第四話


 桜も舞い散る春の季節、瑞樹は高校生になった。

「行ってらしゃい」

と見送る母親であるが、入学式に参加したかった、という無念がまだ見え隠れしている。

 推薦入試に合格し、当人の何倍もの勢いで歓喜していたわけだから、無理もない。落ち込む親の顔を目の当たりにすることには抵抗があったものの、来る必要はない、と冷たく断っていた。

 何故ならめでたい気持ちなど微塵もなかったから。家族総出の大イベントとしてはあまりに気持ちがかけ離れていた。

 一体何が彼を元気付けるのか。

 卑屈な道を坦々と歩む息子の背中を憂いながらも母は手を振り、送り出した。


 通りはピンクの色で満開だった。

 地獄に落とされたあの時から間もなくして咲いた桜を思い出す。それまでは毎年のように家族で花見に出かけていた。父と大木に登っては、跨って一緒に写真を撮った。

 幸せな日々は、失ってから初めて、儚いことを知る。

 それでも意に沿わず至極豪華絢爛に咲き誇るこの花を、非情に感じた。己の姓に纏わり付くこの名にさえ、憎悪が溢れた。

 どこもかしこも桃色であるが、なるべく視界に入らないよう道を歩く。不意に散りゆく花弁に気持ちを揺さぶられまいと、意識を他の事柄に集中させた。

『さっさと到着して、とにかく今日を終わらせる。それを毎日繰り返して卒業。』

 そんな言葉で心を満たす。誰とも関わらない、目立たない、ひっそりと影薄く無難に三年が過ぎればいい、とそう願った。

 ただ気配を消すことに関して母は一枚上手だったようで、式典に潜むその姿に、息子が気づくことはなかった。


 高校入学時は中学と違い、知り合いが極端に少なく、皆戦々恐々としていた。それでも手順は同様のプロセスで、探り合い→気が合えばグループ化→リーダー誕生→派閥化、という流れで決まっている。

 そんな慣れ合いに無関係な瑞樹の視点からは、その光景がとても滑稽に見えた。だんだんと動物を観察するような感覚に陥る。そもそも高等動物である筈の人間が、群れを成すこと自体必要なのだろうか、とふと思った。

 必死になって仲良しを見つけ、いつ何時も共に行動する。それはまるで草食動物が、肩を寄せ合い生きているようだ。

 肉食動物から逃れるべく培われた習性。目の前にあるその風景は、いじめから逃れるためのものだと考えると、合点がいった。ぼーっとじゃれ合う様子を眺めながら、こんな問いを投げかける。


 その子達は、ピンチになってもちゃんと、支えてくれるの?


 以前は瑞樹にも仲間がいた。休み時間になれば一緒に駆けっこなどをして遊んだり、ふざけて笑い合ったり、ごく一般的な小学生を順調に過ごしていた。

 だが一度不幸に見舞われると、こう言ったのだ。

「瑞樹のお父さん、死んだんでしょ?」と。

 一瞬で血の気が引いた。友が傷ついた時には励まし合い、支え合うのだ、とアニメでも教えてくれる。その理想と現実とのギャップが衝撃で、言葉を失った。傷を癒すどころか広げられ、幼心は酷く踏みにじられた。

 こんなことならむしろ、ひとりの方がいい。

 瑞樹はその頃から人と距離を取るようになっていた。

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