第10話:腐れ縁
「サコンさん、ヨイチさん、今月の報酬です。」
島左近清興だ。我等は献上品の仕事を終え、ガルバ町にてギルド職員ビルデから報酬を貰った。他の任務とは違い、報酬額もけた外れに多く、ワシも与一もウハウハの状態だった。現世にいたころ、儒教の教えで金は卑しい物と教えられたが、現に戦をするにも金が必要だ。食料を買う事や、生活をするにも金が必要だ。改めて思うと儒教は矛盾だらけだ
「景気がいいじゃねえか。」
そこへ現れたのは同じギルドに所属する黒髪で褐色肌、獲物は大薙刀、筋骨隆々で身長は210cmもある傷だらけの厳つい20代後半の大男、重戦士のベーカリー・ゴーンズだった。重戦士とは全身を覆う鎧や兜、盾等を装備する重装備の戦士であり、守備力を重視している。ちなみにワシと与一は軽装で、身軽さを重視しており、すぐに行動できるようにしている
「そちらはどうなんだ?」
「ああ、村で暴れまわった人食いグリズリーを仕留めたわ!」
するとベーカリーはグリズリーの毛皮を見せてきた。グリズリーというのは、大型の熊のようで現世にいたころの熊と比べて遥かに大きく、それでいて凶暴だという。その分、報酬が高く、グリズリーの毛皮や肝等は高く売れるのだと言う
「随分と大きな毛皮だな。」
「ああ、背丈は俺よりもでかかったからな。」
「よく無事でいられたな。」
「ギャハハハハ、そうだろ!そうだろ!」
ベーカリーは豪快に笑いながら、毛皮を背負い、自慢の得物である大薙刀を片手で振り回した。それを見た周囲の人間はそそくさと離れていった
「おいおい、ギルドで大薙刀を振り回すな。」
「すまんすまん、ところでサコン、ヨイチ、お前も獣退治して見るか?紹介してやるぜ。」
「いや獣は人と違って生まれつき野生の本能が優れているからな。高額な報酬積まれても、遠慮するわ。」
「右に同じく。」
「流石のお前らも獣には敵わないか!」
「人を食った獣は人を襲う習性がある。特に頭の切れる奴ほど厄介な獣はいないからな。」
「違いねえ、此度のグリズリーは些か骨があって流石のワシも手こずったわ、ギャハハハハハ!」
豪快に笑うベーカリーだが、所々に新しい傷が複数も出来ていた。些かというが、奴自身も無事では済まされなかったようだ
「それでお主はこれからどうするつもりだ。」
「そうさな、せっかくだから娼館にでも行こうかね。久しぶりにロゼットに会うんだ!」
「だったら少しは身綺麗にしておけ、【イザナミ】の娼婦、特にお主を贔屓にしているロゼットが愚痴っていたぞ。」
「えっ!そうなのか!ワシ、そんなに汚らしいのか!」
「お主、普段から風呂に入らないだろう、汗臭くてたまらないそうだ。」
「ぎょ、行水(ぎょうずい)はしているぞ!」
「甘いな、お主の汗臭さは近づいた途端、臭いで分かるからな。」
「そ、そんな。お、おい、ヨイチ、俺、そんな臭くないよな?」
「正直に言うと臭い。」
「そ、そんな(泣)」
ベーカリーは贔屓にしているロゼットという娼婦から獣臭いと言われ、涙を流した。図体はでかいが意外と繊細な面もあり、特に好きな女子に嫌われるのが一番堪えるらしい。ベーカリーは膝から崩れ落ち、男泣きしていた
「どうして言ってくれなかったんだよ!それだったら俺、毎日風呂に入るのに!」
「それは言いづらいだろう、客商売だから。」
「うう(泣)」
「まずは風呂に入れ。ワシも与一も会う時は身綺麗にしているぞ。」
「そうなのか!」
「少なくともお前は念入りに念入りにやった方がいいぞ。」
「よし、これから風呂に行ってくる!それじゃあな!」
そういってベーカリーはギルドを出た。残されたワシと与一はというと・・・・
「左近様、これから如何致しますか?」
「そうだな、一旦宿へ戻るか。」
ワシらはギルドを出て、宿へ戻る途中、アリーナとベーカリー贔屓の娼婦、ロゼットとバッタリ会った
「あら、サコンの旦那にヨイチの旦那じゃない。」
「おお、アリーナとロゼット。」
「御無沙汰してるわ、旦那方♡」
ベーカリーが贔屓にしているロゼット・マイアはアリーナと同じ娼館【イザナミ】に所属する高級娼婦であり、見た目は肩まで伸びた茶髪、色白碧眼、身長は160cmの20代前半の美人である
「そういえば先程、ベーカリーに会ったぞ。」
「ベーカリーの旦那ですか。」
ベーカリーの名を聞いた途端にロゼットの顔が歪んだ
