第6話 酒場

 繁華街。ショッピングストリートとは違い、建物の色形は様々で統一感なくなく、それぞれが個性を主張する。派手な看板が所狭しと飾られている。メイン通りを外れると少し小洒落たお店もいくつも存在する。和風の落ち着いた佇まいのお店、小さなスナックやバーなども数多くある。ここに来れば酒を楽しむのに不自由することはない。ここは朝こそ人は少ないものの、昼夜はずっと人で賑わっている。集いの酒場は、その中心に位置している。一角に複数の店がかたまって並んでおり、このあたり全体がそのように呼ばれている。新たな出会いを求める人達も数多く訪れ、そういう人達のためのパーティー、イベントがいくつも開催されている。


 愛菜は夕方、集いの酒場を訪れた。人混みで先に進むのにも苦労するほどだ。適当なお店へと入る。入った瞬間に中の人達がジロジロと舐めるように見てくる。すぐに目を背けるもの、ニヤリと笑い再び酒を飲み始めるもの、反応は様々だ。どれも気分が良いものではない。店内をさーっと見渡し、すぐにお店を出る。


 また別の店といく。扉を開けた途端、大音量が扉から凄まじい勢いで逃げてゆく。沢山の人達で賑わっていて移動するのも大変そうだ。奥の方を見ると出来た食事がわんさか並べられている。見ると立ったまま骨付きの肉を両手に持って食べている筋肉質の男がいる。男らしさをPRしたいのだろうか。非常識で下品にしか見えない。その近くで、男女がいくつかの数人のグループを作りワイワイとはしゃいでいる。店内は色とりどりのライトで照らされてとても派手だ。壁には動物や楽器、絵画など、店の端には観葉植物、おしゃれなランプなどが所狭しと飾られている。観葉植物たちにとっては狭くて可愛そうなくらいだ。

 さらに奥の方はちょっとした舞台になっていて、上では、格好つけた男共が音楽をかき鳴らしている。舞台のすぐ下はちょっとしたスペースが出来ていて、ダンスを踊っている男女も見受けられる。


 こんな酒場の中に寂しい者たちだけが集まる店なんてものがあるわけがない。この人混みの中に居るだけでもなんとなく気分が悪くなる。理由はわからない。

 酒で酔っぱらい上半身裸で踊っている男、水着姿で踊っている女、人前で堂々とキスしていたり抱き合ったりしているカップル。どこ見てもはっちゃけている者ばかり。来て気分を害しただけだった。


 すぐに店を出ようと思ったそのとき脇のほうをふと見ると、狭い通路があった。通路の奥の方を覗くとその先に小さな個室が見えた。その中で一人酒を飲んでいる女がみえた。不思議に思いちょっと眺めていると女のほうがこちらに気が付いた。その女はニコリと笑うと「良かったらこっちにおいで」とばかりに手招きした。女は私よりも少し上の年齢に見えた。特別派手な格好しているわけでもなくただ一人で酒を飲んでいるだけに見える。

