第9話 山
あの日から、異常なまでに周りの景色に嫌気がさすようになった。
めまい、ふらつきはすぐに治まった。普通の生活にすぐに戻れた。でも、こんな感情は今までなかった。あの花火大会の日に、あの女、いやあの男が言っていたこと。
「一人って寂しくて惨めで恥ずかしい。そして私が悪いのって気分になるし、誰か誰でもいいから一緒に居てくれて私の気持ちがわかってくれたら・・・」
頭の中を、何万回と駆け巡る。
「なんなの。あのAiBって・・・」
頭を掻きむしりイライラする。明らかにおかしい。私が私じゃないみたいだ。
周りが幸せそうだと、私が不幸に感じる。周りがにぎやかであればあるほど私が暗闇にいる気がする。私が一人でいることが変で異常な気がする。
私は一人でも幸せ。いいえ、そもそも幸せなんて求めてない。ただここにいるだけ。何も悪いわけじゃない。私は一人でいい。
ずっと前に悟ったことだ。無駄な感情はいらない。何度も何度も自分に言い聞かせ無駄な感情に上書きし消そうとする。
体もおかしい。今まで普通に出来ていたことができなくなった。
道に迷う。昨日何をしていたか思い出せない。忘れ物をする。手足が思っていたのと少しずれて動く。こんなこと今までなかった。何かあるたびに、自分に嫌気が指し机や椅子に当たり散らす。でもそんな事をしても何も解決することはない。我に返り悲しくなるだけだ。
なぜ私だけが一人ぼっちで寂しい思いをしなければならない。何のために私はここに生きているのだ。何のために産まれてきたのだ。私を作った知りもしない父、母に聞いてみたい。余計な感情と、思い通りに行かない体への苛立ちの矛先が両親へと向かう。想像で形作られてゆく両親は、悪の化身のよう。身勝手、だらしない、愛情もない人でなし。憎しみへと変わる。
気分転換に外へ出る。今は大好きな早朝。一人、山の方へと向かう。
今は初秋。辺りが少しずつ紅葉し始めた。まだ、緑のほうが多いが、ポツポツと赤、黄色に染まリ始めた葉が出始めている。こうやって、森は徐々に最後の命を振り絞るかの如く燃えるような色に染まり、やがてゆっくりと儚く散ってゆく。花火と同じ。冬に向かうこの季節が一番大好きだ。
良く訪れる山へと近づく。この山に名前はない。この山の中も大好きだ。あまりこんなところに人がいることはない。山の入り口にある狭い獣道を入ってゆく。ゆったりとした上り坂が続く。この道をしばらく進んでゆくと、平らで開けた場所に出る。山の中の広場だ。特別何かあるわけではない。おそらく知っている人は少ないだろう。しかし日中になると何故かこの広場にカップルがいたりする。自然が好きな人達なのだろう。その広場をまっすぐ行くとまた獣道が続く。これをずっと登り続けるとこの名もない山の山頂へとつく。そこからは遠くの山や海が一望できる。
愛菜は名もなき山の広場についた。誰もいない。
風で木々が優しく揺らめく。たまに鳥の声や何か動く音がする。
妙な気配を感じる。ずっと見られているような。そう思ったとき、上から何か降って来たように思えた。慌てて頭を両手で抑え身を屈める。その後恐る恐る上を見るが何もない。気のせいだったか。そう思った瞬間、後ろから何かが私の体をものすごいスピードですり抜けて行き、そのまま目の前を斜め上のほうに上昇すると木の上の方へと消えていった。
「やっぱりだ。メアドがない。あなた私と同じ。」
遠くから声がこだまする。
「良く、ここに一人で来るね。お名前何て言うの?」
「だ、誰?」
びっくりし、それしか言葉に出ない。
「今そっちに行くね。」
その声がした上の方を見ると、木々の葉がガサガサっと音を立てた。その上の空には何かが飛んでいて、空中で一回転したかと思うとそのまま急降下し、高さが私と同じくらいのところになったときに方向を変え水平にこちらに飛んで向かってくる。そして速度を緩め近くの木の枝の上に着地した。羽の生えた女の子だった。薄い緑の服に、白い羽根、大きなオウムのようにも見える。羽根は作り物のようで手でしっかりと握られている。足もしっかりとあり、可愛らしい白に赤いラインの入った靴を履いている。
「おはよう。空を飛ぶ少女さんね。噂に聞いたこともあるし、遠くから見たこともある。でもこんなに間近で見るの初めて。」
「お名前なんて言うの?」
「愛菜。」
「愛菜ちゃんおはよう。いいな、名前があって。私には誰も付けてくれなかったの。みんな空を飛ぶ少女って呼ぶ。」
「ずっとこの山に住んでいるの?」
「うん。生まれたときからずっと。この山も森も大好き。鳥さんも虫さんも大好き。」
私と同じだ。
「ねえ。なぜあなたは飛べるの?」
「だって自由じゃない。私達。」
「じゃあ、私にも飛べる?」
「飛べるよ。練習すれば。」
「どうやるの?」
「木に登って、飛ぶイメージを持って飛び降りて、羽根をバタバタってしながら風に乗るの。」
そんなこと怖くてできる気がしない。
「私には無理かも。」
「そんなことないよ。自由だもん。」
少女は枝に腰かけ、首を左右に振りながら足をぶらぶらとする。明るく無邪気な少女の姿を見ていると、自然と顔の頬が緩む。
「愛菜ちゃんはここによく来るけど何しに来るの?」
「特に何も。ただ一人になりたくて。」
「ふーん。」
「あなたの両親も行方知らずなの?」
「うん。知らない。でも私の父は凶悪犯だって、随分前にここに来た殺し屋さんが言ってた。」
「凶悪犯?殺し屋さん?」
「まだ事実関係は良くわからないけど多分そうだって。行方を追っているみたい。私がまだいるんだから捕まってないみたいだし、この世界のどこかにいると思うんだけど。」
「あの・・・。殺し屋さんって?」
「あれ、知らないの?この世界を守るために働いている殺し屋さん。」
聞いたことがない。でもたまに恋愛目的とは明らかに違う、不自然な人を見かけることがある。もしかしてあれがそうか。
「どうせこの世界ももう長くないわ。殺し屋さんたち頑張っているけどもうめちゃくちゃ。この世界が消滅すれば、私もあなたも殺し屋さんたちもみんな消えてなくなっちゃう。他の人達には関係ないけど。」
「消滅?この世界が?」
「そう。薄々、感じるでしょ。この世界おかしいって。愛に満ちた世界のはずなのに、欲望と犯罪に侵されている世界になってる。こんな世界長く続くわけ無いわ。それに、この世界がなくならなかったとしても、両親のどちらかが消えれば私達の命もそれで終わり。もう今日なくなってもおかしくないの。だから、私、命のあるうちに、お空で三回転できるようになるんだ。それが今の私の目標。」
そうだった。私の父、母がまだこの世界にいるから私はまだ生きているのだ。逆に言えば、父、母、どちらかが消えれば私も居なくなれる。
「愛菜は何かしたいことないの?」
ふと揺れる木々達と、木々の隙間から見える空と雲を眺める。空はすっきりとした青に包まれている。きれいな自然と空。これもやがてなくなるのか。
「もちろんあるわ。やりたいこと。」
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