第10話 PLLW
この世界、PLLWサイトは恋愛に特化したおいたコミュニティーサイトである。
このサイトを利用したい人は予めアカウント登録が必要である。登録すると自分専用の3頭身のアバターがもらえる。利用者はPLLW内の世界の中でそのアバターを操作し、他のアバターに話しかけたり、一緒に行動したりして交流を楽しむことができる。
初期のアバターは、洋服や容姿などごく一部の設定しかできない。ポイントを集め、そのポイントで服装、容姿などを購入して増やし、どんどん自分好みのアバターを作っていく。ポイントは他の人に話しかけた回数や、この世界の各場所へ行った種類や回数、また、イベントへの参加などある一定の条件を満たすことで得ることができる。もちろん現金で買うことも可能だ。手っ取り早く自分のアバターを飾りたいと思う者は課金をする。人によっては多額の課金をするものもいる。
アカウント登録は非常に簡単でメールアドレスさえあればできる。このあたりは婚活サイトとは違って緩い。メールアドレスを入力し、ユーザーID、ログインパスワード、ニックネーム、性別などを入力すればアカウント登録完了ですぐに利用できるようになる。サイトは15歳未満の利用はお断りしているが、年齢確認等の手続きも行っていない。小学生が利用しいてるという話も噂でちらほら聞く。また、未婚者を想定して作られたサイトであるが既婚者の利用も多いようだ。夫婦生活に飽きた男女が青春時代を思い出しながら利用しているという話もよく聞く。
なお、PLLWのPはピュア、またはプラトニック、LLはラブラブ、Wはワールドであり、その頭文字をとったものである。実に単純な名前である。
このサイトでの恋愛は基本的には相手とのコミュニケーションであるが、面白いのは恋愛に特化した仕掛けが豊富にあるところだ。
購入することで得られるアバターを飾るための容姿は、男は、男性アイドルのようなルックス、茶髪、金髪、体の筋肉を増強、ブランド物など多種多様にあり、それらを使って俳優やホストのように着飾ることができるし、またアニメのキャラクターのように着飾ることだってできる。女も可愛い格好、大きな目、ぷにぷにした唇、理想的なスタイルなどを設定することができる。特に女の服装はこれでもかというほど種類が豊富で、普通のかわいい普段着の他に、制服、アイドル服、体操服、レースクイーン、レオタード、水着、チアリーダーなどフェチな男が喜びそうなものも何種類も準備されている。また下着の種類もこれでもかというほど豊富だ。
またアバターはいろいろなアクションをさせることができ、特に恋愛に特化したアクションがとても工夫されていて面白い。このアクションもポイントで購入することでどんどん増やすことができる。男は、上半身裸になって筋肉を見せびらかす、目や胸からハートが飛び出る、鼻血ブーする、下腹部をもっこりさせるなんていうアクションまである。女に関しては男を誘惑するためのアクションが豊富で、かわいいダンスをしたり、投げキスしたり、スカートを少しめくってチラ見せ、風を勝手に発生させモンローポーズ、胸を寄せて巨乳アピール、乳首をぽろりするなんてアクションまである。男女共通で、手を握る、肩を寄せ合う、抱き合う、キスをするなどのアクションも当然ある。現実世界で公然でやると恥ずかしいことがこの世界では堂々とできる。
アイテムも豊富で、デートのときに渡す花束、贈り物、などもお店で購入することができるし、趣味が合ったカップリであれば同じ趣味の道具を買ってラブラブ感をアピールしたりすることもできる。また大人のおもちゃを売っている専門店もたくさんあり、購入し利用することもできる。
PLLW内にある世界も面白い。男女が恋愛するのに相応しい、ショッピング街、海や砂浜、公園、遊園地、お祭り、花火大会、学校の屋上、大衆居酒屋、スナック、動物園、水族館など様々な場所が準備されている。お祭り、花火大会など季節に関係なく年中やっているし、打ち上がる花火の種類も定期的に変わる。利用者は好きなところにデートしたり、一緒にイベントに参加したりし、思いのままの恋愛が楽しめる。大衆居酒屋、スナック、学校などでは、まだパートナーの居ない利用者が自分のパートナーを見つけるためきっかけになるようなイベントがたくさん用意されている。合コン、お見合いパーティー、サークル、部活、グループでのデートなどだ。
