48.見えない所で起こっていた出来事(3)

 ◆◇◆◇


 真っ暗な闇。


 コンビニでルノシェイドにやられ、瀕死の状態でアークヴィラの館に運び込まれた彼の意識の中だった。



(僕は、死んだのかな?)


 怖い。とても怖い体験だった。

 思い出しても体が震える。


 コンビニで戦った、黒く、あのガーゴイルよりも大きなあの怪物の事を思い出す。


(結局何も出来なくてボコボコにされたみたいだけど、あの男の子が無事だったらいいな)


 するとそれに答えるかのように声が響き渡る。


『やるじゃねえかお前。見直したぜ』


(ヒッ……だ、だれ?)


 とは言うもののその声は明らかに聞き覚えのある声だった。


『俺か? 俺はてめーだよ』


 その通りだった。

 声はどう聞いても自分の声だったのだ。


(僕……もうひとりの……)


『そうだ。自分の事だし、すんなり理解できるだろ』


(そう、だな。君は僕だ)


 自分でも驚くほどすんなりと受け入れた。言われる通り、だからかもしれない。


 口調は自分とは思えない程荒いものだったが確かに怖い感じはしない。蒼太にとって他人とは基本的に怖いものだった。


『折角会社のクソどもを殺してやったのに、肝心のお前が死んじまうとはなあ』


 突然悔しそうにそんな事を言った。


(え? どういう事?)


『怪物を呼び出してるのは俺って事さ』


(え? え?)


『おかげでいい友達と巡り会えたじゃねえか。怪物がいなけりゃ、あの日会社でテメエは飛び降り自殺してたんだぜ』


 あまりの事に頭が追いつかない。


 つまり彼は、蒼太がアークヴィラと出会う前に既に自分の中にいたという事か。


 確かに蒼太が彼女と出会うきっかけになったのは怪物が出たからだ。あれがなければ今でも出会ってはいまい。


(そう、なんだ)

(確かに怪物がいたから僕はアキさんと巡り会えたんだろう)


 そこまではすんなりと受け入れた。だが、


(でもその為に人を殺すなんて!)


 それは見過ごせなかった。

 今の所、大した被害が出ていないとはいえ、あれだけの力を持った怪物だ。必ず死傷者は出ている筈で、つまりそれは間接的に自分がやった事になる。


 そう思い至ると共に、何故急に彼という自我が生まれたのか? 何故怪物を召喚したのか? その理由が分かってしまった。やはり自分の考える事だからなのかも知れない。


(……)


(ごめん)


『あ?』


(ごめん。会社の人達を殺したのは君じゃない。君のせいにしようとしているだけだ)


(僕だ……結局僕が殺したんだ)


 するともう1人の蒼太が溜息混じりの鼻息をした様な感覚を覚える。


『相変わらずバカだなテメーは。そうやって抱え込むとますます俺の自我が強くなるだけだぜ? 俺のせいにしとけよ……とはいえ死んじまったらどうしようもないけどな』


 彼も自分の命が燃え尽きようとするのは悟っている様だった。


(うん。これでよかったんだよ。僕は無関係の人を殺して生きていられないよ)


(死ぬ前にアキさんに出会えて楽しかった)


『くだらねえ。自分以外の奴がどうなろうが知ったこっちゃねえだろ。お前に何かしてくれたか?』


(それはそうだけど殺していい理屈にはならないよ!)


『それくらい、他の奴にも言い返せてたら良かったのにな? あの神の野郎もで手を貸してくれてりゃな』


 突然聞き慣れない単語が会話に混じる。


(か、神?)


『何も覚えてね――んだな……まあいいや』


 蒼太との会話に興味を無くしたかの様に言い放った。


 そこに突然辺りに反響する程大きく、


『ソータ! ソータ!』


 と彼を呼ぶ声がした。

 大きな声だが耳を塞ぎたくはならない。むしろもっと、いつまでも聞いていたい声だった。


『おっと。麗しの女王様が呼んでるぜ?』


 もう1人の蒼太にも分かっている様だった。


(アキさん!)