 「こんばんわ。こんなところで一人で?お名前は?」

 「愛菜です。」

 素直に答えた。いつもなら名前など教えない。

 「私は咲希。よかったら、ご一緒にどう?」

 特に返事もせず、対面に座った。咲希はグラスに飲み物を注ぐと、私に黙って差し出した。

 「失礼ですが、ここでお一人で何を?」

 「ただ、飲んでいるだけ。お酒が好きなの。」

 「だったら別にこんなうるさい場所でなくても・・・。」

 「どこに行ったってうるさいわ。あたしゃ飲めればいいの。」

 注いでもらった酒を少し飲んだ。さっぱりとした爽快感あふれる飲み物だ。


 咲希は、少し笑みを浮かべながら私をじっと凝視した。ときに自分の頭を掻いたり、唇を触るような仕草をした。

 「ちょっといい?」

 咲希はそう言うと、私に近づき手を顔の辺りに近づけた。その手が私の顔の中へと透き通るように入っていったかと思うと、咲希はまたニヤッと笑った。

 「やっぱり。あんた、私と同じね。」

 「えっ。」

 思わず声が漏れる。

 「お互い、こんな世界で一人ぼっち。だから私はずっとここで飲んでいるの。お酒が大好き。」

 「では、咲希さんもご両親は?」

 「知らないわ。どこかで元気に遊んでいるんだと思う。」

 咲希はグラスを口に近づけた。

 「それで、ここで一人待っているのですか?」

 「待ってなんかいないわ。どうせ私を見つけたって自分の子かどうかなんてわかりっこないし、私だってあっちのことなんて覚えてない。言ったでしょ。ただお酒が好きなの。」

 咲希は少し早口で返した。確かに、私だって両親の顔なんてわからない。


 「愛菜ちゃんは、なんでこんなところに?」

 「いいえ。別に。ただ、私のような子たちの集いの場があるって聞いて。」

 「ふふふ。そんなものないわよ。あるわけないじゃない。」

 咲希は鼻で笑いながら、またグラスを口に近づけた。


 「ねえ、愛菜ちゃん。いいものがあるの。良かったらどう?」

 咲希はそう言うと、新しいグラスを用意し、その中にスカイブルーのキラキラした飲み物を注いだ。

 「なんですか。それ?」

 「これ、この世の中をより幸せに生きるためのお酒。AiBって呼ばれてるの。」

 「幸せに?」

 「そう。」

 AiBはグラスの中でキラキラと輝いた泡がゆっくりと上へと流れている。

 「咲希さんは飲んだことは?」

 「ええ。もちろん。」

 咲希はそう言うと、自分のグラスにもAiBを自分で注ぎ、飲み始めた。

 「きゅーう」

 目をつむり、頭を左右に振る。


 何だろうか。何の根拠もないが直感的に危険な香りがする。

 「いかが?」

 そう言うと咲希は、グラスを更に私の方へと近づける。その目は一瞬獲物を捉えようとする蛇のような目に見えた。

 「いいえ。大丈夫です。私あまりお酒とか苦手ですし。」

 「いいから、騙されたと思って飲んでご覧なさいよ。」

 躊躇する自分を見て咲希は立ち上がり、グラスを持ちながら私の方へと近づき間隣に座る。そして肩に手をやると、グラスを口へと無理やり持ってくる。まるで病気の幼児に薬を無理やり飲ませるかの如く。

 「はあーい。ああぁん。」

 飲むべきではないと本能が騒ぐ。口を閉じ、首をひねり抵抗する。

 「ほおら。いいから。」

 咲希は私の体を強く引き寄せ、私の抵抗を無視し、口へと無理やりAiBを流した。AiBは口をすり抜け、体へと吸収されてゆく。

 刹那、辺りがギラギラとした光に包まれ、体全身が蒸発し煙を吹き出すかのような感覚に襲われた。体全体が身震いする。

 「ふうぅぅぅうぅー」

 大きく息を吐く。

 「な、なんですか?これ?咲希さん・・・。」

 「どう、気持ちいいでしょ。」

 足がふらつき、その場にうまく立っていることすらできない。目の前にギラギラした星がちらつく。鼻や口から、蒸気が出続ける。自分の体がどうなるのか怖い。早くこの場から去るべきと第六感が叫ぶ。

 「ご、ごめんなさい。私もう帰ります。失礼します。」

 「あら、いいのよ。また良かったらおいで愛菜ちゃん。」

 ふらふらした足取りで個室を出て店の出口を探す。方向が良くわからない。周りの人をうまく避けることができず何度もぶつかる。

 「なんだよー」「ちょっとー」「なに?酔っ払い?」

 ぶつかるたびに罵声を浴びる。

 「ごめんなさい、ごめんなさい。」

 何度も罵声を浴びながらようやく出口へとたどり着く。どこでもいい。早く一人になれるところへ行きたい。人がいない方へいない方へと無我夢中で進む。


 それからは記憶がない。

 気がつくと、家の2階のベットで寝ていた。

 いつも一人でいる場所。

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