掲示板にはサイト管理者や利用者が企画した様々なグループイベントがあり、それに申し込むことで気軽に参加できる。参加した結果、恋人が見つからなかったとしてもポイントがもらえるので参加するだけでもメリットがある。
またラブホテルも存在する。ラブホテルの部屋は本物そっくり、いや、現実以上に充実した造りと言っても過言ではないほどになっており、本当に擬似的にセックスができる。お互いのアバターが服を脱ぎ、キスして抱き合う。ペッティングやセックスの体位まで様々に準備されていて、実際にアバター同士、選択したアクションに合わせて動く。お互いが生身の愛の言葉を交わし合いながら動かすことによって不思議なドキドキ感が得られ、噂ではこれが女性にとても人気があるようだ。危険な目に遭わずに体験ができるところが良いのであろう。男性にとってはエロゲーでもしているかのような感覚になりちょっとした興奮が得られる。
これのせいで、童貞なのにラブホテルの造りに詳しかったり、擬似的に童貞を卒業した男がいるというおかしな状態も生まれている。PLLWを利用したことない人や知らない人にとってはあまりにも気味の悪い男のように見える。
そして、そのセックスにより一定の確率で子供まで授かる場合がある。そう、この世界で、出産や家庭を持つ体験までできる。
産まれると、その子はAIにより自動的に動き育つ。最初は可愛い声で泣き、やがて寝返りをうちはじめ、数日後にはハイハイで歩くようになり、その数日後にはヨチヨチ歩きを始める。つまり、カップルはこの仮想の世界で子供を育て、家庭を築く体験までできてしまう。しかしながら、大抵は父親のほうが面倒を見ず、母親の方も特に育てる義務もないため子育てを放棄し、子供のAIは宙ぶらりんになる。やがて、父親か母親のどちらかのアカウントが退会、または削除されるとその子も自動的に消滅する。消滅するまでは、数ヶ月間で成人まで自動的に育ち、その後はこの世界を自由気ままにさまよう。一般のアバターと同じような形をしているため、見ただけでは利用者との区別はつかない。
SNS上にもさまようAIについての噂は広がっている。恋愛していたらAIだったなどの投稿もたまに見受けられる。これはサイト管理者にとっても予想外の出来事であり、定期的に掃除することも検討したらしいが現状はこの世界の一種の特徴としてそのまま残している。
■
創業者である徳間尚道(とくましょうどう)は、自由で開かれた恋愛こそが人をより成長させ幸せな世界を作るという信念のもとこのサイトを立ち上げた。本当に人を好きになり、恥ずかしい気持ちになり、そして好きな人に告白し、失敗し、成功し。男女が付き合うことでお互いのすれ違いを感じどうして良いかわからなくなり、悩み・・・。そのような経験が人間の成長の過程で非常に重要な価値のあることであると信じている。
徳間はあるきっかけから最近の恋愛事情は、昔と違い純粋ではないと強く感じたという。そこで自由な恋愛ができる場を作りたかった。そういう思いからこのサイトはできた。
徳間自身は、意外と女性には縁があり、モテはしなかったが中学校のときから彼女がいてデートしたり、普通に会話したりしていた。
社会人になったときに、新卒で入社した会社の直属の上司にひどい目にあった経験を持つ。その上司は40過ぎぐらいの男で、丸坊主で中年太りした男だった。お世辞にもイケメンなどと言えるようなルックスではなく、鼻毛がいつも出ていた。会社は私服が許されており、全員私服で仕事をしていたが、その服装の趣味も変な戦争マニアかと思うような格好でとても会社で仕事するのに相応しい格好とは言えず、しかも毎日のようにその服装で出社していた。それしか服を持っていないと思うほどだ。いや、おそらく実際にも持っていなかっただろう。結婚はしておらず独身だった。毎日のように夕飯に脂っこいラーメンを食べているようで、よく仕事中にどこそこのラーメン店が美味いとかいう話をしていた。そのせいか高血圧のようで病院に通っていると言っていた。
