第7話 遊園地

 「よかったら少しお茶しながらお話しませんか?」

 そう言って誘うと、その男は冷静を装った態度で「いいですよ。」と答えた。男は紺色のジャケットにGパン姿、少し尖った靴、清潔感ある服装だ。

 間違ではないだろうか。とても喜んでいるように見える。この男が黒なら、あまりこのようなリアクションはしないはず。でも念の為確認が必要だ。美弥子は男を誘い、あらかじめ調べておいた適当な喫茶店へと向かい「この店なんてどうかしら?いい感じじゃない?」と白々しく話す。男は、また「いいですよ。」と答える。


 電気街。家電製品やPCを販売する店が建ち並ぶ。その男は一人で歩いていた。

 道は、アニメのキャラクターのような人達で溢れかえっている。戦いをするかのような服装で背中に刀のような物を背負っていたり、手にライフルのようなものを持っていたりする。一体何に利用するというのか。格好だって、実際にあんなのでは重そうで動きづらく戦いには適さないだろう。もっと身軽で動きやすい格好をするべきだと思う。女に関してはアイドルのような服装をしている人が多い。たまに刀を背負った侍のような男とアイドル服を着た女、はたまたサイボーグ、ロボットのような男と西洋のお姫様のような服を着た女がカップルで歩いているのとすれ違う。美弥子はこのカップルを見て「なんて素敵な光景なのだろう、世界はこうあるべきだ。」と心を和ませる。


 声をかけたこの男は部下の正太郎が怪しいと報告してきた。男同士だと接触するのが不自然なため美弥子がその代わりを引き受けた。確かに、この電気街にこんな普通の格好で歩いているのは少し不自然かもしれない。しかし、周りが不自然なだけでこの男だけ見れば不自然ではない。

 この男になるべく自然に接触するため、今はあまり世間を知らない田舎の子のような姿に扮している。少しアニメのキャラクターっぽい格好で、手に持っているバッグも可愛らしさをアピールしたバッグにアニメのキャラクターのキーフォルダーをいくつかぶら下げている。もちろん何の馴染みもない。正太郎になんのキャラだか概要だけ教わってきたが理解ができなかった。念の為、記憶だけしている。店のガラスに映し出された自分の姿を見るたびに恥ずかしくて仕方がない。美弥子は早く仕事を終わらせ普段の姿に戻りたかった。


 二人は喫茶店に入るとそれぞれの飲み物を買い、少し奥の席へと着いた。普通、いくら初対面でも男が飲み物代くらい払おうとするべきだろうと思う。

 「お名前は?」

 「たくみです。」

 「私はたまねです。すみません急に。迷惑じゃなかったですか?」

 「迷惑だなんて、全然。」

 たまねという名前ももちろん偽名だ。猫のような名前で言ってて恥ずかしくなる。それにしても普通の会話だ。そしてなんとなくぎこちない。やはり、人違いではないのか。いや、でもそれが手口の可能性もある。

 「最近の夏は暑くて日中外にいるだけで死にそう。でもお部屋に居ると寂しくてやっぱり外に出ようって思うんです。でも暑くてやっぱり後悔しちゃうんです。お日様も強いしお肌にも良くないなーなんて。でもやっぱり外に出たくて。外にでるだけでもしかするといいことがあるかもって。たくみさんはそう思うことありますかぁ?」

