49.見えない所で起こっていた出来事(4)

 ◆◇◆◇


 アークヴィラとの、いや人生初めてのデートは散々だった。


 弥生と共に考えに考えたプランは澤井とシェイドの幹部ロムウの乱入によって無茶苦茶になり、結果、蒼太は手酷い怪我をした。


 その疲労と、直後にアークヴィラから聞いた悲しい過去、彼女を初めて抱き寄せた感触とその後逆に深く抱かれた幸福感、全てがないまぜになり、疲れ切った蒼太は既に眠っている。


 だが彼は目を開けていた。


 あまりのストレスで発現した蒼太の第2の人格だった。彼は布団で顔を半分隠しながらクククと低く笑っていた。


「やったぞ。1番殺したかった奴、あのクソ野郎をやってやった」


 今日、夜の公園で倒したルノシェイド、澤井を思い出していた。


「あいつが人間のまま殺せなかったのは心残りだけどな。ま、バケモンだから遠慮無くやれたってのもあるが」


 澤井は彼の悲しい人生の中でも突出して酷い、犯罪といえる壮絶ないじめを主導してやっていた男だった。


 きっかけはくだらないものだった。


 ある日の席替えで澤井が好きだった女子の隣に蒼太が座った。

 たまたま澤井がチラリと見た時に2人が話していた、ただそれだけだった。


 始めは嫌味を言われたり、少し小突かれ、2度と話すなと脅される程度だった。


 だがそれはどんどんとエスカレートしていく。


 水を掛けられた。

 金を取られた。

 学校で毎日違う女子に告白させられた。

 人前で真っ裸にされた。

 担任の女性教師を押し倒せと言われ、断ると殴られ、蹴られた。


 それからは毎日殴られた。


 妹を人質にされ、ひたすら奴隷に徹する事を強制された。


「悔いがあるとすりゃあもっと苦しめてから殺してやりたかった」


 それでも蒼太の人生では初めての反抗だった。そしてそれは成功した。相手が既にルノシェイドだった事で、今は眠っている蒼太の罪悪感も小さくて済んだ。


 フフッと笑ったその瞬間、グルッと天井が回るのがわかり、気分が悪くなる。


(う……目眩が……か、霞む)


 ふと自意識が霞んでゆくのを感じた。

 

(こいつぁ、存在が、消えそうだ)


 彼にはその原因に心当たりがあった。


が満たされつつある、か)


(確かに最近、それほど怒りが湧いてこねえ)


 同時に1人の美しい女性の顔を思い浮かべる。勿論、それはアークヴィラだ。


(あいつのお陰だな)


 彼は蒼太の過度なストレスから生まれた人格であるが、心の底からそう思った。


(無理して存在する必要もねえ)


が満足してんならそれで……)


 その時、蒼太の体を金縛りが襲う。

 それと同時に聞いた事のある声が頭に響く。



『待て』



 その声の主にすぐに気付く。


「お前、あん時の……自称、神だな?」

『貴様、このまま何も成し遂げずに消えるつもりか?』

「仕方ねーだろ。あいつが満たされてんだからよ」


 は暫く黙っていたがやがて厳しい声で言い放った。


『そんな事は、許さない』

「うるせえな。何を企んでるのか知らねーが、もう俺に構うな」

『そうはいかない。折角2人分の自我が芽生えたんだ。そのを私に譲って貰おうか』

「は? 何言って……お、おい……」


 急速に意識が遠くなるのを感じる。

 まるでその居場所を取って代わられる様に。


(待て、待て……やべー、き、消える……)


(そ、蒼太!)



 少し仰け反った後、蒼太は白目を剥いて気を失った。



 が、その直後。

 再び、グリンと黒目が戻る。


 鋭い目付き、冷たいと思える程の無表情さで上半身だけ起き上がる。それは蒼太を知る者が見たら別人と思う程、凡そ彼に似つかわしくない表情だった。


「久し振りの人間の体、いやヴァンパイアか」


 体の感触を確かめるかの様に両手を握っては開け、を暫く繰り返した。


「まあどちらでも良い。この次元の世界にのは少しくパワーを使うが……まずはこれで良し。あまり私が出張りたくはなかったが」


 喋っているのは蒼太であるが目付きが異様に鋭い。独り言の内容も明らかに他人のそれであった。


「どれ。


 彼は笑いもせずにまた布団に入り、スッと眠りに入る。


 その直前に、まるでアラームでも仕掛けるかの様に怪物の呼び鈴ソネリア・モンストルアッサを鳴らした。


 無論場所はこの町である。

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