入寮します! 9

柳は、如月が遥にウィンクをしていたのをしっかり見てしまっていた。普段ならウィンク程度で何も思わないはずなのに、それが遥に向けられたものだと気付いてしまってからは何故か冷静でいられなかった。俺だってウィンクくらい出来る、と見当違いな事まで考えながら如月に対して笑みを作って質問を投げかけたのであった。



柳のその笑みに挑発を目ざとく感じ取ってしまった如月はといえば、すでに猫ちゃんに懐かれていそうな柳がおもしろくなく、思わず圧のある笑顔で応酬してしまっていた。




このように冷えた空気を醸し出していた2人だったが、ふと如月が遥に視線を向けると、ポケッとしながら瞳をキラキラさせていた。またこの猫は何を考えているんだろうかと思わず和み、挑発に乗ってしまって大人げなかったなと反省した。同じく遥に視線を向けた柳も棘が消えていたので、アニマルセラピーかよ⋯と少し笑った。




「さて!他に質問がある人は居なさそうですね。では寮の内部について説明します。」



気を取り直したように、如月が説明をし始めると冷えた空気が霧散し、生徒達はホッとした顔をしている。



遥は1人、ワクワクと期待を膨らませ瞳をキラキラさせているが。





寮の部屋は基本3年間変わらない。

余程同室の人と合わない場合は部屋の変更申請も出来るが、1度変更すると2度と変更前の生徒と同室になれなくなるので慎重に考える事。



寮は4階建てで、各学年ごとに階が決まっている。今年は、1階が2年・2階が3年・3階が1年である。4階は例外で、学年関係なく役職持ちの1人部屋である事。



エレベーターは一般生徒用と役員用の2種類ある。一般生徒用は3階までしかボタンが無く、4階に上がるにはブラックカードをカードリーダーにかざす必要がある。役員専用のエレベーターはそもそも4階にしか行けない。ブラックカードが必須なので一般生徒だけでは使用不可能。また非常階段も同様に4階に上がるにはブラックカードをかざす必要がある事。



1階には食堂・スーパー・コンビニがあり、スーパーとコンビニは24時間営業。食堂は朝の6時から夜の9時までの営業であり、食堂で提供されるご飯は持ち帰り不可だが、例外的に役持ちは食堂のデリバリーが可能である事。




「寮監室は玄関のすぐ横にあります。僕が常駐しているので何かあれば寮監室まで来てください。食堂など施設を利用している際は席を外しますが、その場合は不在カードを扉に掛けておきますので、お待ちいただくか出直しをお願いします。」



そう如月が締め括ると生徒達は皆、山奥での生活に不安を覚えていたのか、施設の豪華さに圧倒されつつも思っていた以上に便利な生活に頬を緩ませた。






「これで入寮にあたっての説明は終了致します。生活していく上で何か不明点や困ったことがあれば、先程言ったように、個別に僕を訪ねてくだされば相談に乗ります。


また、君達の同室者は内部生となります。初めは慣れない環境で戸惑うこともあるでしょうが、同室の生徒も、もちろん僕もサポートしますのであまり気負わずに。部屋番号はカードの左上に記載してあります。同室の生徒も首を長くして待っているでしょうからこれで解散とします。各自部屋へ行き、明日の入学式に備えて今日はゆっくり過ごしてくださいね。」




にこりと笑って、では僕はスーパーに用がありますので、と如月は爽やかに立ち去った。





覚える事がいっぱいだぁ⋯と少し不安になりながら如月の去って行く後ろ姿をポケッと見つめていると、隣に立っていた柳がこちらを覗き込んだ。





「水瀬君、何号室だった?」


慌ててカードを確認してみると、左上に小さく305号室と書いてある。




『えっとね⋯⋯。305号室だって!柳くんは?』


「俺は306号室みたい。水瀬君と同室だったらいいなと思っていたんだけど、全員内部生とペアならしょうがないね。」



寂しそうな笑顔で柳が言うので、僕と同室になりたいと思ってくれていたなんて、これはもう僕たち友達なのでは?友達って申告制?友達になってほしいって言ったらいいのかな?などと考えながら会話を続ける。




『それじゃあお部屋、お隣さんかなぁ?柳くん、とっても話しやすいから僕も同室になれたら心強かっただろうなぁ。残念。でも僕たちの同室の人、どんな人なんだろ?いい人だったらいいよね。』


「水瀬君にそう思ってもらえて嬉しいよ。そうだね、3年間一緒に暮らすんだし気が合う人だといいね。あ⋯皆移動しだしたし、そろそろ俺たちも行こうか。」




嬉しそうに笑いながら、そう柳に促された。しかし遥は柳くんとお友達になろう大作戦をひっそり決行中なのだ。ここで別れて部屋に入ってしまったら次ばったり会えたとしても、話しかける勇気が出ないかもしれない。



初日から優しそうな人とお話しできたのだ、今しかない。せっかく出来そうなお友達第一号を逃すわけにはいかないのだ。


中学の時はお坊ちゃんだからと遠慮され、ピアスもフル装備していたから、校内で仲のいい友達なんていなかったのだ。ピアスのフル装備はもしかして話しかけにくいのではないかと僕も学習したのだ、今日耳には何も付けていない。


あの頃は緋彩のお兄さん達に放課後構ってもらってたから頑張れたけど⋯。人見知りとはいえまた3年間ぼっちで過ごすのはさすがに寂しい。僕も友達と仲良くお昼とかしたいんだ!となけなしの勇気を振り絞って、エレベーターの方に体を向けた柳の袖をそっと掴み、軽く引っ張った。




『あ⋯⋯あの⋯柳くん⋯⋯っ』


「ん⋯んん?!ど、どうしたの?」



柳は遥が掴んでいる裾と遥の顔を交互に見つめ、動揺しつつも止まって再度こちらを向いてくれた。




なにせ遥にとって初めての試みだ。緊張のあまり困り顔になってしまっているが、頬を赤く染め少し俯きながら一生懸命言葉をひねり出した。





『あ⋯あの、ね、柳くん。もしよかったらなんだけど⋯⋯僕とお友達になってくれないか⋯な?』




どもりながらも伺うように柳を覗き込むと、きょとんとした顔の柳が見えた。





なんだこの可愛い生き物。と柳の脳の処理が全く追い付いていないなんて露程も思わず、きょとんとした柳くん、なんだか少し幼く見えるなぁ。なんて事を考えながら現実逃避をしていると、一拍遅れて柳が心底嬉しそうに破顔した。




「もちろんだよ!俺も水瀬君と友達になりたいと思っていたんだ。というかもう友達のつもりでいたんだけど⋯。これからもっと仲良くなれたら嬉しいな。改めてよろしく。」


『ほんと?すごく嬉しい!僕も柳くんともっと仲良くなれたら嬉しい!こちらこそ、これからよろしくおねがいします。』



初めての友達に浮かれている遥もニコニコ笑顔でペコリと頭を下げた。




それにしても柳はもう友達でいてくれていたつもりだったのか。友達の定義って難しいな。特にお友達になってくださいって申告しなくてもいいのか。



遥はひとつ学んだのであった。

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