52.ヴァレリオの選択

「ソータ……怪物を召喚していたのは、お前だな?」


 蒼太を見下ろし、アークヴィラは悲し気に眉を寄せた。


「確証は無かったがお前、いや正確にはお前の中ののようなものではないかと思っていた」


 それを聞いても蒼太は何も言わず、やがて体を起こしアークヴィラから離れた。

 アークヴィラは何とも言えない表情でそれを目で追う。


「初めて会った時からお前の中の妙な匂いを感じ取っていた。いや、むしろお前の気配に釣られてあたしはあの時コンビニの近くまで出掛けていたんだ。あの時はてっきりシェイドかルノシェイドが現れたんだと思っていたんだが」

「ふむ。そうか、私からその様な匂いが……人の身に慣れていないからかな」


 アークヴィラはゆっくりと立ち上がり、疲労の色を見せず、姿勢良く蒼太へと体を向ける。


「お前、何者だ?」

「さあて……」


 蒼太の外見を持つそれは初めて不敵な笑みを浮かべ、ヴァレリオをチラリと見る。


 そのヴァレリオはアークヴィラを守る様に彼女の斜め前に立ち、言った。


「漸く会えたな、メルティ」

「フフッ。初めまして、だな」


 そのやりとりを聞いたアークヴィラの目が驚きで大きく開かれる。


「メルティだと? ヴァンパイアの救世主、守護神ではないか。知っているのか、ヴァレリオ」


 アークヴィラの言葉に振り返らず、前を向いたまま首を縦に振る。


「私がこの世に現れた理由、ヴラド様にはヴァンパイアの王に仕える為に来たと申しましたが、実はもうひとつ、黙っていた目的が御座います」

「黙っていた目的だと」

「ここにいる神、メルティを追い払う事」


 ヴァレリオが感情を表さずに言う。メルティが憑依する蒼太の眉がピクリと跳ねるが口は開かなかった。

 むしろそれを聞いて取り乱したのはアークヴィラの方だった。


「な、何故だ。理由は? それにどうしてそんな事を黙っていたんだ」


 ヴァレリオは横顔だけを主人アークヴィラに見せ、沈痛な面持ちをした。


「申し訳ありません。仕方が無かったのです。黙っていたのは貴女を含め、ヴァンパイア達が皆この神に深い恩義を感じていたからです。突然現れた正体不明の私とどちらを信用するかなど火を見るより明らか」

「それはそうだろうけど……パパ達は全滅を覚悟した所を助けて貰ったと言っていたし……」


 それを聞いたヴァレリオは厳しい目付きでメルティへと顔を戻し、睨み付けた。


「それは大きな間違いです。メルティは貴方がたを救ったのではありません。むしろ逆。ヴァンパイア達が住む星に隕石を落とし、壊滅させたのはこの神なのですから」

「な……」


 アークヴィラは絶句してしまった。


 無論、彼女は父ヴラドほどこの神に恩義がある訳ではない。それでも一族の守護神に祭り上げられる程の神が事を幼い頃から聞かされてきた。それが実はヴァンパイアを滅ぼそうとしていたなどすぐに咀嚼出来る話ではなかった。


「私は『中道神』マディヤの命令でこの星へと参りました。メルティの身勝手な知識欲は多大な被害をこの宇宙に住む者に与える。罰せよと」

「その割に、力の大半を失っているな」


 言ったのはメルティだった。蒼太の優しげな黒い目はいつの間にか爛々と輝く神々しい銀色に変わっていた。


「それでは私を追い払う事など出来まい」

「いやそうでもない。その為に俺はここにいるのだから」


 表情を変えずに言う。

 メルティがフゥと小さくため息をつくと、一瞬念じる様に目を大きくしてヴァレリオを睨んだ。


「グアッ」


 刹那、グチャリという嫌な音と共にヴァレリオの腹部から血が噴き出した。それは怪物の黒騎士にやられ、この1日の休息でとにかく塞がっただけの部分だった。


 メルティはもう一度ため息をつき、


「しかも酷い体じゃないか。そんな体じゃ到底無理だと思うが」


 抑揚の無い声で言った。ヴァレリオは腹から流れ出る血を見て眉を逆立て、決意の言葉を吐く。


「い、言ったろう、止めると……それがマディヤの命令であり……蒼太と交わした約束でもある!」

「ソータとの……」


 アークヴィラがそれを口の中で復唱した時だった。



 ドンッ! ……ドンッ!



 突然彼らの頭上高く、花火の如くミサイルが爆発した。


 蒼太の姿をしたメルティはそれが何か分からず、夜空を仰ぐ。


(でかした弥生!)


 それはヴァレリオに頼まれていた23時59分を示す、弥生なりのアラームだった。


 小声で「自分に教えろ」と言ったヴァレリオの意図を汲み、直接は声に出さずに彼の頭上でミサイルを爆破する、という方法を選んだ。

 間髪入れず、ヴァレリオが吠えた。


「神化!」


 体中から一気に噴き出す色のオーラは彼と蒼太の肉体をひとつに包み込んだ。

 すぐに気付いたメルティだったが、思ってもいなかったヴァレリオの力に反応が一瞬遅れた。


「何だこれは……神化?」


 光の速さとすら思える、残像を残すスピードで瞬時に蒼太、いやメルティの目の前に移動する。


「待て、ヴァレリオ!」


 アークヴィラの絶叫がこだまする。


 だがヴァレリオは一切の躊躇を見せず、渾身の力を込め、アークヴィラがルーヴルドにした様にその手刀を真一文字に薙ぎ払った。



 ゴロリ。



 蒼太の首は無惨にも地面に転がった。


「あ、あ……」


 アークヴィラは目と口を大きく開け、そのまま立ち尽くす。


 蒼太の瞳からは銀色が消え、アークヴィラのよく知る蒼太の穏やかな表情と黒い瞳に戻っていた。彼女と視線があった。

 それは心なしか笑っている様にも見えた。


「嘘、だろ……ソータ……」


 蚊の鳴くような声で呆然と立ち尽くす。


 そんな彼らの頭にメルティのと識別出来るそれが響いた。


『やれやれ失敗したか……あの優秀なロボットの存在は誤算だった。即座に乾血病を対策してみせ、何の相談をするでもなくあのミサイルで私を出し抜いてみせた』


 それは悔しげでもあり、嬉しげでもあり、この戦いの単なる感想の様にもとれた。


『そして流石だ、ヴァレリオ。やはりお前は何としても先に消しておくべきだったな』

「……」

『だが何と言っても蒼太君だ。彼に尽きる。親愛なる女王を助ける為最後の怪物を召喚するまでは予想の範疇だったが、まさか次の日になるまでに死んで最後の召喚を阻止しようとは。そんな選択肢があったんだな。彼に目を付けたのはやはり正解だった』


 ヴァレリオはチラリと上を睨み、振り返って立ち尽くしているアークヴィラを見、


『人類の最後のあがき、どの様な行動を取るか? 色々見てみたかったんだが……まあいい。これはこれでいいものが見れた。また別の星で研究をするとしよう』


 そこでメルティの気配は完全に消えた。



 やがて動くものも無くなった。

 辺りに静寂が訪れる。


 だがそれも束の間の事だった。


「ソータ! ソータァァ……ソー……あああぁぁ」


 膝から崩れ落ち、突っ伏したアークヴィラの泣き叫ぶ悲鳴が響き渡った。

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