放課後アンストッパブルトーク
芋けんぴうす
日本縦断してみたい
「やめた!クソゲーじゃねぇかこれ」
そう言ってゲームのコントローラを雑に手放す少年。制服を着崩し、髪は茶髪で見た目は不良っぽい。
「ほら言ったじゃないか、りっくんにはまだ早いって」
手放したコントローラーを拾い上げるのはもう一人の少年。こちらは体格は小柄で、眼鏡にマッシュルームヘアと内気な印象を受ける。
「いやクソゲーだよ!なんだよエロギャル達と恋愛しながら、レベル上げて魔王を倒しつつ、密室殺人の犯人を推理するゲームって」
「・・・もう普通のゲームじゃ満足できない体になっちゃったんだ」
「キモ!常軌を逸したオタクのセンスキモ!」
「なんだよりっくんがしたいっていうからさせてあげたのに」
「唯一良かったのはエロギャルのカナデちゃんがかわいかったことくらいだ」
「まぁ、カナデちゃんが密室殺人の犯人なんだけどね」
「まじかよ!!」
「刑務所に入ったカナデちゃんとアクリル板越しの面会で愛を深めるフェーズに入ってからがこのゲームの真骨頂だよ」
「もう1回したくなってきたわ」
「倒したあとの魔王とも面会できるし、がんばれば恋人にできるよ」
「頼む!!あとでまたやらせてくれ!!」
「いいよ、オタクたるもの布教を惜しまないからね」
ここは、自他ともにオタクを認める忠太(ちゅうた)の部屋。
そして、数年後に日本中を席巻し国民的大ヒットとなるビデオゲーム「エロギャルが魔王侵略と殺人事件を同時並行で解決しちゃうんだからねっ!~恋の網走刑務所~」をクソゲーと罵ったのは陸(りく)。
二人は高校二年生。放課後になると二人で遊ぶのが日課だ。
忠太のベッドに仰向けに寝転がった陸。
「おれらいつもこうして二人で遊んでるけどさ、他の高校生って何やってると思う?」
「さぁ、あんまり興味ないけど無心にYoutubeとInstagramとTiktokを行ったりきたりしてるんじゃないの?」
「そう思うんじゃん?おれもそう思ってたんだよ、でもな、そうじゃないやつもいる」
「あ、違う人もいるんだ」
「この間な、日本縦断をしてる高校生を見かけたんだよ!」
「日本縦断?高校生が?すごい行動力だね、ちょっと尊敬しちゃうけど僕は体力ないから無理だろうな」
「同感だ。おれも生で見てすげぇーって思ってさ。おれも日本縦断やってみてーって。そう思うんだけど行動に移そうとは思わない」
「うんうん」
「だからさ、おれ今からここで日本縦断中の感じ出すから、忠太お前はおれに一言声援をくれないか?」
真顔の陸。
「・・・ん?」
状況がのみ込めない忠太。
「つまりだな、ホントに日本縦断する気はさらさらないんだよ。手軽に、簡単に、何の努力もせずに日本縦断の良いところだけ味わいたいんだよ」
まったく悪びれた様子はない。
「それは・・・効率が良さそうだ」
忠太の目が光る。
「だろ、日本縦断中に発生する苦しいパートは全カットだ。美味しいとこどり」
「おそらく9割は苦しいパートだもんね!!うん、やろう!その代わりあとで変わってね」
「そう言ってくれると思ったよ!早速だが忠太、日本縦断してそうなサイズの程よく大きめのリュックあるか?」
「見た目から入るタイプ!いいね!たしかコミケ用のリュックがこの辺に」
忠太がガサゴソと物色する。
そして、
「どうだ?忠太」
立ち上がってリュックを背負い、『日本縦断中です』とマジックで書かれた無地のタオルを胸に掲げた陸。それを見上げる忠太が答える。
「うーん、欲を言えば、もう少し日焼けして無精ひげを生やしたいとこだけど、まぁいいでしょう!」
合格判定が出る。
「良し、準備万端だな」
「ところでその胸のタオルは必要なの?」
と忠太が陸の胸の『日本縦断中です』タオルを指さす。
「馬鹿野郎!!これがないと日本縦断してるのか、ただ大きめのリュック背負ってプラプラしてるだけなのか分からねえだろうが!!ないと区別がつかないんだよ!!いいか!!日本縦断するってことは、みんなに日本縦断してますってアピールするのとセットなんだよ!!サイレント日本縦断する奴なんて一人もいねぇんだ。わかったか!?」
「僕はいったい何で怒られてるんだろうか」
「ったく、昨日は公園で雨の中野宿したから疲れが取れてねぇってのに」
「もう縦断に入ってた!」
「お先に縦断はじめさせてもらってます」
「お先に休憩いただいてますの言い方」
陸がその場で足踏みを始める。どうやら移動を表現しているようだ。
「くーやっぱり日本縦断は大変だぜ!!すでに気温が40度超えてるじゃねぇか!」
汗をぬぐうジェスチャーを入れる陸。
「あ、苦労パートカットしたから苦しさ足してバランスとろうとしてるぞ」
「なんか右ももが痛いんだよな。日本縦断してるってのに。あー痛えな。日本縦断やめちまえば楽だけど、それは違うしなー。自分に負けたくないしなー。」
「つらい思いしながら日本縦断してる自分に酔ってる」
「・・・っく・・・っく」
急に腕で目を抑える陸。
「うわ、あるはずない右ももの痛みでホントに泣き始めた!!すげぇ!僕こんなしょうもない涙初めて見た!!」
右ももに手を添えて痛がる演技をしながら、重い足取りでなおも足踏みを続ける陸。
少し足踏みを続けたあと、陸が忠太に目でチラッと合図を送る。
「よし僕が声援を送ればいいわけね」
そう言って陸と反対側に立ち、向かい合う形になる。
そして陸の胸のタオルに目をやり日本縦断中に気付いた感じを出す忠太。
忠太だけ前進をはじめ、すれ違いざまに声をかける。
「日本縦断してるんですね!すごいです!!がんばってください!!」
そしてすれ違う。
完全にすれ違い終わってほんの少し間を置いた後、忠太は陸に話しかける。
「ねぇどうだった?」
「・・・」
忠太が聞いても陸は答えない。すると陸の目からまた一筋の涙がツーっとほほをつたう。
「・・・おれ、日本縦断をやって良かった・・・ッ!!!」
「すげぇ!!人の想像力すげぇ!!家から一歩も出ていないのに!!声援によってありもしない日本縦断の色んな思い出が頭を駆け巡ってる!!」
腕で涙をぬぐう陸。もう一度空を見上げる。部屋の中なので空は見えない。
「忠太、お前もやってみろ。日本縦断。最高だぞ」
「うん、やってみる!りっくんのを超えられる気はまったくしないけど」
「日本縦断は誰にでも挑戦権をくれる。あとはやるかどうかさ。経験者としてのアドバイスだ」
「今のを縦断経験としてカウントしちゃ絶対ダメだって」
「たださ、忠太、悪いんだが」
「うん、なに?」
「お前の番の前に右ももを冷やしたいから氷くれねぇか?」
「いや、もういいよ」
放課後アンストッパブルトーク 芋けんぴうす @Imokempius
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます