第九話


 汗がじわじわと身体を不快に這い落ちて行く。ただ登校中の小学生らは、何やら愉快であった。人々の醸し出す喜怒哀楽の気分は粒子となって風に乗り、空気中に漂うのかも知れない。もうすぐ夏休みとのワクワクした雰囲気を容易に肌で感じることができた。

 それは瑞樹にとっても嬉しい知らせ。通学が苦痛な者には、貴重な安息期間となる。それに加え先夜のメディテーションが効力途切れておらず、足取りもやや軽い。この相乗効果によるポジティブ思考で、あと少し、あと少し、と念じながら、教室のドアを開く。


 あの子はいなかった。

 血の気が忽ちに引いて行く。チャイムが聞こえると静かに席に座った。教師が入室し出欠確認の後授業開始。

 いつもの風景がいつもの様に流れるも、そこに彼女は、いなかった。

「なーんだよ、居ねえし」

「死んだんじゃね?」

「えー、マジ?」

 業間休みにはその空席を、ドン、ドン、と蹴りながら、あいつらは哀愁に浸っていた。

「花でも飾るか」

「お、良いねぇ」

「良い良い」

 容赦ない奴らの攻撃にも、思考が停止して反応できない。昼休みには意気揚々と草花を摘んで来る非道のいたずらが痛々しいが、瑞樹はそれを呆然と眺めていた。

「片付けんじゃねえぞ」

と周りに睨みを利かせるが、翌朝になれば無くなっていた。

「ふざけんなよ」

と荒ぶり犯人を探すも、皆首を振る。

 数日それが繰り返されると、ようやく飽きたようで、収まった。


 一学期は、そんな風にして、終了した。

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