43.蒼太の戦い
振り下ろした魔王の拳が唸りを上げて弥生に襲い掛かる。
弥生は一切の動作が停止したかの様に動かない。
だというのにその巨大な拳は空を切った。
「くはっ!」
逆に弥生を肩から肘までだけで持ち上げていたダーヴィットの両腕が今度は根こそぎ、肩の辺りから吹き飛んでいた。
暫くパンチを振り下ろした姿勢のまま固まっていたルーヴルドだったが、
「チッ。やっぱり来たのか。勿体付けやがって」
吐き捨てるように言ったその目線の先にいたのはグッタリした弥生を抱いたヴァレリオだった。
「ヴァ、ヴァレリオッ!」
「遅くなって申し訳ありません。アークヴィラ様」
目線は厳しくルーヴルドを捉え、ジッと動かない。
ルーヴルドは嬉しそうに首をコキコキと鳴らすと、
「さあ、数千年続けて来た小競り合いもこれで終いだ。来いよ、ヴァレリオ」
だがフゥフゥと息を整えているかの様にヴァレリオはまだ動かなかった。
「クック。しんどそうだなあ。昨日、派手にやられたらしいじゃねえか。無敵の
その通りだった。
最も重症である、黒騎士の槍に空けられた腹の穴は塞がりはしたものの、治ったというには程遠い状態だった。
(何てこった。頼みの綱の弥生がやられているとは……)
表情にはおくびにも出さなかったが、ヴァレリオの中では弥生を攻撃の中心に据え、全員で攻めなければ勝ち目はほぼゼロだった。
「ま、俺は容赦しねえがな。ようやくお前をぶち殺せるぜ」
「お前の相手は僕だ!」
突然、ルーヴルドの背後から聞き慣れない声がした。
「あ?」
振り向いたルーヴルドの顔面にパンチを見舞ったのは何と蒼太だった。
「ソ、ソータ!」
アークヴィラが驚いて声を上げる。
弥生を肩に担いだヴァレリオはアークヴィラに近付きつつ、蒼太の姿をジッと見守った。
「グッ」
ルーヴルドからすると完全に予想だにしない相手だった。だが匂いですぐに蒼太がヴァンパイアだと気付く。
2、3歩蹌踉めいて、蒼太を睨む。
ヴァレリオがアークヴィラの所まで辿り着き、壁にめり込んだ彼女を救い出し、抱え上げた。
「や、やめろヴァレリオ。下ろせ! 無理だ、ソータでは! なんでここに連れて来たんだ。死んでしまう!」
「あいつが、自分で望んだ事です」
「は……自分で、だと?」
「……」
ヴァレリオは変わらず厳しい視線を蒼太に送っているが、アークヴィラには全く理解出来ない。
あれ程自分に自信が無く、臆病な蒼太がよりにもよってルーヴルドと戦う事を望むなど、到底信じられなかった。
だが不思議な事もあった。
今、ルーヴルドは蒼太のパンチで蹌踉めかなかったか。
いくら不意打ち気味だったとはいえ、あのルーヴルドが、だ。先程は彼女の渾身の一撃をまともに鳩尾に受けても全く効いた様子を見せなかったというのに。
「あいつに請われ、取り急ぎパンチの打ち方だけ教えました」
ヴァレリオは真顔でそんな事を言った。
勿論それ位でどうこう出来る相手で無い事は、この数千年でもっともルーヴルドと戦ったヴァレリオ自身が一番知っている筈だった。
そして当人のルーヴルド。
彼は思いもよらない衝撃による驚きに、怒りが入り混じった表情で蒼太を見下ろした。
「てめえ、その威力……まさかとは思うが、
蒼太はキッと口を結び、眉を吊り上げてルーヴルドを睨む。その表情はアークヴィラが今まで見た事の無いものだった。
(ソータ……一体どうしたんだ? 何か今までと雰囲気が、違う)
ルーヴルドは体勢を整え、蒼太に体を向けた。
それに向かって蒼太が言い放つ。
「貴方の部下、ジーラさんの命をいただきました」
「貴様ぁぁぁ!」
即座に反応したルーヴルドが弥生を一撃で再起不能にしたパンチを振り下ろす!
蒼太はそれを跳び上がって避ける。が、すぐさま背後から蹴り落とされた。ダーヴィットだ。両手は無くなったが長い足は健在だ。
床に突っ伏した蒼太だったが、またも歯を食いしばり、立ち上がった。
「貴様……本当に吸血を? 互いの一族の吸血など気持ち悪くて出来ないと思っていたが、成る程、お前は元人間、作られたヴァンパイアか」
「そうです」
「確かにジーラの血を体内に取り込んだというならその動きも納得……だが」
ルーヴルドの全身から殺気が溢れ出した。
「その程度では到底、俺には敵わない。俺の仲間に手を出した事を後悔しながら死にやがれぇぇっ!」
ルーヴルドはその場で足を開いて膝を曲げて腰を落とすと、両手でパンチを繰り出し始めた。ヴァレリオが神化時に見せた、拳圧での攻撃だった。
蒼太のヴァンパイアの目は瞬時にその特性を見切り、パンチの直線上から避ける。背後の壁や天井から爆発したかの様に瓦礫が舞う。
確実に攻撃を避けつつ、再びルーヴルドへと近付いた。
「なぁめんなよ、クソガキがぁ!」
一瞬の内にアークヴィラの攻撃を躱し、弥生にすら避ける間を与えなかった恐怖の一撃が蒼太を襲う。
1階で弥生のレーザーにより気絶していたジーラを吸血し、不足していた血を補った。それと同時に体中に迸ったその力はかつて彼が経験した事の無い程凄まじいものだった。
それは死の淵から蘇り、決意を秘めた蒼太の背中を後押しするのに十分なものだった。
だというのにルーヴルドの動きは想像を遥かに超え、覚醒したヴァンパイアの目ですら全く捉えられず、瞬時に目の前に現れたそれを前に大きく目と口を開け、ただただ驚愕の表情を浮かべるのみだった。
(うああっ! 避け、避けられない!)
そう思う間もなく強烈なパンチが上から繰り出され、既にボロボロだったのか、廃ビルの床をぶち抜いてルーヴルドもろとも2階へと落ちて行った。
「ソ、ソータ!」
「……やはりダメか……クソッ」
「当たり前だ、ヴァレリオ! ジーラの1匹や2匹、吸血した所でルーヴルドとの圧倒的な戦力差が埋まる筈がない。そんな事位お前なら分かっていた筈だろう!?」
眉を寄せ、責める様に叫ぶ。
ヴァレリオは弥生とアークヴィラをゆっくりと床に下ろし、ルーヴルドの一撃でポッカリと空いた穴へと近付いた。
「最悪、私にお任せを」
無論、今の状態では勝ち目は少ない。アークヴィラ達は誰一人として無傷の者はおらず、対するルーヴルドはほぼ万全の状態なのだ。
だがヴァレリオは自らルーヴルドは自分に任せてくれと言った蒼太を信じ、3階から下を見下ろした。
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