「今度は風呂に入って、身綺麗にして来るんだと。」
「そ、そうですか。」
「旦那、あまりこの娘を困らせないでくださいませ。」
「すまんすまん。」
ベーカリーはロゼットに入れ込んでいるが、当のロゼットはその気はなく、ただの客として接しており、ハッキリ言って脈なしであり、男と女の関係ではない
「サコンの旦那だったら私は構いませんが♡」
「ロゼット、旦那は私の客よ。」
「じょ、冗談です、ホホホ。」
アリーナに睨まれ、苦笑いを浮かべるロゼット。女子同士の争いを間近に見て、男同士の争いとそう変わらないと思った
「ところでサコンの旦那、今日は【イザナミ】に来るの?」
「ああ、今日は金が入ったからな。寄らせてもらうぞ。」
「本当、サコンの旦那、素敵!なんならアリーナ姐さんと一緒に旦那の御相手をしますよ、勿論、旦那の下の世話も♡」
「ロゼット?」
「・・・・冗談です。」
「ハハハ。」
「女子は怖い(小声)」
ワシらは宿へ戻り、食事を取ってから、【イザナミ】へ向かった。すると【イザナミ】玄関口にベーカリーがいたが、その格好に思わずワシも与一も驚いた。ベーカリーの服装は現世にいたころ、傾奇者を思わせるほど常識外れな派手な服装をしており、良くも悪くも一度見たら忘れられないほど衝撃が強かった。周囲にいた利用客や娼婦や野次馬たちも、開いた口が塞がらず後ずさりするほどの奇抜だった
「おお、ロゼット、会いたかったぞ!」
そこへ運悪くベーカリーと遭遇したロゼット、一瞬のうちに眩暈を起こし倒れそうになったところ従業員たちに支えられ、倒れずに済んだ
「どうした!ロゼット!今日は風呂にもちゃんと入って、念入りに体も洗い、勝負服も仕立てたんだぞ!」
それが勝負服か!ワシも与一も思わず、顔を顰めてしまった。これはマズイと思い、ワシと与一がベーカリーに近づいた
「おい、ベーカリー。」
「ん、おお、サコンにヨイチ、お前らの言う通り、風呂に入り、体も念入りに洗って、勝負服も用意したぞ!」
「戯け者!何だその格好は!場違いにもほどがあるわ!!」
ワシの雷鳴の如き咆哮にベーカリーは驚いた。勿論周囲にいた利用客や娼婦や従業員や野次馬たちもびくっと体を硬直させ、中には失神したり、失禁する者も続出した
「えっ、いやお前の言う通り、勝負服を・・・・」
「その時点でお主の美的感覚が可笑しいわ!身綺麗を通り越して、奇抜過ぎる!開いた口が塞がらぬわ!」
「え。」
「お主が風呂に入って身綺麗にしようとした姿勢は認めるが、それはいくら何でも可笑しすぎるわ!その衣服、ちゃんと他の者に見せてもらったのか!」
「いや、ワシはこれだと思って着たのだが・・・・」
それを聞いたワシはこやつの美的感覚に頭を抱えた。ベーカリーがなんで俺が頭を抱えているのか分からず、そこへ与一が助け舟を出した
「ベーカリー、はきと申すぞ。その衣服、似合ってないぞ。」
「えっ!」
「お主のその衣服、違和感がありすぎる!」
「え、だ、だって。」
「はあ~、だったら周囲の者に聞いてみろ。」
与一がそういうとベーカリーは周囲の人間に自分の服装について聞いてみた
「え、俺の服装、変か?」
全員が互いに顔を見合わせ・・・・
「「「「「似合ってない!」」」」」
周囲から似合ってないとバッサリと言われ、ベーカリーは・・・・
「そ、そんな、うわああああああああ(泣)」
ベーカリーは再び男泣きし、そのまま立ち去った。ワシも与一も野次馬たちも呆気に取られつつ、嵐が過ぎ去ったことに安堵した
「あらら、帰っちゃいましたね。」
そこへアリーナがやってきた。どうやらワシの声が中にも響いており、何事か駆け付けると、奇抜な衣服を着たベーカリーに仰天し、与一や他の野次馬から似合ってないと言われ、泣きながら去っていったのを目撃したのである
「すまんな、アリーナ。騒がしくしてしまって。」
「いいのよ、別に。今日は来てくれてありがとう。」
「ああ。」
その後、ワシと与一は【イザナミ】に入り、それぞれ馴染みの女と一夜を共にした。ロゼットはというと、ベーカリーが来た日に体調不良を理由に休むことになったらしい。一方、ベーカリーはもう一度、勝負服を変えて再び【イザナミ】に来て、【イザナミ】の従業員たちから助けを求められたのはいうまでもなかった
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