは知られてないはずだけど、あなたは誰から聞いたのかしら?
まあ、いいわ。確かに、あなたのIDから、本部の履歴データを参照することであなたのご両親のヒントとなることは教えてあげられるかも。でもこれはあまりやってはいけないこと。条件次第だわ。」
「あ、あの・・・教えていただけませんか?」
「その前に、私も人を探しているの。男なんだけど。または男になりすました女。そっちのほうが可能性が高いわ。」
「男になりすました?」
「そう。この世界には性別を偽っている人が沢山いるの。だいたいは、冷やかし、遊び、趣味。でも中には犯罪を目論んでいる者もいるの。女を装った男であれば、つつもたせとか、女を騙すため、男を装った女の場合も女を騙すため、または変質の趣味。」
「すると、美弥子さんが探しているのは・・・」
「そう、犯罪者。真の動機は何か知らないけど、人間の世界ではひどい事件が起きているわ。そして、本部は男を装った女だろうという見方が強い。」
じっくりと数日間を振り返る。一つ気がかりがある。
「あの・・・。私もはっきりとはわかりませんが、一つだけ知っている情報があります。それを教えたら、私の両親の情報を教えていただけますか。」
美弥子の冷たい目が少し和らぐ。少し考えたのち「いいわ」と美弥子は答えた。
私は数日前に来たAIの男の事を伝えた。美弥子は「なるほど」と言うと、数日後、この家宛に両親の情報を送ると約束し、家を去っていった。
少し躊躇いはあった。別に悪い人ではなかったし、同じAIで同じ処遇を受けてきたであろう同類だ。
そして数日後、家に母の情報が送られてきた。
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