39.嫌な予感

 ドゴッ!


 鈍い音が響き渡り、続けて建物の一部が崩れ、肉体が壁に激突する音がした。


 崩れた穴から顔を覗かせ、スルリと侵入してきたのはアークヴィラだった。


「ががが……き、貴様、どうして……」


 打ち付けられたかの様に壁を背に逆さまになって足を広げているのはロムウだった。


 つい昨日、リーが乾血病の病原菌を散布した所だった。直後のヴァレリオの怒りを目の当たりにし、てっきりアークヴィラは倒れたものだと考えていた。


「フン。ヴァンパイアがあんな造られた病如きに何度もやられるものか」


 怯えるロムウを睨みつけ、ズカズカと屋内に侵入する。


 ここは弥生が新システムの追跡装置で特定したシェイドの寝ぐらとなっている筈の廃ビルだった。


「クソッタレの吸血鬼め……」

「声を聞きたくない。黙れ」


 とどめとばかりに右足を突き刺そうと振り上げた瞬間、隣の壁が崩壊し、大量のルノシェイドが現れた。


 だがアークヴィラはそれにも怯む事はなく、右足をそのまま向かって来たルノシェイドに向け、回し蹴りで数体の首を一瞬で刈り取る。現れてから1秒も経たない間に辺りに死体代わりの黒いガスが充満する。


 ロムウを無視してアークヴィラはルノシェイドの群れに飛び込む。


 すれ違い様、手刀により首を切り離し、瞬く間に殲滅する。


 だが巨体のルノシェイドとガスに紛れ、それらとは明らかに異質な、巨躯の女が恐ろしい速さでアークヴィラの頰に殴りかかった。


「おらぁ!」

「貴様は……」


 その一撃を紙一重で躱し、すり抜け様それがシェイド幹部のジーラである事を確認する。


 同時にその背中を強く蹴り、侵入して来た穴の方へと追いやった。


「クソアマァ、あたしを蹴りやがるとは!」


 ジーラの叫びを無視して目の前のルノシェイド達を切り裂く。再びジーラがアークヴィラに足を向けた時、その肩と腹に穴が開いた。


「グアッ!」

「ジ、ジーラッ!」


 目を見開いて倒れ込むジーラの呻き声に、漸く体勢を整えて何とか座り込んだロムウの掠れた悲鳴が重なる。


 バタリと前のめりになったジーラの後ろに立っていたのは新武装のレーザーを剥き出しにした弥生だった。


「シェイド共! 高貴なるアークヴィラ様の従者、このヤヨイ・ラクロワ、バージョン9.0がブチのめして差し上げます!」


 一瞬の内に黒い剣を装備し、ポーズをとって啖呵を切った。



 ―

 その頃、アークヴィラの館ではヴァレリオが目覚めていた。


「クッ……グゥゥ。ここまでやられたのは……久しぶりだな」


 上半身を起こし、凡その傷が治癒している事を確かめる。


 記憶は全てあった。

 目覚めてすぐに気にかかったのは、


「アークヴィラ様」


 主、アークヴィラの状態だった。


 弥生の言葉だとあの時既に峠は越していた様に思えたが、何と言っても彼はクルジュ=ナポカの地で、主人のヴラドを始めとした全てのヴァンパイア達が次々と死んでいくのを目の当たりにしているのだ。心配でない筈はない。


 辺りを見回すとアークヴィラが寝ていた筈のベッドは既に誰もいない。その隣には頰に血の気が差している蒼太がまだ横たわっていた。


「弥生!」


 大声でその名を呼ぶが反応は無い。

 何より館の中にアークヴィラの気配が無い。


「待て待て、まさか……」


 胸騒ぎがした。


 弥生が得意そうに、幹部2人に追跡装置を取り付けたと言っていた事を思い出した。


 自分抜きでアジトに乗り込んだのではと思い至る。確かに時間が経てば追跡装置はリーの様に現代に溶け込んでいる奴にはバレそうなものだった。


 まだ重い体をベッドから引き摺り出し、蒼太の方へと向かう。途中でふと輸血用のポンプを置いていた小さな丸いテーブルの上にメモが置かれている事に気付く。


 もはや嫌な予感しかしない。


 震える手でメモを取り、目を通す。そこには簡単に地図が書いてあり、恐らくそこに向かったのであろう位置に星マークが描かれていた。


『あたしと弥生でちょっとデートしてくる。ヴァレリオは行き先を教えないと怒るから一応知らせておく。だけどお前達は来るんじゃないぞ。アークヴィラ』


 そんな事が殴り書きされていた。


「やっぱりか。クソッ、弥生め。お前がお止めしないでどうする」


 チッと舌打ちをし、蒼太のベッドへ向かい、肩を揺らした。


「おい、起きろ。蒼太。起きろ!」


 勿論本当はもっと寝させてやりたかった。体中の血液の半分を抜かれているのだ。ヴァンパイアとて致死量であり、何とか持ち堪えたようではあるが、相当にきつい筈だ。


 だが状況がそれを許さない。


 アークヴィラと弥生はシェイドのアジトへ突っ込んだと考えてよく、幹部はともかくルーヴルドはヴァレリオ抜きで勝てるとは思えなかった。自分が戦うにしても今は万全と言うには程遠く、アークヴィラを守る戦力は少しでも欲しい。


「う、うう……」


 眩しそうに目に手を翳す蒼太の口から呻き声が漏れる。


「起きろ蒼太。行くぞ」

「……ハイッ」


 ヴァレリオが少し驚いた顔をした。もう少し取り乱したり、状況を聞かせろと言うものだと思っていた。


「ほう。えらく素直だな」

「アキさんがシェイドのアジトに乗り込んだんですよね。急がないと」

「どうしてそれを?」

「夢で……聞こえました。ハッキリと。弥生さんに向かって『今夜あたしとお前で奴らを1人残さず抹殺する』と言っていたのが」

「……そうか。なら、急ごう」

「はい。ですがその前に」


 何か言いかける蒼太を怪訝な顔をして見返した。

 蒼太はそのヴァレリオを真正面から見据え、はっきりと言った。


「少しだけお話があります。ヴァレリオさん」


 唇を噛み締め、いつも何かに怯えていた様な目付きはキッと吊り上がり、その表情は何かを決意した男の顔に思えた。

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