45.怪物の召喚者

 徐々に傷を回復させつつ、巨体を揺らせ、ゆっくりとアークヴィラ達の方へと進む。


「さあ俺も結構やられたんだ。これで五分だろう?」


 再び圧倒的な闘気がルーヴルドの全身を包み始めた。

 だがまだだった。ヴァレリオもアークヴィラも分かっている。竜にやられた数発の火球のダメージを計算に入れてもなお、アークヴィラ達の方が分が悪いと。


 勿論そう読んでいるがためにあの魔王は向かってくるのだ。


 悠然と胸を逸らし、歩を進めていたその時、ルーヴルドを覆う闘気が突然、弾け飛んだ!


 ビルの方から猛スピードで何かが飛び出したかと思うと、ルーヴルドの横っ面に強烈な膝蹴りを叩き込んだのだ。


「どうだ!」


 ハァハァと肩で息をしながら叫んだのは蒼太だった。


 ルーヴルドは「くあっ」と呻くと目を回し、バランスを崩す。

 それでも倒れまいと踏ん張り、不自然な体勢から反射的にパンチを繰り出した。


 蒼太の目が赤く染まる。

 不細工だが、身を沈める様に屈んで避けると再び顔面へ、今度はパンチを放ってみせた!


「アークヴィラ様、今です。私達も行きましょう!」


 呆気に取られていたアークヴィラはヴァレリオのその声で我に返る。


「……あ、ああ!」


 2人はルーヴルドに向けて走り出した。


 一方、蒼太の元へはルーヴルドから反撃の、今度はしっかりと体勢を整えた位置からのパンチが飛んで来た。

 それも同じ様に避けてみせる。が、今度は避けた先にもうひとつ攻撃があった。


 膝蹴りだ。

 しゃがんで避けた所に顔よりも大きなルーヴルドの膝が飛んで来た。


 それはまるで巨大な鋼鉄のハンマーで腹を殴られた様! 蒼太はそれ1発で白目を向いて宙を舞った。


「死ねや、クソガキィィィッッ!」


 激しく苛立つルーヴルドだったが、蒼太を倒す代償として、この世で唯一の天敵と言えるヴァレリオを懐に招いてしまった。


「ウッ」


 そうと気付いた時には肉が破ける嫌な音が自分のから聞こえ、ヴァレリオの拳がルーヴルドの腹を貫いていた。ヴァレリオはギロリとルーヴルドを睨み付けると、


「この前の借りは返したぞ」


 ボソリとそう呟いた。


「ク、ソッタレ……が」


 両の口の端から血を垂らし力無く笑い、ルーヴルドがそう毒付いた。


 正面で腰を落とし、正拳突きを放ったヴァレリオの背中からひとりの影が飛び出した。


 ルーヴルドはその影を瞳の動きだけで追う。


「チッ。ヴァンパイアなんぞに……」


 それはどこまで声として出たのか。


 憤怒の表情を浮かべ、飛び出して来たアークヴィラは見えない程の速さで右手を横に薙ぎ払った。


「……ヒャウッ」


 瞬間、その首が胴から離れ、呆気なく地面へと転げ落ちた。


 数秒前までルーヴルドだった巨大な肉塊はすぐに黒いガスとなって辺り一面に充満する。


「やった……」


 着地し、肩で息をしながらそのガスを見て呟く。



 遂に、遂に一族の仇を討った。


 一万年にも及ぶヴァンパイアとシェイドの血生臭い争いに遂に終止符を打った。


 父ヴラド、兄、姉、一族の顔が次々と脳裏に浮かび、クルジュ=ナポカの居城での閑散とした光景を見て憤怒に燃えた日の事を思い出す。



 シェイドの王、ルーヴルド死す。


 だがそれは思っていた程の達成感や充足感を彼女にもたらさなかった。


 終わってみると何も残らない。

 自分を含めた全員の命を賭けた戦いに勝利したというのに。


(この空虚さは何だ)


 共に喜ぶヴァンパイアの一族は既に誰もいない。


(あたしがこの戦いで得たものはなんだ)


 そこまで考えてハッとした。


 得たものなどなかった。だがこれ以上失ってはならないと。


 日本で初めて気の合った友人、命の恩人である彼の顔が思い浮かぶ。


 ルーヴルドの最後の膝蹴りをまともに食らって気絶してしまった蒼太の元へと走り、静かに抱き上げた。


「ソータ、しっかりしろ、ソータ!」


 反応は無い。


「ソータ……終わったよ、ルーヴルドは倒した」


 優しく声を掛けるとその顔が少し、満足気に笑った気がした。


(お前はシェイドに恨みなんか無いよな)


(一体何の為にここまでボロボロになって……)


(……あたしの、ためか?)


 ふとそう思った。


 蒼太を抱き締め、その頰に自分の頰を当て、静かに目を瞑る。


 数秒そうしていたが、突然違和感を感じ、顔を離して蒼太の顔を見た。


「!」


 蒼太の目が開いていた。


 そこから感じられる光はアークヴィラの知る蒼太のものとは明らかに違う。凡そ人の優しさ、暖かさといったものは欠片も感じられなかったのだ。


 蒼太は今し方までアークヴィラが頬擦りしていた頰を手で触り、


「これが……が愛してやまないヴァンパイアの女王の温もりか」


 無表情にそんな意味のわからない事を言い放った。


 だがアークヴィラはたじろがず、蒼太の頭を抱えたまま、


「やはり、お前だったのか……ソータ」


 蚊の鳴くような声で呟く。

 蒼太の方は相変わらず表情を変えず、「というと?」と聞き返す。


「ソータ……怪物を召喚していたのは、お前だな?」


 蒼太を見下ろし、アークヴィラは悲し気に眉を寄せた。

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