第8話 絵

 「げ、最悪!なんなのよ。もう。」

 女は急にそっぽを向いて、走ってその場から去っていった。

 また女性を怒らせてしまった。別に悪気があってやっていることではない。ただそこに居るから、ただ話しかけているだけだ。コミュニケーションを円滑に。何も悪いことではない。でも結果、こうなってしまう。

 「まあ、仕方ないか。」

 晴は空を見つめながら、開き直る。自分のしていることは悪いことではないのだから止める必要はない。でも怒らせてしまうのだから、相手の身になって考えもう少し気持ちに寄り添い接するべきなんだろうと反省する。


 数週間前に来たショッピングストリート。あのときに怒らせた女性のことははっきりと覚えている。でももう一切興味はない。

 ウインドウに並べられた品々を見ながら、なにか彼女にでも買っていってプレゼントでもしたいなって想像する。そう、想像しながら見ているだけでも楽しい。けれどもその相手はいないし、特別心を馳せる人もいるわけではない。

 今は朝の10時。ポツポツと人が訪れている。ウインドウには品々と重なり、人々の姿が映し出される。見る限り、みんなカップル。僕の憧れをできている人たちだ。羨ましく思う。


 そういえば、あのヘンテコなお店、いや家はどんな感じだろう。今言ってみたらオープンしているかもしれない。ウインドウショッピングしがてら、その家の方へと向かうことにした。10時半頃その建物には到着した。やはりこの間のままで、中の明かりはなくレースのカーテンも閉められたままだった。しかし中を覗くと、数点の絵が壁に飾られているのが見えた。飾ってあると言っても額縁などはなく、ただセロテープ、画鋲で壁に固定されているだけだ。


 玄関ノブを触ってみると、鍵がかかっておらず中に入れた。玄関を開けるとカランカランと音がする。そのまま中に入ってみる。

 部屋の中は電気が付いていない。悪いと思いながらも、玄関脇のスイッチを押して明かりをつける。

 中には、やはり商品などはないし、レジもない。お店ではないようだ。


 雑に飾られた絵を見てみる。絵は少なくとも壁にそってまっすぐ飾ればいいのにと突っ込みたくなるほど斜めに貼られている。

 一番右の絵は、いったいなんだろう。山のようなものに滝か、蛇か。構図もおかしい。保育園生が書いたような絵だ。しかし、おそらく保育園生が書いた絵ではないだろう。なんとかして真面目に書こうとする意志が見受けられる。その証拠に何度か書き直した跡が残っている。

 その隣もよくわからない。空を飛ぶ鳥だろうか・・・。いかんせん構図がおかしく、遠近感もない。何を描いた絵なのだかわからない。


 前回来たときに外からみた絵も飾られていた。この絵だけはしっかりと額縁に収まっている。夕日が照らす海の絵。手前には砂浜、遠くにシルエットになった島が描かれている。夕日の光の描写が美しくとても幻想的だ。見惚れてしまう。


 「なにか用かしら?」

 声のする方を見ると、女が一人立っていた。パジャマのような格好にボサボサの頭。若いようにも見えるが、極端なことをいえば年寄りにも見える。年寄りなわけはないか。年寄りなんて見たことがない。

 「ドアが開いていたもので勝手に入ってしまい。ふつつか者ですみません。」

 「本当ね。」

 「素敵な絵ですね。あなたが書かれた絵ですか?」

 「え、ええ。」

 「実に素晴らしい。うっとりします。」

 「あらそう。」

 「他の壁に飾られている絵は、いったい。」

 「あなたに関係ないじゃない。早く出ていってくださいますか。ここはお店でも何でもないのです。私のおうち。」

 「そうですか。お店だと思い。大変失礼しました。」

 晴はそう言いながら、その場をすぐに立ち去ろうとせずもう少しだけ壁に飾られた夕日が照らす海の絵を見た。


 「失礼ですが、お名前は。」

 「はあ?あなた本当にお馬鹿さん?」

 「いえ。こんな絵をかける人のお名前が知りたくて。」

 「あなたにお伝えするような名前はありません。」

 「それは失礼・・」

 「いい加減にしてくださいますか?一体親にどういう教育を受けてらっしゃるのか。」

 「教育?」

 「その図々しく、人の気も知らずに勝手に物色する性格は父親譲りかしら?」

 「いいえ。僕には父はいないです。母譲りかもしれませんが母の顔も私は知りません。」

 一瞬、女が不思議そうな顔をした。

 「あら、悪いこと聞いちゃったかしら。とにかく出ていってもらえますか?」

 もう一度丁重に謝り、家を後にしようとした。女はずっとこちらを気分悪そうな目で見ている。

 女の横を通るとき、女は私の腰辺りに指を立てた。不思議な行動で、暴力でも振るわれるのかと思ったが少し指を立てるとすぐに引っ込めた。その瞬間、女の顔は少し困惑した顔に変わったように見えた。


 「では、失礼しました。」そう言うと、女は「もう、二度と来ないでください。」と機嫌悪そうにはっきりと言った。

 カランカランと扉が音を立て閉まる。閉まったその瞬間、ガチャリと大きな音を立て鍵がかかる。その様子を見て、ふとつぶやいてしまう。

 「鍵のかけ忘れか?変な人だ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る