 「ええ、そうですよねー。」

 「・・・」

 えっ、それだけ?話を広げろよ。こんなに馬鹿を装っていっぱい話してるんだから何かもっと気の利いた返事をしろよ。内心イライラしてくる。

 「わたし、良くお散歩するんですけど基本はお家の中にいることが多くて。私、見た目通り文化部系なんです。たくみさんは運動とかされるんですか?」

 「いや、あまりしないです。」

 「普段はどんな事をされているのですか。」

 「いやあ、なんだろうなあ・・・。」

 「・・・」

 舌打ちしたくなる。趣味もねえのかよ。これは絶対に人違いだ。もしこの人が黒で私を騙そうとするのならもっと話を合わせてくるはずだし、もう少し会話が上手なはずだ。


 「私、恥ずかしいのですが、こう見えて将棋を少し指すんです。」

 「え、そうなのですか。私も趣味で少しだけ。全然強くないですが。奇遇ですね。」

 「私ももちろん全然。ルール知っているくらいで。女流棋士にちょっと憧れてコンピュータ相手に指すようになったんです。でもコンピュータも強くって全然勝てないんです。」

 「そうですか。私はあまり女流は知らないですが、プロ棋士同士の対戦はよく観戦します。」

 なるほど。間違えなくこいつは男だろう。間違っても女ではない。女で将棋をやっているなんてあまりないし、ましてや女流棋士を知らないなんてありえない。後は詐欺を働く男かどうかを確認するだけだが、その可能性もほとんどないだろう。

 それからしばらく先に行われた将棋のタイトル戦についての会話で盛り上がった。別に将棋が趣味なのではない。頭にインプットしておいた知識一部を出しただけだ。なので正確に言えば盛り上がるフリをしただけで苦痛な時間であった。

 「そろそろお店を出て少し二人で散歩しませんか?」

 「いいですね。」


 二人は電気街を離れ遊園地へと向かった。

 遊園地までの間、歩きながら天候や道の脇に咲いている花、建物の形の感想などの会話をした。ここでもなんかもっと私のことを聞いてきたりしないのかと不満に思う。私に興味がないのだろうか?この格好がまずかったか?もう少し垢抜けた格好に扮すれば良かったか?仮の自分の姿とは言え、なんだか自分が否定されているような気分になる。早くいつもの自分に戻りたい。


 遊園地に着くと、入り口では縁日のような催しが行われていたので二人で一緒に遊んだ。その後、ゲームセンターへ行き、UFOキャッチャーで遊んだり、ちょっとした乗り物に乗ったりした。彼はずっと私の隣や後ろで一定の距離を保ち、まるで背後霊のように立っていた。たまに様子を見ると楽しそうにはしていた。

 最後、二人で観覧車に乗った。彼は高いところから見る景色がとても綺麗だと感想述べながらずっと四方八方を眺めて満喫していた。


 なんとつまらない男なのか。普通、遊園地で二人で遊べば体と体が少し触れ合ったり、手をつないでみたりするものだろう。ましてや観覧車の中で二人だけになればキスを求めたりするものではないか。やっぱり私に魅力がないのか。それともこちらがあまりにも積極的で萎縮しているのか。はたまた、美人局(つつもたせ)でも疑って警戒しているのか。どちらにしても黒である可能性は極めて低い。正太郎の馬鹿の勘違いだ。観覧車が回りきったらさっさと帰ろう。無駄な時間だった。


 観覧車から降り、「今日は楽しかったわ。ありがとう。」とお礼を言い、今日はこの後用事があるからと言いここで別れる事にした。彼も私にお礼を言った。

 私が頭を下げ背を向けて遠ざかろうとすると、その数秒後、彼は後ろから追いかけて来て私を呼び止め、そしてすこし噛み気味に言った。

 「ごめんなさい。たまねさん。今日は本当に楽しかったです。良かったら付き合っていただけませんか?」

 はあ?耳を疑う。冗談だろう。私に全く興味などないものかと思っていた。驚きで返す言葉も見つからない。とりあえず作り笑顔で「またお会いしましょう。」とだけ告げた。彼は「ぜひ」と返した。そしてその場を逃げるように去った。彼は連絡先も何も聞いてこなかった。次どうやって私と会うつもりなのだろう。ほとほと呆れ果てる。


 それから数時間後本部に戻った。仲間たちがデータに向かいせっせと仕事をしている。周りを見渡して正太郎を探すが見当たらなかった。どうせまた外で無駄な仕事に没頭しているのだろう。ため息とともに思わず愚痴がこぼれる。

 「アホの正太郎め。今度あったらぶん殴ってやる。」

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