第五話
「六人組を作るぞ」
いつか聞いたセリフが身を凍らせる。ただ授業だけやってくれればどれだけ良いか、と思わずにはいられない。学校も極力『集団行動』を意識して、様々なイベントを課してくる。
足手纏いにはならぬよう、最低限の協力はしようと無理矢理自分を奮い立たせるが、乱暴に掻き回されてマッチメイクされ、ポンと産み出された六人組は戸惑いにより一言も話さない。
仲良しグループならば会話も弾めど、見事に引き離され皆不満の面持ちである。口を切る者は往々にしてリーダーとなりがちであるから、我慢大会のような沈黙状態が延々と続く。他軍の友と目を合わせ、マジやってらんねぇ、の表情で意思疎通を図る。
「テーマは環境問題。各グループ毎に一つ取り上げ調査し、まとめるように」
発表は来週と聞いた時の生徒の目は正に死んだ魚であるが、そんなことはお構いなしの様子。十代そこそこの純情童子にはこの無茶にNOと言える訳もなく、甘んじて受け入れ、消化するしかない。
「何か、ある?」
やっと誰かがどんよりとした口調で声を発した。頬杖をつき、片手でシャーペンをクルクルと回している。
「……温暖化?」
「…プラごみ?」
ようやく挙がった候補達に、どっちの方が楽だろうなどと考えながら多数決で対象を決める。教師はうろうろと辺りを巡回し、ちらちらと覗き込んでは様子を窺っていた。
あまりに退屈な時間。こんなことをして何になる。やっぱり学校はくだらない。大人の背中を仰ぎ見ながら、瑞樹はそんなことを考えた。
これまでに「こんなことして何になるんですか?」と問うた勇気ある者はいないのだろうか。仮にいたとしたら教師は何と答えただろう。
『文武両道を理念に、学業のみならず、この集団生活という貴重な機会を最大限に活かした学校行事等を豊富に取り入れることで社交性を養い、チームで団結し率先して行動できる人間を育成します』
そんな立派な志とも裏腹に、現実はこの有様であるから、失笑でしかない。これを見た途端志願の気持ちが失せたが、結局教育目標など何処も似通っている。場所も近隣であるから、導かれるまま通うことになったのだが、事態は想像以上に酷かった。早く卒業したいと言う気持ちが日増しに強くなる。
相手は教育者と呼ばれる人であるから、それでも育めると言われれば反論の仕様はない。その一方で、浮かんだ疑問は払拭されない。
何かが違う。
人を育てるなんて、そんな簡単なものじゃない。両親が自分にしてくれたこと。育むとは、単に食べ物を与え、命令し、思うままに子を誘導することではない。
もっと何か肝心なもの。
そこにあるのはそう、『愛』である。
「残りあと二十分。できるだけ進めておけよ」
巡回に飽きたのか、デスクに座って命令する指導者。その目つきは学び子と同様、死んでいた。 妙にフラストレーションが溜まり、苛立ちが込み上げる。
こんなの無意味だ。
中学と何も変わらない。
情熱さえ無いで、何が教育だ。
そもそも何故教員を目指した?
学校で唯一学んだことは、大人の汚らわしさと、それが織り成す失望の社会。この者達のしていることは、選別だけ。出来る人間だけ賞賛して、育成の証とし、臭い物には蓋をする。問題児は存在しない者として、育児放棄。それが学校のやる『子育て』なのだ。
そこにふっと桜の花が重なった。
『楽しめる者だけ、楽しめばいい』
端から出来ない奴は眼中になく、一から立派な人間に育て上げるつもりなど毛頭ないのだ。あの理念に落ちこぼれは含まれていない。それならわざわざ課題など出す必要があるだろうか?優秀な子は何をしなくても、順調に育って行くのに。
「はい、今日はここまで。次はレポート作成をしてもらうから、しっかり準備をするように」
こちらを見向きもせず、ガラガラと扉を開け出て行くその姿を、目で追った。
「瑞樹は将来何になりたい?」
「建築家!」
「ははぁ、そうか。じゃあたくさん勉強しないといけないな」
「うんっ!」
父は自分を抱え、空高く持ち上げてくれた。嬉しそうに笑っていた。あんな風に答えていたのは、こうして喜ばせたかっただけなのかもしれない。でも子供のやる気なんて、勉強しろという命令よりも、異なるアプローチをすることで、湧き上がるものではないだろうか。そこには愛があるから。子供はそれに、応えようとするのだ。
ふと窓の方を向く。
果てしなく青い空が、広がっていた。
あの笑顔が不意に恋しくなり、胸が少し、苦しくなった。
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