50.見えない所で起こっていた出来事(5)

 ◆◇◆◇


 目を開けると暗闇だった。


「ん……ここは……」


 足元は地面が有るのか無いのかよくわからない。

 とにかく体が寒い。

 服を着ているのかどうかすらも定かでない。



 シェイドの卑怯な策、ヴァンパイアの血を干上がらせるという毒薬に倒れたアークヴィラを救う為に蒼太は自らの血を差し出した。


『ヴァンパイアのソータ様ならワンチャン、あります』


 弥生のその言葉が記憶に残っている。


「ううぅさむい……アキさんどうだったのかな。持ち堪えてくれてたら良いんだけど」


 両手で自分を抱き、摩りながら言う。


 その時、突然体が温もりに包まれる。

 薔薇の匂いを感じ、それだけで幸せに包まれる。


「アキさん……」


 すぐにそう気付いた。


 鼻先に花束でも置かれたのかという程、一際薔薇の匂いが強くなった次の瞬間、今まで生きてきた人生でかつて味わった事の無い柔らかな感触を唇に感じた。


(え、え、ちょ、これって……)


 まさかと思いつつ、暫く呆然とする。


 やがてその幸せを具現化した様な感触は消えてなくなり、遠くアークヴィラの声が聞こえてきた。


『ヤヨイ。今夜あたしとお前で奴らを1人残さず抹殺する』


 その意味を理解するまでに数秒かかる。


「あたしとお前……え? ヴァレリオさんは?」


 何といっても彼ら3人の中で最も強いのはヴァレリオと思われた。彼抜きでシェイドのアジトに乗り込もうとでも言うのだろうか。


『ヴァレリオは今、意識を失っている』

「ヒッ、だっ、誰!?」


 突然の男の声だった。


 聞いた事の有るような無いような、いずれにしてもあまり良い印象は受けない。


 そこで自分に第2の人格がいた事を唐突に思い出した。


「ハッ……どど、どうして忘れていたんだろう……僕にはもう1人の僕が、いたんだ」


 先日ルノシェイドにやられて死にかけた時に出会った人格だ。


「ぼ、かい?」

『もう1人のお前は死んだ』

「え!?」

『お前があのヴァンパイアの娘と日々過ごす内、お前のストレスの表れであるあいつが消える程満ち足りたって事だろう』


 確かにここ数日の充実と幸せは生まれて初めて味わうものだった。


 もう1人の自我が消えたのは安心すると共に妙な罪悪感も感じる。


『さて、もう1人のお前が死んだ。そしてお前は奴を思い出した。なら、怪物の事も思い出したな?』


 怪物、の何を思い出したというのか?

 勿論知っている。ここ数日世界を騒がせている怪物達。


「思い出す……何を、ですか?」

『あれを呼び出しているのはお前だという事をだ』

「……え?」


 何を言っているのかわからない、と思ったその瞬間だった。


 初めて怪物に襲われた日の前日、深夜の事を思い出した。


 それからはまるで映画でも見る様に自分が怪物を呼び出しているシーンが頭に浮かぶ。


『手っ取り早く思い出してもらう。お前が世界中で大暴れしている怪物のだという事を』


 社長に怒鳴られた時に失神してしまい、その時に現れたもう1人の自分が怪物を呼び出した。


 その翌晩も自分が寝た後に彼が目を覚まし、自由の女神辺り、その次は中国北京辺り、フランスのエッフェル塔、と次々に適当な場所を決めて呼び出した。


「ななな、なんて事を……」


 頭を抱えながらも、ようやくしっかりと思い出した。確かに自分がルノシェイドにやられて一度死んだ時にもう1人の自分と出会い、怪物を召喚しているとはっきり言っていた事を。


「そうだ。でも起きたら忘れてしまってたんだ。どうしてだ、そんな大切な事」

『私がそうした。それを知るとお前が自殺しそうだったんでな』


 アークヴィラとのデートの日の夜、確かにもう1人の蒼太がいなくなるシーンが映る。

 そこで引っ掛かった。


「こ、これ! あ、貴方がもう1人の僕を殺したんじゃ……」

『そうとも。面倒だったのでね』

「な、なんて事……か、神様なんでしょう!?」

『ああそうさ。私は「生滅神」メルティ。生起と滅尽を司るこの宇宙の神だ。ヴァンパイアとシェイドの一族を滅亡から救い、この地球に転移させたのも私』


 突然スケールの異なる事を言われ、整理にもたつく。

 確かに以前、アークヴィラからヴァンパイアの故郷の話を聞いた時、そんな神の名が出ていた気がした。


「そ、そんな事はどうでもいいんです。も、もう1人の僕を返して、下さい!」


 彼がこれ程強く他人に意見を言う事は今までに無い事だった。


『無理だ。消滅した物は還らない』


 にべもない返事だった。

 そして当たり前の話だった。


 非日常な事柄が起こり過ぎて漫画や小説などと混同してしまったが、そんな事は実際には起こる筈の無い事だった。


『ここからは私が怪物を召喚してやった。現時点での強さを見るためにまずはこの町で1体』


 言うまでもなくそれはオーガの事だった。


 続けてエジプト、イギリス、オーストラリアと召喚シーンが続く。


『お前がたまたまなのか、この星の人間が誰でもそうなのかは知らないが、なかなか良い怪物を生み出す。お前に怪物の呼び鈴ソネリア・モンストルアッサを託したのは正解だった』


 そして次のシーンでは2体続けての召喚だった。

 蒼太はそれに覚えがあった。

 アークヴィラが倒れたと弥生から迎えがあり、空から見た町の風景を思い出す。

 弥生が言っていた。大きな黒い馬に乗った、中世の鎧の騎士の様なもの、がいると。

 そしてもう1体、体長4、5メートルはあろうかという老人の様な怪物がいた。


『怪物はこの世界の時間で1日に1体しか召喚出来ない。逆に言うと午前0時前後で行えば2体同時に出せるという事だ』

「そんな事しなくても……神様なら思い通りに出来るんじゃ……」

『神だからこそ自分で決めたルールには従わなくてはならない。お前達を無闇に殺したい訳でもないのでな』


 確かに神というものが本当にいて、人類を滅亡させたいのであれば、別に怪物の力などなくても一撃でこの世界など滅びそうなものだった。


『そうはしない。あくまで怪物の呼び鈴ソネリア・モンストルアッサという神のアイテムを持った人間が世界を滅ぼす所、そしてそれに抗う人間の行動を見たいだけだ。研究であり暇潰しであるな』


 その言葉に蒼太にしては激しい怒りが湧く。アークヴィラもヴァレリオも自分も一生懸命に生きているというのに。


 だがそんな神のふざけた話よりも気になる事があった。


「どうしてそんな面倒な事をしてまで、この日は2体同時だったんですか?」


 その質問にメルティは即答した。


『ヴァレリオを殺したくてね』


 ゾッとする程淡白に、無感動に言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る