その上司は恐ろしく自己中心的で何についても一方的に話を押し付けてきた。仕事の進め方も恐ろしくなるほど非効率でかつ勘違いが多くお世辞にも仕事ができる人とは言えず、そのうえこちらが仕事の間違えを指摘しても自分の非を一切認めない人であった。彼の上長にあたる部長に指摘されると、何度か筋違いの説明をして反発し、やっと非を認めたかと思うと、その後延々と言い訳をし、時には部下であった徳間のせいにもされた。
やたらと話やメールの文章が長くて余計なことまで延々と連ねるため、皆、彼のことを敬遠していた。内容も物事に対する理屈が根本的におかしく、論理的でない。その上、それを少しでも否定しようものなら急に不機嫌になる。場合によっては反撃に転じて部下に対し嫌がらせをすることもあった。
ある日、いつも通り押し付けて来た仕事があまりにもおかしかったために、徳間は彼に対し「それは違うと思う。」とはっきりと言った。するといつもどおり機嫌が悪くなったかと思うと、半分泣き出しそうな顔になりながら俯き「何が悪いんだ。俺が何を悪いことしたって言うんだ。」とグチグチとつぶやき始めた。それからしばらくすると、急に2人で会議をしようと無理やり個室となっている会議室に連れられ、自分と意見が合わなかった過去の事例についてを一つ一つあげ、それについてを一から説明し始めた。その説明一つ一つも筋が通っているような説明に聞こえなくもないが、よく考えるとまったくの言い訳や屁理屈といった内容だった。しかもその説明一つ一つがやたらと長く、恐ろしいほどの無駄な時間を費やされた。
その日を堺に、急に彼の態度が激変した。メールやチャットなどの文言に対し、なぜか、それを自分への嫌味、攻撃と勝手に思い込み、都度、徳間に対して叱責し始めたり部長にその事を報告し始めた。例えば彼から返ってきたメールに対し、「これは、こういう意味ですか?」と徳間が返すと、「俺の説明が悪いかのような事を言うな!」と言った具合にだ。しまいには、上司に対する部下の嫌がらせだ、逆パワハラだと訴え初めた。
たまらず徳間は部長に相談した。部長は、たまには飲みにでも行くかと徳間を誘うと、心底呆れた様子で彼について次のように語った。
「女性経験がないからなんだろうな。」
数秒、口が開いたまま固まった。何をいい出したのかわからなかった。冗談だと思ったが、部長はいたって真面目な顔つきだ。
「え、どういうことですか?」
そう聞くと、日本酒を片手に机の脇の方を見ながらしみじみと次のように続けた。
「若い頃から外見に恵まれず、女に全く相手されずに過ごして、そのまま大人になってさ。自分がモテない、相手されないってことに傷ついて、でもそれを認めたくない、隠したいって思って、嘘で身を覆い隠し、そのまま大人になったんだよ。そんで、プライドが高い、傷つきやすい、痛いところを少しでもつかれると自分の身を守るためにキレるんだよな。きっと。」
「嘘で身を守るって。」
「嘘ばっかじゃないか。理屈も全部矛盾だらけで、すべて論理が真逆でさ。」
確かにそうだ。
「女性経験ないって本人が言ってたんですか?」
「いやあ、あんなんじゃ、どう考えたって女が寄ってこないだろう。俺が女だったらあんなのと絶対にしないよなあ。
コンプレックスのせいで一皮剥ければもしかしたら変わるかもと思って、昔、風俗に誘ったことがあったんだ。出張した先の近くに、風俗街があってさ。もちろん冗談半分で。そしたらすごく機嫌を悪くして、『汚らわしい、不純だ、不潔だ、軽蔑に値する』とか言い出してさ。しまいには、僕は女には興味がないとか言ってたよ。」
「はあ・・・」
「でもって、あんまり仕事も出来んだろう。真面目なのはいいんだけど全く融通効かないし、無駄だらけだし、何でも話を面倒にするし。
仕事の能力が低いことも認めたくないがために、同じように何重にも嘘で身を覆い隠してさ。だからありもしない事実をでっち上げたり、屁理屈並べていっつも言い訳する。誰が聞いたってすぐ嘘だってわかる嘘も平気でつく。それが癖になってて、たぶん自分が嘘ついていることや、おかしいことすらわからなくなってるんだよな。」
異常に傷つきやすい、理屈が根本的にずれていておかしい、プライドが高い。言い訳ばかりする。確かに彼の特徴だ。
部長の言っていることも変な理屈に思えなくもないが、言われてみるとそんな気がするし辻褄が合っている。
「女性経験がないからあんな性格になっちゃったとも考えられますが、あんな性格だから女性経験がないとも考えられませんか?」