『あいつはいい奴だな。お前なんかに構ってくれるんだからな』


(本当だ。アキさんはとても優しい)


(アキさん、アキさん……)


(ああ、もう一度、会いたいな……)


『もう、死にそう、だな……ちく、しょう』


 は同時に己の最期が来た事を悟る。

 体は寒く、動かない。言葉は頭に浮かべる事は出来ても唇を動かして発する事は出来ない。


(うん……もう、ダメ、かな……)


『おい……力、貸してやる。最後に一目、見て来い……よ』


(え? 見て来いって……)


 そこでブチッとその世界での意識が途絶えた。



 ―


「……! ソ、ソータ!」

「信じられません。意識が戻りました」


 真っ暗だった世界に薄く光が差す。

 目が開いたようだと分かるまで時間を要した。そんな事もすぐに分からない程、脳の動きも弱まっている様だった。


(何か言ってる……よく、分からない)

(体が……動かない……クソ……)

(アキ、さん……)


 その名前を呼びたい。

 ただその為だけに必死に口を動かそうとするが思うように出来ず、声も出ない。


「ソータ! ソータ! 何だ、言ってみろ」


 薔薇の匂いがすぐ近くでする。

 自分の血の匂いで鼻の奥がいっぱいだというのに不思議とそれだけは分かった。


(アキさんだ。いる。近くに)


 感覚が徐々に現実へと戻ってくる。


 それと同時に体中から危険を知らせるアラートが『痛み』を伴って上がり始める。


 呼吸が出来ず、地獄の様な苦しみが彼を襲い出す。


(苦しい。血が……詰まって、息が……)


 痛くない所はどこだとばかりに至る箇所の骨折、裂傷、打撲が悲鳴を上げる。


 その様な苦しみの中でも、


「仕方無いソータ。あたしを、恨むなら恨め」


 アークヴィラの声が聞こえると麻酔の様に症状が楽になって来るから不思議だった。


(恨む、もんか……)

(アキさん……)


 その時。


 彼の目に少しぼやけた輪郭だがアークヴィラの姿が映る。


(あ、見える……見えるよ、アキさん)


 蒼太を睨んでいる様に見えた。

 だが怒っている訳ではないとも感じた。


(良かった。フフッ。もう悔いは、無い)


 蒼太がそう思うとそれが伝わったのか、僅かに顔の筋肉が動いた気がした。


『痛かったな、よく頑張ったぞ……任せろソータ。お前の全て、あたしが責任持ってやる!』


 意味は分からないがそう聞こえた。

 再びアークヴィラの温もりと匂いを近くで感じたと思った次の瞬間、喉元に2本の牙が突き刺さる感触がわかった。


(アキさん、血を吸う、の……?)

(そう、か、今日の分、まだ、だっけ……)


『いや……違う、な……何か、体に、入って……きてる、ぜ』


 もう1人の蒼太が現実世界で同居する。

 彼の言う通りだった。

 吸血される時は血が抜かれる、少し嫌な感覚があったが今は逆だ。冷たい液体が牙を通して体内に入り込んでくるのが分かる。


 と思った瞬間、それまでの骨折などの痛みとは比較にならない痛みが蒼太を襲った。


「ウゴアァァァァッ」


 それは血が詰まって言葉を発せなかった蒼太が現実に叫んでしまう程のものだった。


(い、痛い痛い痛い痛いッッ!)


『おい……あの女、信じろ……よ……』


 その声でハッと我に返る。


(ああ、ああ、そうだ。アキさんが何をしようとしているかは知らない。けど信じるんだ!)


(これが…………最後、だ……)


(手……動かせ……)


(うご、け…………手…………)


 もはや動いたのかどうなのか分からない。


 だが右手のひらが温かく感じた。

 それがアークヴィラのものだと何故か確信出来る感触だった。


(アキさん……)


 グッと握り返す様に力を入れた所で蒼太の意識は途絶えた。

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