「知らんよ。まあどっちもだろうなあ。全部が女性経験がないせいではないと思うけどねぇ・・。困るよねえ。」
部長はため息交じりに、そのようにフォローした。
徳間にとってそのことはあまりにも衝撃的だった。
その職場は、彼の性格に我慢できず、その数カ月後に退職した。あんな人間でも会社員は簡単にクビにはできないのだ。次の職場の直属の上司は幸い普通の人だったが、別の部署で「あいつはやばい」と噂されていた人はやはり40過ぎで独身の、これもお世辞にも格好いいとは言えない小太りの男だった。(女性経験がないかどうかはわからないが。)
徳間はそのような経験から、恋愛、男女関係は人が成長する上で重要、かつ不可欠なものだと強く思うようになった。
しかしながら、近年は恋愛に関しても特にリスクを伴う。変に告白して振られればまたたく間にスマートフォンを通じて情報が流れ噂になる、気楽に恋愛をしていたが性格が合わず別れ話を切り出すとたちまちリベンジポルノの餌食となるなどといった問題も発生する。男に関してはインターネット上でいくらでもアダルト動画が見れるし、二次元の可愛い女の子たちもわんさか存在して性欲のはけ口に困らない。これらの理由が恋愛に対し消極的に働いてしまう。もっと気軽に純粋な恋愛ができる環境が必要とだと考えた。PLLWはそのような強い思いの元生まれたサイトだ。
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しかし、創業者の気持ちとは裏腹にこのサイトに対してはさまざまな物議を醸している。
開設してからすでに5年が経過するが、特にここ最近では、悪意のある者による犯罪が問題視されている。特にPLLW内で出会い、その延長で実世界でも出会ったときのトラブルや詐欺、犯罪などだ。徳間は、あくまでPLLW内での出来事はPLLW内での出来事ととして、その延長で実際に会ったりすることは推奨せず、なにかトラブルがあっても責任を負えないと規約で明言している。しかしながらPLLW内でカップルになり、意気投合し模擬セックスまでした男女が実世界でも会いたくなるのは当然であって不思議なことではないし、それを我慢するのは不可能に近い。特に子供まで出来て家庭まで築いた夫婦ならなおさらだ。
アカウントはメールアドレスさえあれば作れてしまう。捨てアカを作成すれば一人で複数作成することもできるし、またいくらでも身分の詐称をすることができる。
特に多いのが男が女になりすまして男を誘い、脅迫したり金品を要求したりする、いわゆるつつもたせに近い行為だったり、また寂しそうな女の子に声をかけて勧誘するなどの犯罪が横行している。
徳間はこれを問題視し、開設して2年ほど経過したときから利用者の行動監視とデータ蓄積、およびAIによる犯罪の可能性がある振る舞いの検知、犯罪の可能性が高いと認めた場合はそのアカウントを自動的に削除する機能を追加した。AIのディープラーニングにより、徐々に高い確率で性別の詐称、実世界での犯罪を目論んでいる可能性が判断できるようになっている。このチェックにひっかかると削除の対象となる。
しかし、犯罪者にとって見れば削除されたとしてもまた捨てアカを作成しすぐに復活してしまうので大した事ではない。(もちろん今まで貯めたポイントやポイントで購入したアバターの容姿やアクションは全て初期化されるためそれなりに痛手ではあるが。)そのため、削除する際には当本人に削除する理由と警告を課してから削除するようにしている。その役割を担うのが殺し屋AIである。
殺し屋AIは利用者のアバターにまぎれて行動している。犯罪者が殺し屋AI近づき悪事を働こうとすると殺し屋AIはその犯罪者のアカウントを削除する。また、収集したデータの分析により犯罪者の可能性がある利用者には、殺し屋AIからその利用者に接触し会話し、注意を促した後、アカウントを削除する。更に近年、よりデータを収集するために、PLLWの世界中にデータ採取のための小さなクローラーを飛ばすことにした。それが各地に舞っている風花だ。
これによりPLLWサイトの健全性を保とうとしているが、少し改善したものの悪くなる一方であり、徳間は日々頭を悩ませている。
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